147
それにしても、光が入ってこない割にわずかに風が感じられる。どこかに出口か、あるいは空気穴でもあるのだろうか。
「各自服を乾かして、終わったら照明の設置。
その後休憩を挟んで調査を開始する」
全員が自分の魔法で服を乾かし始める。この魔法は水中訓練の際に教わった。水中調査チームならではの魔法ではあるが、雨の後にも使えるだろうし、今後の遠征に役立ちそうだ。
「ゲインさん、空気穴があるか確認したいのですが」
「そうだな、うっすら風が動いているからあるとは思うが・・・頼む」
瞬時に服を乾かした私は、一足先に壁際へ。壁画の内容が気になるが、今は後回しだ。壁に沿って歩くと、壁面に縦にまっすぐ溝が掘られたような部分があってそこからわずかに風が入り込んでいる。それと同じ場所が5箇所。その全てが同じように人工的と思えるまっすぐな線を描いている。空気穴に間違いないだろう。窒息の心配はなさそうだが、焚き火は避けたほうがよさそうだ。
ゲインにそう報告した後、手分けして照明用の魔導具を設置していく。魔法で明かりをつけておいてもいいのだが、調査に没頭してしまうと消えてしまう可能性がある。
複数の照明で十分な明るさを確保した後は軽食の時間である。なにせここまで泳いできたのだ、疲労はなかなかのもの。暖かい時期とは言え体も少し冷えている。火を焚けないのは残念だが、それでも私の携帯用コンロでお湯を沸かし、全員で熱いスープを飲むことが出来たので大分マシだ。
「まず、壁画を書き写そう。丁寧に、壁に書かれているものは全て、だ。
色もできるだけ再現してくれよ?
石碑はその後だ。壁も、石碑も、決して触れないように」
そう、石碑。円柱形のこの部屋の隅に一つだけ、黒い石碑が置かれているのだ。文字が掘られているらしいことは確認したが、古代文明文字はちらっと見てすぐに理解できるほどには解読されていない。ある程度は現代文字との対応表のようなものが出来ているしそれも持参しているので全て書き写してから、ということになるだろう。
目の前の壁画を写していく。詳細に・・・絵心のなさが恨めしい結果になりそうだが、幸いそこまで複雑な紋様は描かれていない。使われている色も多くはないし、それほど時間もかからずに模写は終わった。各研究室に持ち込むため、同じものを3枚。なかなか大変な作業だが、3枚目を描く頃には大分その作業にも慣れた。
次に壁画の下に書かれた古代文明文字。・・・まるでパソコンで打ち込んだかのように癖がなく、直線にはブレがない。これを刻み込んだのも魔法、あるいは魔導具によるものなのではないだろうか。
全て書き終えて、書きもらしがないかしっかりと確認してから、3枚の複写をハルに渡した。案の定、作業に不慣れな私が一番最後。ハルは全ての複写をまとめてから3束に分け、各班のカバンに一束ずつ仕舞う。
「魔法でぱぱっと正確に写せればいいのに」
確かにそれができれば時間の短縮にもなるし、なによりそれぞれの絵心を問われない。ええ、主に後者が重要です。あとで試してみよう。
「さてさて石碑、調べに行きますか」
もう何人かは石碑の方に行っているようで、紙とペンを持ったまま顔を上げたり下げたりしている。書かれている文字を写しているのだろう。
「ちょっとまってくださいね、あぁ、ありました」
マジックボックスからがさがさとたくさん出して、何やら探していた様子のザルツだったが、目的の物が見つかったようだ。その手に握られているのは数枚の紙。解読表かなにかだろうか。
「いきましょう」
少し緊張した面持ちのザルツだったが、傍らに立つゲインもまた、その表情は同じだった。何かあったのだろうか。
4人で黒い石碑の前に立つ。刻まれているのは文字だけ。石碑自体は黒く光沢のある滑らかなものだ。特殊な鉱石なのかもしれないが、薄っすらと透明感のあるその石材はなんとなくどこかで見たことがあるような?
「どうだ、ザルツ」
先程取り出した紙とにらめっこを続けるザルツに、ゲインが問いかける。
「ええ、やはり、同じです。
ただ、一箇所、この部分だけ違いますね」
そう言ってザルツが示したのは、石碑の文字の一番最後の辺り。うん、読めない。
「同じって?」
「トリス国内の他の遺跡で、同じ石碑を見たことがあります。
書かれている文字もほぼ同じでした」
「そっちは解読終わってんの?」
「ええ。しかし・・・」
「見つからないでほしかったとおもう遺物は、初めてだな・・・」
良くないもの、ということか。過去の負の遺産的な?この口ぶりから言うとゲインもここに書かれた古代文明文字の内容はわかっているんだろう。
深刻な顔をしたまま、ザルツが続ける。
「ここに書かれているのは・・・この石碑が一種の魔導具であるということと、その存在意義、です」




