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その魔人は変わらず腕組みをしたままで、私達を攻撃しようという素振りを見せない。不機嫌そうな声ではあるが、しかし質問を遮ることもしない。
私達から何かをー例えば魔物化を防いでいる方法とかー聞き出そうとしているようにも見えるが、どうしても違和感が拭えない。
・・・理性的すぎる。
私にはそう思えた。
情報を引き出すにしても、魔人が力に絶対の自信を持っているのだとしたら、私達を蹂躙してから拷問するなり死体を調べるなりしても構わないはずだ。
魔物は凶暴で醜悪で・・・例えばタリムなんかは、魔人化した後も私への憎しみだけは忘れずにいて、そしてそれを力で晴らそうとしていた。負の感情によって魔物化するというのが一般的な解釈であったし、タリムの変貌は確かにその通りであったのだが・・・それ故に魔人は負の感情の塊のような存在だと、話など通じるはずがないのだと、そう思い込んでいただけなのだろうか。
そこに立つ男は、明らかに違っていた。
日記に書かれた凶悪さも、残忍さも。その片鱗すら見せようとしない。
「ちょ・・・カナデ!?」
自分でも気づかないうちに、切っ先を向けていたはずの私の剣はその刃を地面に向けていた。ハルの声でそのことに気づいたが、しかし・・・
「ふむ」
勿論警戒は解いてはいない。けれどこの男と話をするのには、剣は不要なように思えた。少なくとも、今は未だ。
「話をする余地がある、と・・・そう見えました」
私の言葉に、男は無表情ながらもどこか満足気に見えた。
「我の名はガルクラウニー。
今人の世では”鬼”とか呼ばれているらしいがな」
やはり、人間の間に広まる情報を持ち合わせているようだ。
「私は・・・」
「知っているとも、フォルティエラ=アルディア。
同行の精霊は見えぬようだが」
「今はカナデ、とだけ名乗っていますが」
言いながら、ハルを片手で制し、もう片方の手でザルツたちに距離を取るよう合図を送る。視線は男ーガルクラウニーに向けたままだ。
「何故私のことを?」
「そなたらが”幻惑”と呼ぶ者から特徴は聞いている」
「・・・魔人同士で、つながりが・・・?」
ふん、とガルクラウニーが鼻を鳴らす。
「むしろ何故無いと思いこんでいたのか聞きたいところであるな」
何故・・・それは相手が魔人だから、だ。負の感情を引きずって己の思うままに破壊し、蹂躙する、そういう相手だから。魔人とは、そういう存在で・・・魔力が足りないからと襲ってきた”悪食”や、破壊衝動のままに魔法を放つ”衝動”のような、理性を無くし欲望のままに行動する、そういう存在、で・・・
「・・・魔人とは・・・魔物とは一体なんなのですか・・・?」
魔人とはそういう存在だと信じていた。しかし、ガルクラウニーを見ているとその根底が覆されるような気分が湧いてくる。
魔物化とはなんなのか。そこに答えがあるような気がした。
「なってみればわかるのではないか?」
まるで冗談のようなことを無表情のまま告げる男の声音からは、それが本気なのか冗談なのかの判断もつかない。困惑した表情を浮かべる私を見て、ガルクラウニーは初めてその表情を崩した。
「真面目なことだ、普通の人間なら一笑に付して終わるだろうに」
笑った。
凶悪さも残忍さも全く無く、心の底から愉快そうに、魔人が笑う。
それは本当に、魔物なのか?
人々が忌み嫌い恐れる化物なのか?
盲目的に悪と断じ討伐すべき相手なのか?
それは疑問であると同時に迷いでもある。
本当に倒すべき相手なのか、どうか。
「・・・カナデ!なにやってんのさ!
街の人をあんな風にしたのはこいつらじゃないか!!!」
制した右腕を押し退けて、ハルはその怒りを魔人へと・・・
辺りを照らすほどの青白い閃光と鳴り響く轟音。ハルが珍しく魔法名を口にすること無く繰り出したその魔法は、不可避の光の攻撃ーー地面を焦がすほどの熱量を持った雷撃だった。
焦げ臭い匂いが充満し、すぐ近くで鳴った雷鳴のせいか、聞こえる音は少し遠い。目の前に窪んで真っ黒に炭化した地面が映るが、閃光にやられて視界も幾分か白っぽいままだ。
その不自由な五感の中で、考える。
確かにアイゼストの人々や動物たちを魔物化に導いたのは魔人の、いや魔人たちの仕業であるはずだ。無関係なものたちを問答無用で巻き込むその方法はあまりに乱暴であるし、魔人らしい残酷さを物語るものとも言える。
決して許されることではない。
しかし。
ただ一つの考えにもたらされた変化だけは、もはや払拭しようが無かった。
全ては”魔人だから”、”魔物だから”で片付けていた。戦争を引き起こした理由も、魔物化を引き起こした理由も。いわば愉快犯のようなものだと、そう勝手に決めつけていた部分に、本当は何かがあるのかも知れない。そう考えずにはいられなかった。
”一体、何のためにこんなことを?”




