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世界樹は夢を見る  作者: 深月
黒い霧
191/201

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ハルの様子は大分落ち着いたようだった。

未だ悲痛な面持ちは変わらないが、それでも俯くこと無く、いつものハルのようにキッと前を見つめている。


誰かが何を口にするでもなく、それぞれが街を見つめ、黙祷を捧げる。

しばらく近辺の様子しか探っていなかったが、そろそろ探知魔法を広げてみるとしよう。覚悟はしていても、街の惨状は見ていたいものではない。ただ顔を背けただけだと言われればそれまでだが、それでも早めにここから離れたかった。

軽く息を吐く。念の為そろそろMPタンクで魔力を補給したほうがいいかもしれない。探知魔法の範囲をひろげれば広げるほど、魔力の消費は多いようだ。まだ気だるさを感じたりするほどではないが、万全を期しておくに越したことはない。


MPタンクを一つ取り出す。その魔導具についた霊石は小さいが、それでもこれを最上級の霊石に変化させるまでにはそれなりの時間を要している。中に蓄えられた魔力量は数値化できないのがもどかしいが、かなりのものになるだろう。


「ハル、転移を使う前にハルも魔力補給を」


そう言って、小さな霊石に触れる。魔導具を起動すると、一瞬にして霊石に込められた魔力の全てが、一気に体内に流れ込んできた。


・・・おかしい。


補給した魔力量は充分、というよりも充分過ぎる。過剰とも言える量だ。

魔導具を使いながら補給する魔力を調整できるように、もっとゆっくりと流れ込んでくる、そんな風に設計したはずだった。

魔導具をテストしたときにはきちんと設計したとおりに機能していた。

では、このMPタンク一つだけ付与がおかしかった・・・?


ハッとしてハルのほうを見る。場合によってはこのタンクの使用は危険かも知れない。

制止しようと口を開きかけたが、ハルは既に霊石に触れた後だった。

少し、驚いたような表情。その少し後に、何やら納得したような顔をするハルだが、体調に問題はなさそうに見える。


ハルは魔導具の制作自体には関わっていない。

魔導具を使用して何か違和感があったとしても、それが設計通りなのかどうかはわからないはずだ。それでもあの驚いた表情は、何か思うところがあったに違いない。


「ハル、魔力はどうです?」


「これ、緊急時を想定してるわけ?

起動した瞬間にすごい量の魔力が流れ込んできたけど、使う人によっては魔力量が多すぎて危険、とかあるんじゃないの?」


「いえ、本来もっとゆっくり充填されるように作ってあるんです・・・」


たまたま使った2つの魔導具が不良品だった可能性もある。しかし、恐らくは・・・


「霧の影響?魔導具が影響受けるなんてこと、あるのかな・・・」


ここは”病”の霧の中である。その環境が何らかの影響を及ぼしている可能性が高いと思う。

MPタンク、モニター、そしてタリスマン。この3つの魔導具は霧への侵入の要である。そこに問題があるのならば、探索は切り上げて帰還すべきだ。


それは、撤退を提案しようとしたその時だった。


近辺のーー半径にして2km程度の範囲にしか広げていなかった探知魔法に、黒い影が映る。

その影は東側からまっすぐこちらへ向かうようにまたたく間に近づいて、その声が届いたのは私達が即座に警戒態勢を取って息を整える、僅かな時間の後のことだった。


「ほぉ・・・まさか本当に人間か」


少しかすれた低い声がやけに響く。

空中からこちらを見下ろす赤い瞳の男は無表情で、その声にも感情の色が見られない。腕組みして仁王立ちしたような体勢のまま、初老の魔人が地面へと降り立つ。


この魔人は、”鬼”か、あるいは”病”か・・・?それ以外の選択肢はあまり考えたくはない。それはつまり最近になって魔人化した者がいるということになってしまうから。


しかし、完全に油断していた。探知を狭めていたのは間違いだった!


「この霧の中でどうやって人の姿を保っている・・・?」


既に皆武器は抜いているし、障壁を展開してもいる。ただ、距離が近すぎる。ザルツとサイファ、リッドからなんとか距離を取りたいが・・・牽制の魔法を放つか?いや、即座に戦闘に入ろうという気配はない、会話で時間を稼ぎ、注意を引くことができれば・・・


「・・・私としては、この霧の正体を教えてほしいところですけどね。

どういう仕組みで魔物化を促しているのか、研究のためにご教授下さいません?」


「ふん、礼儀のなっていない小娘だな」


不満げな言葉に似合わず、その顔は相変わらずの無表情だ。見た目には品のいい老紳士といった感じ。身体強化を使って肉弾戦をするタイプには見えない。”鬼”という言葉のイメージともかけ離れた印象だ。だが、姿形で正体を特定できるほどの情報は持ち合わせていない。


「自分が狩る側だと・・・いつまでそう信じているのか。

やはり愚かだな、人間というものは」


そう、私達は魔人を討伐するために捜索していた。そういう意味で言えば、私達は確かに魔人を狩りに来たのだ。しかしこの男の言い方は、まるで私達の存在を知っていて、探していたかのようだ。いや、実際そうなのだとしたら、一体いつから、どうやって・・・?

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