終わった物語
短編がわりと好評だったので連載ver。
変わった設定→村娘の精神不安定さと病み度がup、一応決めてた名前が色々着く。
色々雰囲気が変わってるけど色々はぶいていたのが短編でした、はい。10/23 改訂
ある日、ジレットの村の村娘が山に行くとぼろぼろの貴族がいました。
自分より年下でかなり困っており、怪我もしているようです。
どこかで戦争でも起こり、逃げてきたのだろうか、助けたら何か良い事があるかも知れない。
そう思い村娘は貴族を助けてみると、何と、貴族はこのフリエス皇国の皇子ロワール様だったのです。
でもフリエス皇国はこの間の戦争でナイジャー帝国に負け、滅んだと聞いています、ならどうするべきか村娘は考えます。
兵隊に差し出すべきでしょうか、そうしたらお金も貰えるはずです。
でもその選択肢は違うなと村娘は思いました。
なら、皇子の仲間になれば、ジレットの村で過ごす生活より、華やかで綺麗で、皆に注目して貰える。
そんな素晴らしい日々が送れるのでは無いかと村娘は考え、その選択肢を選びます。
その選択を、生涯後悔する事に気が付かないまま。
結局の所、その選択で彼女が手に入れた物は。
人を殺しても動じない心と、人に死ねと命じれる心と、自分の事を認めて欲しいという他者への欲求だけでした。
時間が少しでも空くと考えてしまう。
あの日、私が山に行き、ロワールに会わなければ、あの選択さえしなければ、もう少しマシな人生を歩めたのではないかと。
そうなると恐らく村で結婚し、そのまま人生を終えていたのだろう。
現在と違い、間違いなく退屈な日々になるのは確実であるが、それでも。
幸せにはなれたと思う、この断続的な胸の痛みは無かったと思う、この舌を噛み、痛みを我慢する癖は付かなかったと思う。
人を殺し、罪悪感に苛まれ付いた癖であるが、舌を噛み、時折血を飲むと不思議と気分が落ち着く。
この悩みを愚痴れる相手が一人でもいれば、私もここまで追い込まれなかった気がする。
しかしロワールには弱気な所を見せたくないし、ロワールの元に集った貴族や軍人とは会話すらまともにしていないため出来ない。
あいつらは何時だって私の事を「たかが平民が」「女如きが」「無学の人間が」と馬鹿にし、和を乱す訳にはいかないため、私は押し黙り、胸の痛みを我慢し、無言で仕事をしてきた。
反論しようにも、私は平民で女で無学だ、それは私も認める、しかしだ。
ロワールの旗揚げを手伝い、兵を集めたのは私だ。
その兵を調練し、武器と食料を集めたのは私だ。
そして始めての戦争の指揮官も私だった。
確かに。
私は平民で、女で、無学だ。
けれど、出来るのだ、やる気と行動力さえあれば、貴族に負けないぐらいの動きは出来るのだ。
初めての戦争で皆が従わず、半数以上が死に、その責任を全て私に押し付けはされたが。
私は知らない、敵を殺す事が出来ず殺されてしまったジレットの村や志願兵の事など。
死んでしまった村の男達の責任なんて知らない、説得したのは私だが着いてきたのは自分達の責任では無いか。
だというのに、何故私が責められる。
どうして私が皆を殺した事になっているんだ。
私は頑張った、初めての指揮なりに、碌な兵法も勉強したことは無いが、集団を乱さないように維持に努めた。
勝手に逃走し、殺されたのは自分達の責任では無いか。
何で私が無能扱いされないとダメなの。
何で私がずっと責められ続けなければならないの。
結局、私はどうして良いか解らず、ロワールから貰った銃で自分を撃ち抜き自殺を図った。
テントは血塗れで、出血多量でどう考えても死ぬレベルだったらしいが、不思議な事に私は生きている。
ロワールの治癒魔法で、何とか一命を取り留めたらしい。
その時、私の事を必死に看病していたロワールは、首都を取り返したら皇女にしてやるなどと言っていた。
どう考えても無理だろう、平民の女が皇子と結婚するなんて御伽噺でも無理がある。
生き延びた私は、重い体を引き摺り、皆の前に行くと。
また皆は責めてきた。
何故お前だけが生きている、何故お前だけ治癒魔法をかけて貰ったのだ、と。
不公平ではないか、お前だけ生き延びたのは。
あの時の自分は相当精神を病んでいた。
だからだろう、それを言った奴を殺して仕舞っても、何も感じなかったのは。
そして私は気が付いたのだ。
精神が病んでいれば、人は人を殺せると。
村での生活が頭に残っていたから、あんなにも人を殺しただけで罪悪感に苛まれたのだと。
命を奪って仕舞った、人の未来を奪って仕舞った、悲しむ相手がいるのになどと考えてしまった。
でも。
死んで当然と思っていれば、人は人を殺しても何も思わない。
たとえずっと頭痛がし、胸が痛くなり、手が震えるようになったとしても、敵に殺されるよりはマシだ。
舌を噛まなければ、まともに立って居られないとしても、殺されるよりはマシなのだ。
だから私は皆を徹底的に罵倒し、寝ずに訓練させ、訓練をしない者は殺し、それを終えた者はひたすら前線に送り続けた。
確かに私は無学だから、有能では無かった。
しかし勉強する機会があれば、学べ、成長していくことぐらい出来るのだ。
ただその機会も。
ロワールの元に貴族や軍人が集まり続けたことにより、大規模な軍になる前に奪われてしまったのだが。
「侍女でも側にいれるだけ有り難く思え」とはどの貴族の言葉だっただろうか。もう思い出せない。
