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その人は、怒っていた。
理由はわかっている。だから平手でも拳骨でも、罵詈雑言でも覚悟した。
私は地面に降り立って、レーヴェの体を横たえた後、まっすぐに彼の傍へと歩み寄った。文字通り、なんでも来いと、覚悟して。
「ティエラ・・・!」
ふるふると震える拳。わかってる、でも。怒られようとも、嫌われようとも、この人を巻き込む可能性は1ミリだって許せないんだ。
殴られると思った。だから反射的に目を閉じた。
次の瞬間体に感じた衝撃は、痛みを伴うものではなかった。
「ティエラ、僕は無力で、足手まといにしかならない。
わかって、いるんです・・・でも、どうか」
私を強く抱きしめるその腕は、冷え切っていた。
「僕の前から、消えてしまわないで・・・!」
初めて、気づいた。
私は彼の身体を守ったけれど、彼の心は傷つけてしまったのだと。
守るということは、ただ相手の無事を願うだけではだめなのだと。
「ごめん、なさい・・・」
彼だけじゃない、レイや、ウルドやロッシュや、ヴォイドもシエラも4人の兄たちも。皆、今まで私の心を心配して、守ってくれていた。
「ごめんなさい、ザルツ様・・・!」
そのことにようやく気づいて、私は泣いた。子供みたいに泣きじゃくった。
「王城に戻るまで、少し眠って下さい」
そう言われて、泣き疲れて眠ってしまった。
眠っている間、ふわふわとして、あたたかい感触がずっとあったのを覚えている。その感触に安心して、一度目覚めたのにもう一度眠ってしまったことも。
「無事であったか・・・!」
ザルツに背負われたまま、私は王都に戻った。未だ少しうとうとして頭がぼーっとする。
「兄上、報告はアイディンから聞いて下さい。
ティエラを寝かせてきますので」
「うむ、ゆるりと休ませてやるのだぞ」
そのまま、王城に滞在する間に用意されたザルツの隣の部屋まで、私は背中にゆらゆらと揺られていた。ソファに座らされて、熱いミルクが差し出される。その匂いにまた安心しきって、カップを受け取ること無くソファに沈みこんだ。
「ティエラ、ブーツくらい脱いで下さいよ」
言われて、ようやくもそもそと動き始める。膝上まであるブーツは非常に脱ぎにくい。しばらく苦戦していたら、みかねたザルツが手を貸してくれた。
「世話の焼けるお姫様ですねぇ」
両方のブーツがやっと脱げると、抱え上げられてそのままベッドに運ばれた。枕の位置を調整して、シーツもかけてくれた。
ベッドの端に腰掛けたザルツが、小さく鼻歌を歌っているのが聞こえる。
「・・・許してくださいね、ティエラ」
再び眠りにつくとき、小さな呟きが聞こえた気がした。
目が覚めると、昨日のうとうとが何だったのかと思うほど頭はすっきりとしていた。血の匂いがついていたのを思い出して、一先ずお風呂へ。より一層すっきりとした後、服をのそのそと着替える。
昨日の報告もしないといけないし、そろそろロロも戻ってくる頃だろう。忙しい日々はまだ始まったばかりだ。ぼーっとしているわけにはいかないのだ。
ドアをノックする音が聞こえて返事をすると、入ってきたのはザルツだった。
「あの、昨日は部屋まで運ばせてしまって・・・すみませんでした」
「いえいえ、役得というやつです」
いたずらっ子のように微笑むザルツは、昨日一体何に対して謝っていたのだろうか。しかし聞かれたくない呟きだったかもと思うと聞くに聞けない。
それよりも、私から謝らなくてはいけないのだ。
「私、間違ってました」
「なんの話です?」
「昨日の話です。
私、ザルツ様の身を守ることだけしか考えていませんでした。
無事なら、それでいいと。嫌われても、いいと。
私が眠っている間、ザルツ様はこんな気持ちだったのかな、と今更思いました」
「そう、ですか」
「でも、それがザルツ様を傷つけてしまったことにも気づきました。
だから約束します。もう二度と、勝手に突っ走ることは、しません!
きちんとお話して、あなたがそれでも私を傍に置いてくださると言うなら・・・」
「言うなら?」
「もう二度と、一人でどこかに行ったり、しません。
あなたが私にしてくれた約束と、同じ約束を私もします。
話したいことがあったら、話します。あなたが怒るかもしれないことでも」
「そう、約束しましたね。だから僕も話さなくては」
ザルツの表情には、なんだかいつもの穏やかさがなくて、柔らかな雰囲気も無くて、なんだか違う人のようだと思った。
「僕は、ティエラを失いたくはないんです」
そんな表情のまま、ザルツは言葉を紡ぎ始めた。
「ティエラはいつもふとした瞬間に、僕の手が届かないところに行ってしまう。
僕はそんなあなたを繋ぎ止めておきたくて、必死なんです。
僕の力でなんとかなるものならば全て利用すると、そう決めたんです」
「私はもう、どこにも行かないと・・・」
「ええ、その言葉はとても嬉しいです。
嬉しくて、夢を見ているのではないかと思うくらいに。
それでも、しばらくの間だけでいいんです。
どうか僕に、あなたを縛らせて下さい・・・」




