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「・・・ザルツ様?意味が、よく・・・」
「この部屋は、魔法が使えません。
扉の前には騎士が控えています。
しばらく僕と2人だけで、この小さな部屋で過ごしましょう?」
それは、そんな、軟禁状態、ということ?
「石碑のことはどうなさるんですかっ」
「僕にとっては、各国の危機も世界の危機も、あなたを失うことに比べたら些末なことです。
勿論、現段階で僕が出せる情報は提供しますよ。
ですが、送られてくる手紙の対応は僕が一人でします。
あなたは心配などせず、この部屋に居てくれさえすればいい・・・!」
そうやって、閉じ込めなければいけないほどに、私への信頼はなくなってしまったということか。
いや、信頼を失ったのは自分の行動のせいだ。ザルツを傷つけて、こんな風にしなければいけないような状態にしたのは、私だ。
「・・・わかりました」
私のその返答に、ザルツは意外そうな顔をした。
「ザルツ様が納得するまで、私への信頼を少しでも取り戻せる時まで、私はここに居ます」
ザルツを失いたくないのは、私も同じだ。魔人と対峙する前に、彼を王都に閉じ込めておけたらと、私も確かに願ったのだ。その願いをザルツは口に出すことなく、一方の私は力づくでその状況を作り上げた。
「私が言えたことでは無いとは思いますが・・・
どうか、私を置いて危険な場所には行かないで下さい!
私は・・・私だって、あなたを失いたくない・・・!」
「約束しますよ、ティエラ。
だから、もう少し眠って下さい」
幸せな夢を。そう囁いたザルツの声を聞いてすぐに、私は不思議なくらいストンと眠りに落ちた。
その日からしばらく、私は小さな箱庭の中で、一日のほとんどをザルツと2人で過ごした。食事の時間も、午後のティータイムも。ザルツは時折部屋を出ていくが、何かしらの用事が終わったのだろう、すぐに戻ってきて、また2人きり。
3日が過ぎ、一週間が過ぎ・・・この小さな世界に、外の世界は全くの無関係だった。そうやって2人で過ごすうちに、触れ合う時間も多くなった。初めてのキスもこの箱庭の中。それはひどく背徳的で、甘美なものだった。世界を忘れてここにいる罪悪感と、そうしていられる幸福感とが混ざり合って、夢のようだった。
「ザルツ様、シャツの襟が」
そう言って、自然と彼の首元に手を伸ばす。折れた襟を直して、微笑む。
「直りました」
「ありがとう、ティエラ」
彼もそう言って、優しく微笑む。
この緩やかな時間が、ずっと続くのだと思った。
「ティエラ、長らく閉じ込めてすみませんでした」
10日が経った日、この言葉と共に夢は急に終わりを迎えた。
「ザルツ様・・・?」
「魔法が使えないなんて、嘘です・・・
こんな狂気じみた僕の行いを、僕を許せないと思うなら、どこへなりと逃げて二度と戻ってこないでください。
明日の朝、もしあなたがここに居たなら・・・もう二度と、僕から逃げることはできないと、そう思って下さい」
それでは、とザルツは私に背を向けた。明日の朝まで、あと半日も無い。急いで空間転移を、スーリヤの自宅へとつなげた。私がその門をくぐるのと、ザルツが扉を閉めたのはほぼ、同時。
急がなくては。
翌朝、目が覚めると私は椅子に座ったままの状態だった。テーブルに突っ伏して眠ってしまったらしい。身支度を整えて、しばらく外したままだったマジックボックスを指に嵌める。そういえば、ザルツのマジックボックスのことも、まだちゃんと話せていない。研究やそれに関連するものの話題は、お互いに避けていたから。
足音が聞こえて、ノックもなしに扉が開けられた。一応レディの私室なんだけどなぁ。沈痛な面持ちで、ザルツが部屋に入ってくる。どうしてそんな辛そうな顔をしているんだろう。
そして、どうしてそんな驚いた顔を、しているんだろう。
「ティエラ・・・?」
「はい、ザルツ様。おはようございます」
私が居たことが、そんなにも意外だったのだろうか。
「だって、昨日、転移で」
ああ、そうか。一度自宅に戻ったのを、勘違いして。
「荷物を取りに戻っただけですよ」
居ないほうが、よかっただろうか。
いや、そうやって深読みして落胆するのは、私の悪い癖だ。
「本当に、わかっているんですか!?
わかっていて、ここに戻ってきたんですか!?」
「ザルツ様。この10日間、2人だけのこの部屋は、まるで夢のようでした。
ザルツ様は私を閉じ込めていたおつもりだったかも知れませんけれど」
彼に近づいて、いつもは私を包んでくれているその手を取った。
「でもやられっぱなしは悔しいですので。
私にも、あなたを少しだけ縛らせて下さい」
その手の上に、一対の腕輪を置く。
以前も同じように対になっていた腕輪は、私が壊してしまったから。
「またあなたの声が聞きたいと思ったら、いつでも話しかけることを許して下さい。
それを許してくださるのなら、どうかこの腕輪を受け取って下さい」
「僕から逃げる、最後のチャンスだったのに、あなたは・・・」
彼はそう言いながら、対の腕輪の片方を嵌める。
「逃げたいと思ったことなんて、ありませんよ?」
私ももう一方を、左腕に。
「僕はもう、あなたを手放す気はありませんからね」
「そんなの、嬉しいだけじゃないですか」
ザルツのその時の笑顔は、今までに見たどんな笑顔よりも穏やかで、優しかった。




