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「くそっ、逃げられた!!」
ハルが悔しそうにそう吐き捨てるのを、まだ不明瞭な耳で聞いていた。それを聞きながらも、私は未だ魔人の目的について考えていた。答えを持った存在はどこかへ消えてしまい、どんな考えに行き当たったとしても決してその正否はわからないにも関わらず。
「カナデ!どうしちゃったのさ!?」
ハルは肩で息をしていた。先程の魔法はかなりの威力だったように見えた。魔力を大量に使ってしまったんだろう。
ハルにMPタンクを差し出して、それをハルが使うのを確かめてから自分の中でも答えの出ない問題を、思わず口にする。
「魔人の目的って、何なんでしょう・・・?」
「「「は??」」」
疑問符の返事はハルのものだけではなかった。見ればリッドと、そしてザルツもまるで呆れたような顔で私を見ている。
「カナデ、本当にどうしちゃったの・・・?
まさか魔人の肩を持つわけ?」
「いえ、そういうことではなくて。
魔物化の霧、戦争の企み・・・それは勿論許せないんです。
ただ・・・」
「ただ?」
「魔人は、何か目的があってそれをしているのかな、って・・・」
ただ疑問に思ったことを口に出しただけだった。隠された真実があるのなら知りたい、そう思ったから。
しかし、その疑問も本来持ってはいけないものだったのかも知れない。
人間の敵のことを理解しようとしている、そういう行動の表れなのだと・・・そう誤解されてしまうという意味で。
「目的があったらなんなの!?
奴らのしたことは変わらない!!
無理やり魔物にして、殺し合わせてっ・・・、あの街のこともう忘れたのかよ!」
目と鼻の先にある街を背に、ハルが私を責める。
「違う、そうじゃないんです!
ただ、魔人だからという理由で色んなことを見ないふりしてたんじゃないかって」
「見ないふり!?見る必要が無いじゃないか!」
ハルの叫ぶような声が、感覚を取り戻した耳に響く。
そう、私もそう思っていたんだ。見る必要がないこと。魔人だから、魔物だから・・・それで済む話なのだと。
「ハル、転生前に・・・教科書の内容を疑ったことが、ありますか?」
「は?なんの話なわけ」
「私は、無かったんです。
教科書に書かれていることは、教わっていることは全て正しくて、真実で・・・
でも大学に入って、教科書を疑えと教わりました。それが研究に必要な一歩なのだと」
高校生の頃までは、教科書の内容が全てだった。先生に教わることは全てが正しくて、間違いなど無い。そう信じていたし、それでよかったのだ。
けれど大学の教科書というのは所謂”教えるための本”ではなく、単なる専門書であることが多い。そこに書かれている内容が後の研究で覆されて、新たな説の専門書が出回ることだってあった。それでも、教科書を信じる癖は抜けなかったものだ。
「この世界では教科書を疑う暇もなく、教科書に未だ載っていないことが次から次へと現れて・・・」
「だからなんの話なの!?」
「魔物は凶暴で凶悪で、理性なんてなくて・・・魔人はよりそれを顕著にした存在だと・・・
私達が前提としているこのことは、本当に正しいんでしょうか?」
別に魔物が正しいとか善良だとか言うつもりはない。ただ真実を知りたくて、生じた疑問をそのままにしておきたくなかっただけで、魔人たちのしたことを許容しているつもりはないのだ。
けれど、そんな風には捉えてもらえなかったらしい。返ってきたのは呆れ果てたような、冷たい視線だけ。
「それを魔人の肩を持つっていうんじゃないの」
ハルの声は冷え切っていた。
「ティエラ・・・僕も今回ばかりはあなたのことを理解しかねます」
ザルツの声には困惑も混じっているように聞こえたが、それでもはっきりと拒絶の意思を示していた。
「ヴォイド様に合わせる顔が・・・世界の敵を擁護なさるとは見損ないました」
リッドの声は硬い。それでも尚まるで主を諌めるような口調であることが、逆に距離を感じさせる。
「ボク、もうカナデと旅なんかできない。協力もしたくないね。
カナデにとって人間なんてどうでもいい?
苦しんでる人のために行動してるんだと思ってたけど、本当はただの自己満足?
魔人の事情?そんなの知ったことじゃない!
そんなに真実が知りたいならあいつの言うように魔物にでもなってみればいいじゃないか!!」
言い終えて、ハルは私に背を向ける。
「帰る」
そう言って開いた転移門の先は、恐らくスーリヤなんだろうと思う。
「ハル、僕も行きます。
・・・ティエラ、一人残していく意味は、わかりますね?」
頭を冷やせ、ということなんだろう。
けれど何故だろう、頭ではなく心が急速に冷え込んでいくのは。
善悪を論じているわけではないのに。
別に擁護しているつもりもないのに。
わかってほしい人に、わかってもらえない。
いや、本当は気づいている。わかってもらう努力が足りないのだと。
転移門をくぐる背中を見送りながら、思う。
落胆、失望、焦り、哀しみ、ぶつけどころのない怒り・・・
それらを抱える私を冷めた目で見ている私。
あぁ、久々に感じたこれはきっと、諦め、だ。




