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そんな言葉が出てくるなんて思ってもみなかった。だって、妹のようだと、彼は言っていて。
「愛しているんです・・・」
まるで懺悔のように繰り返すザルツの言葉を、完全に信じることができたといえば嘘になる。それほどに、私に対して出てくるはずのない言葉だと思っていたから。それでも、きっとこれは私が一番望んでいた言葉だ。兄のようだと思っていた相手にいつの間にか抱くようになった独占欲は、つまりそういうことなのだ。
なんて言葉を返していいかわからない。だから私は左手を、そっとザルツの頬に添えた。
顔を上げた彼の表情は、怯えるような、許しを乞うような、私が彼に対してそうしていたように、私からの言葉を待ちつつも拒絶しようとする、そんな表情。
「本当、ですか?」
ゆっくりとザルツの首が、こくん、と下に落ちる。その顔をもう一度左手で持ち上げて、視線を合わせた。
「その言葉が本当なら、謝罪をお受けします」
私の言葉に、彼の瞳が揺らいだ。
「・・・と言いたいところですが」
一瞬光が戻ったような瞳に、悲壮感が浮かぶ。
「お受けするには条件があります」
「条件、ですか・・・?」
「ええ、これから私が言うことに、ザルツ様は”はい”しか言ってはいけません。
どうしますか?」
いつかの言葉、そのまま。
「・・・わかりました」
「ではまず1つ。
なにか言いたいことがあるときは、躊躇わずに話して下さい」
「・・・はい」
「私が怒るかもしれないと思うことも、話して下さい」
「はい」
「私以外の女性に、あなたに触れさせないで下さい」
「はい」
「では、最後です。
・・・私も、あなたを愛しています」
「・・・はい・・・っ!」
ザルツの目にたまっていた涙が、こぼれて、あふれて、彼の頬から私の手を伝っていく。
その顔には先程までの悲壮感はなく、ただただ睡眠不足で、無精髭で、涙でくしゃくしゃになってひどい有様の、けれどかつての彼が持っていた、いつも穏やかで楽しげな、見る人を落ち着かせるような、そんな晴れ晴れとした表情だった。
「ザルツ様、ひどい顔してますよ?」
「ティエラが心配かけるから全然眠れなくて、だからティエラのせいですよ」
そう言って涙をぬぐった彼は、立ち上がって、ベッドの上に座る私を優しく抱きしめた。
「・・・おかえりなさい、ティエラ」
「はい。・・・ご心配おかけしました」
そして2人で笑いあって、廊下の2人を安心させるために、部屋を出た。
私が起き出してから、ザルツは泥のように眠った。ロッシュとウルドもぐっすりと眠っていて、私が眠っている間本当にあまり寝てなかったんだなと思い知らされて申し訳ない気持ちになった。
3人が寝ている間に、私はお風呂に入ったり食事を作ったりして、まだまだ目覚めそうにないなと思ったのでまたケーキを焼いた。ウルド好みの甘さ控えめ、完全に冷めるのを待たなくてもいいように、今回は簡単にパウンドケーキを作った。オーブンを開けた時の甘い香りはやはり魅惑的で、切り分けてみると散りばめたナッツやドライフルーツが鮮やかな、見た目にも魅惑的なケーキに仕上がったと思う。
ザルツの屋敷の方に作った料理やケーキを運び、先に目覚めたロッシュとウルドに振る舞った後、彼らはまた研究室でと挨拶を交して、ザルツが目覚めるのを待たずに帰っていった。
その選択は正しかったと思う。なんせザルツが起きたのはそれから丸一日も後のことだったから。
目を覚まして髭を剃ったザルツは、やはり痩せこけてはいたが睡眠を取って隈が薄くなった分だけいくらか健康的に見えた。食事もあまりとっていなかっただろうからいきなりたくさん食べるのは良くないように思ったが、余裕がでたからか空腹を思い出したようで、一気に食べて食後のケーキも楽しんだ後、案の定苦しんでいた。
その翌日から私達のチームは全員が無事復帰を果たし、たくさんの研究室を回って心配を掛けたことを謝罪した。特にカルラとゲインがひどく心配してくれていて、カルラが私に回復魔法をかけに来てくれたことをこの時初めて知った。2人には散々怒られたけど、最後には涙目で、無事でよかったと言ってくれた。
東の森については、チームの3人には掻い摘んで話はしたものの、霧を抜けたことを公表すべきかどうかは結論が出ていない。私が突破の方法を公表しなければそうそう他のチームの侵入を許すことはないだろうが、それでも前例ができれば可能性を感じてアタックするチームは増えるだろう。仮に霧を越えられたとしても、”彼ら”に排除されるか、あるいは私同様体を壊してしまうことは容易に想像できるのだが、リスクを省みない無謀な研究者というのは少なくはない。
そうした変化が”彼ら”や世界樹、そしてあちらの領域にとってプラスになることは恐らくないだろう。しかし、”彼ら”から得た情報を公表しないと決めてしまうと、そこから派生する別の研究成果についても公表できなくなってしまう可能性が高い。それは学術的興味を満たすという点では問題がなくても、研究を生業とする者にとっては致命的だ。
探索が終わっても、考えるべきことは山積みだった。




