111 サイファの呟き
八の月のある日、騎士団長に呼び出された俺に下された命令は、トリス国へ出向く我が国の姫君の護衛、だった。
アルディアの騎士団に所属し、一応精鋭と呼ばれる部隊に俺は籍を置いている。場合によっては魔物とも戦うし、自分でもそれなりの力量があると自負している。アルディアの騎士団に所属していることにも誇りを持っているし、任務である以上力を尽くすつもりはあるが・・・それでも命令を聞いた時の俺の抱いた感想は、”子供のお守りとは、ツイてない”。この一言に尽きる。
なんせうちの姫君はまだ幼い。転生者だって話は聞いているし、ジル様と訓練をしてるって噂も聞いてる。だが、そうはいってもたかだか8歳の子供で、その上あのエイド様の妹君だ。
エイド様は剣の腕は確かに一流だが、世間知らずで騎士団内では有名だ。俺も遠征でご一緒したことはあるが、普段はぽやぽやとした笑顔を浮かべてぼーっとしている、文字通り世間知らずといった印象だ。それでも戦闘になれば太刀打ちできないレベルの武人ではあるのだが。
エイド様のあのぽやぽやは母親である王妃様譲りのもの。そしてその妹君。世話が焼けるに違いない。
実際にお会いしてみると、まるで人形のように整った顔立ちをした、小柄な子供。年齢の割に落ち着いた印象はあったが、俺が自己紹介している間ずっと俺の耳と尻尾を見ていたことははっきりと気づいている。仮にも姫君だ、尻尾を引っ張られるようなことはないと思いたいが、我儘な姫であればありえなくはない。だから俺はしばらく警戒していた。
落ち着いた様子は上辺だけではなかったようで、俺達はなんの問題もなく、我儘に振り回されることもなくトリス国の海の玄関口であるラーファに到着した。
そこでまたしても起こったアンラッキー。まさか迎えが来ていないとは。
そもそも馬車で迎えが来るという話だったから馬の手配も何もしていない。これは早々に帰国かな、と正直思った。加えてなにやらきな臭い匂いもあったしな。
そこで姫君が発した言葉に、正直俺は驚いたね。
「怪しいなぁと思うんですけど、いかがです?」
これがエイド様なら、「馬車が遅れてるんですかね〜」で片付けるところだ。そうして俺と姫君は、簡単な打ち合わせをした。というよりも姫君からの命令を受けた、というのが正しいか。
「できるだけ観光客の多い店を探してもらっているので・・・愛想のいい店員さんを呼び止めてください。話好きのおばさまが理想的ですね。
私のお守りが大変だという空気を出しつつ、その上で王都に向かうルートについて聞き込みを。
・・・お願いできますか?」
その時はっきり悟ったよ。この姫君は逃げ帰るんじゃなくて独力で王都に向かおうとしている。しかもそのために何をすべきかちゃんと考えてやがる。ただの幼いだけの姫と侮っていたことをさすがに少し反省したね。
その後もこの姫君の決断は早くて、的確だった。
姫様の指示で話はどんどん進んでいくし、旅の支度も整った。それにしても王族の姫ってのはいつもあんな大金を持ち歩いてるのかね。羨ましい話だよ。
さて、迎えが来てくれるに越したことはないが、期待はできない。
そして案の定迎えは来なかった。
何より驚いたのは、姫様の肝の座りようだ。襲われることを想定していながら、怯えるどころか迎え討とうとしている。まあ実際に襲われたら俺達任せなんだろうが・・・
リッド先輩とは入念に打ち合わせをした。襲ってくるならどこからだろうとか、どのタイミングだろうとか。夜の見張りのことなんかも。
無事にスカラで宿を取って多少安心したが、見張りは必要だ。リッド先輩と2交代ってのはきついが、仕方ない。
そう思っていたところに、また姫様の指示が飛んだ。
「6人で交代で見張りを立てます。宿ですし見張りは一人ずつでいいでしょう」
見張りの必要性を言い出したどころか、自分も交代に加わるっていうんだからそりゃ驚くってもんだ。さすがに姫様に見張りをさせるわけにはいくまい?当然俺とリッド先輩はそう主張したさ。
「旅の間何があるかわかりません。全員が少しでもしっかりと睡眠を取るべきです。
異論は認めません」
きっぱりと言われて、俺達は引き下がるしかなかった。
そこから先はもう呆れるくらいしか出来なかったね。事前に襲撃を教えてくれただけでなく、どういう相手かも分析して、そして実際に襲われて・・・
まさか俺達の出る幕なく、姫様の魔法で一掃されるとは。人間相手に容赦のない、切り捨てていいという言葉。容赦のない攻撃。肝が座ってるなんてレベルじゃねぇよ、あれは。思わず護衛なんていらなかったんじゃないかって口を滑らせちまった。そしたら姫君は穏やかな笑顔でこう言ったんだ。
「頼りにしています」
まったく、可愛げなんてもんは皆無だな。
俺達に見せる優しさや気遣いと、敵に対する容赦のなさ。その落差といったら。これで姫様がもう少し大人だったら惚れちまってたところだ。
この旅で、この姫君だけは絶対に守らなきゃいけねぇって心に誓ったよ。こんな素晴らしい主はそうはいない。
まあ、俺に守られなきゃいけねぇようなひ弱な姫君じゃ、ないんだけどな。




