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宿に戻った後も、私は今後のことについて悩んでいた。
ザルツに言われたことは全てその通りで、飛び級してスーリヤに来ることが可能ならばそれは魅力的・・・というか、そうしたい気持ちのほうが強い。今の私にとって学校は、窮屈で、退屈で、面倒な、時間を無駄に浪費するだけの檻のようなものだ。そこから抜け出せると言うだけでも十分に価値があると言うのに、その上好きなことを調べたり、実験したり、なにか作ったり、そういうことが出来るようになると思えば、惹かれないわけがない。
真剣に、考えてみようと思う。
明後日からの学校見学でも気持ちは変わるかも知れないのでまだ結論は出さないが、高等学園、そして研究棟の様子を見て本当にスーリヤに来たいと思ったら、本気でヴォイドとシエラを説得しよう。
となれば、それを前提に見学の予定を組み直すべきだ。初級学園は適当に回って、高等学園と研究棟を重点的に。あとは図書館の蔵書のチェック。
いずれもしかしたら留学するかも、程度の気持ちで見学をするつもりだったのが、来春からどうするかを真剣に考えての見学に変わったわけで、気合の入り方も当然変わるってものだ。
翌日はまたお土産を買い漁り、外で昼食を摂った後、私はザルツに1つのお願いをした。
「ザルツ様の自宅を見せて頂けませんか?」
軽く咽るザルツ。
「ぼ、僕のですか?」
「もしスーリヤに来ることになった場合、生活環境がどうなるか見ておきたいんです」
「なるほど、そういうことですか。
わかりました、あまり片付いているとは言えませんが」
「ありがとうございます!」
うーん、どうせなら物価とかもみたいし、住環境で言うならば日本ではキッチンの使い勝手を重視していたんだよね。それならやっぱり・・・
「もし我儘を聞いていただけるなら・・・」
「なんでしょう?」
「台所もお借りしたいんですが」
「・・・えぇと。では、夕食は家で?」
「ご迷惑でなければ」
咳払いを一つして、ザルツは承諾してくれた。
「仰せのままに、お姫様」
食料品をそれなりに購入して、早速ザルツの自宅にお邪魔した。
正直、予想外だった。単身者用のアパートメントとか、そうでなくてもそれより少し広いタイプの集合住宅に住んでいると勝手に思い込んでいたのだが・・・
庭付き一戸建て、である。
予想外過ぎて言葉を失ってしまった。これは参考にならないかもしれない。
失礼は承知で、聞かなければいけないことがいくつかある。
失礼ですが、と、そう前置きをして私はいくつか質問をさせてもらった。
「家賃はこのくらいの家でいかほど?」
「持ち家なので維持費だけですね」
「・・・研究者の多くはこういった戸建てに?」
「うーん、教授とかでは多いですけど。
・・・僕と同世代ではほとんどいないんじゃないですかね?」
「ちなみにその費用はどこから・・・?」
「発掘品を売ったり、魔導具の共同研究で得た利益だったり、あとは本や研究成果の権利とかですかね」
完全に人選ミスでした。
家と言うよりは屋敷というのに近いザルツの自宅は、キッチンも広々、浴室には浴槽もあって、ほとんどの部屋は本で埋め尽くされている。作業場みたいな部屋があったり、書き物をするための広い机が置かれた書斎があったり、とにかくいたれりつくせりといった感じ。
「ザルツ様を参考にしようとした私が間違っておりました」
最終的に私が吐き出した言葉がそれだった。
一通り見せてもらった後、ザルツの淹れてくれた紅茶を飲みながら少し寛ぐことにした。
日当たりのいいリビングの窓際には長椅子が置かれていて、木製のサイドテーブルが置かれている。
サイドテーブルの上に置かれた本の間に見える、霊石のついた銀製の栞。
うん、これは嬉しい。にやけてしまわないようにきりりと表情を作っておいた。
「そういえば」
ザルツが思いついたように言う。
「ちょっとまっていてくださいね」
そう言って部屋の外に出ていってしまったので、私は紅茶を飲みながらリビングにも置かれていた大きな本棚に並ぶ本を眺めた。雑食と言っていただけあって、そのタイトルには一貫性はない。中には魔導具図鑑とか植物図鑑と言ったものまで並んでいて、ちょっと興味を惹かれつつ、勝手に見るわけにもいかないので我慢した。
しばらくして戻ってきたザルツは、今度は私の手を引いてまた部屋を出る。
辿り着いたのは1階の端にある部屋の前。確かさっき見せてもらったときは発掘品や旅の道具などが雑然と置かれていた部屋だ。
「この部屋、好きに使って下さい」
「へ?」
「ティエラ様の魔導具工房、冬は寒いでしょう?」
確かに彼の言う通り、第三訓練所を間借りしただけの工房は冬は非常に寒い。それは確かだ。
促されてドアを開けると、その部屋に先程まで置かれていた物は全て無くなって、ただ広い何もない部屋へと変わっていた。
「中から鍵をつけたほうがいいですね。それは手配しておきますので」
「え、いや、あの」
困惑する私の言葉に、しまった、という顔をするザルツ。
「あー・・・すみません、ご迷惑を」
迷惑なわけはない。気持ちとしては今すぐに工房にある机やらなにやら全て持ってきてしまいたいくらいにありがたいのだ。
なにせ今使っている場所は寒いとかもあるけれど、いつ誰かが入ってきてもおかしくはないのだ。作るものの多くが秘匿すべき物なので、今の環境は都合が悪いとはずっと以前から思っている。
「あの、本当に、いいんですか?」
「無理にとは言いませんので、よかったら、どうぞ」
「じゃ、じゃああの!今すぐ工房のお引っ越ししてもいいですかっ!?」
あまりの嬉しさについついはしゃいでしまった。私もまた、しまった、という顔になってしまう。
そうして私達はくすくすと笑って、2人で工房の引っ越しをした。