なにしろ他者の情報がまったく思いだせなくなっているのだ。
父親も母親も、兄の顔も、ジレットの村の人間の事も、もう私の頭の中では霧で包まれている。
何をしていいかわからなくなった私は、ロワールから貰った銃で戦場を彷徨い、ただひたすら敵を殺し続けていた。
敵を殺し続ければ、また最初のように注目される機会が訪れるのでは無いかという、希望を元に。
でもいくら殺しても胸に溢れる虚無感が抑えられない、祭りが終わった後に感じるような寂寥感が抑えられない。
頭のどこかではわかっているのだ。
もうなにをしてもどうしようも無いという事実に。
私は燃え尽きようとしているのだろう。
帝国から取り戻した首都に足を入れた瞬間、私はそう悟った。
ロワールの祝勝会に来いという命令を無視し宮殿から離れた私は、トティッシュの街を歩いていた。
この国の首都というだけあって、私が住んでいたジレットの村の何十、何百倍と華やかであり、人が多い。
そんな街のお祭り騒ぎの人間達を見ると、胸から何かが込み上げ、痛くなり、泣きたくなる。
宮殿の祝勝会に行った方がマシだったのでは、とふと頭に過ぎるが、それは無い。
あんなロワールの元に集まった貴族や、お金持ちしかいない場所に私なんかが行ったらそれこそ針のムシロだ。
それならば、平民の女らしく、平民の街でお酒で乾杯しているほうがマシだ。
時折こちらに目線を向けてくる平民もいるが、静かに視線を逸らし歩く。
戦争が終わりお祭り騒ぎだというのに、一人で歩いている私の事を哀れんでいるのかも知れない、笑っているのかも知れない。
そんなことを考えると胸が痛み、舌を噛む。
評価され、注目される事は好きだが、道化は嫌だ。
人通りが多いためか、街行く人間が全て私の事を見て笑っている。
それが嫌になり、酒場へ入り、隅の方に座り、酒を頼む。
あまり度数が強くない酒を。
「やっと終わった…」
もう何もしなくて済む、小さいながらも思わず声が出てしまい、隣に座っていた男に視線を向けられるがどうでも良い。
それにしても長かった、どうしようも無く長かった。
歴史に名を残せるチャンスを手に入れた。
自分を表現できる立場を手に入れた。
自分の頭と才能をいかせる場面を手に入れた。
自分を崇めたてる部下を手に入れた。
全て失い、今は何も残っていないが、ただの平民の女がここまで来れるとは思っていなかった。
私のような平民の女は生まれて来ても、何も残せないまま消えていくだけの存在だと思っていた。
こんな先も見えなかった暗闇だらけの道を。
最後まであるかどうかすらわからなかった道を。
来るかもわからない日々を信じ、努力を積み重ね続け、自分は何をしてるのかと虚しく思った日々も。
こんな暗闇の道を渡りきれるとは思わなかった、あきらめなくて良かった。
やっと終わる。
やっと終わった。
終わるまで残れた。
手元には何も無く、達成感も無くなり、残ったのは胸の痛みだけだが、私は成し遂げた。
ただの平民の女が、ロワールとの約束を果たしたのだ。
『首都を取り返し、滅んだ国を復興させる』という途方も無い約束を成し遂げたのだ。
貴族達からすれば、私は何もしてないのと一緒だろう。
しかし。
ロワールを助けたのは誰だ。
私だ。
死んだら全てお終いなのだ。
あそこで、ロワールを助けなければ、今の結末は無かったのだ。
これだけは確かなのだ。
チリチリと胸が痛む。
どういうわけか涙が出そうになるが、涙が出ない。
もうとっくに涙の流し方なんてわからない、出す権利も無い。
だから私は舌を噛み、ただ自分の心を抑える。
「やっと…」
終われる。
その瞬間、酒場のドアが勢いよく押されガシャンと壊れたかのような音が鳴り、兵士達がなだれ込んでくる。
騒がしかった酒場は一瞬で静まり返り、ドアを壊されたことで怒鳴ろうとしていた店主も、口をパクパクさせている。
「そこの女、銃を下ろせ」
偉そうな兵士が私に向けて命令する。
無意識の内に、背中の銃を向けていたらしい。
周りにいた兵士達が私の元に駆け寄り、拘束し銃を奪い取ろうとしてくる。
その行動にひどくイラつく、こいつらは一体何の権限があってそんな命令をする。
私の半分も人を殺して無さそうなただの兵士如きが。
ムカつく、殺そう。
そう思い引き金を引こうとすると「止めろ」と声が聞こえ、瞬時に銃を下ろす。
聞き覚えがある、今の私の全てであるような存在の声が。
「ロワール皇子…?」
「何で皇帝がこんなところに…?」
酒場の人間が騒ぎ始める、あまりこちらを見ないで欲しい。
注目するのならば、ドアからツカツカと私の元に歩いてくるロワールだけを注目して欲しい。
「陛下、まだ拘束が」
「下がれ」
不機嫌な声がし、不安になる。
どうしてこんなに不安になるのだ、私は何も悪い事をしていないのに。
全部ロワールの事を思って動いているというのに、何故こんなにも不安に。
「マイ」
ロワールに私の名前を呼ばれ体が震え、顔を下げる。
こちらに向けて歩いてくるロワールの足音が聞こえる。
こちらに来ないで欲しい。思わず逃げたくなる。
「顔を上げろ」
私の目の前で足音が止まり、恐る恐る顔を上げる。
そのロワールは皇帝らしい豪華な装飾に赤いマントを羽織ってはいるが、何故かジレットの村で私が作った民芸品のボロい腕輪をしている。皇帝がそんなボロい腕輪をしていて良いのだろうか。
そもそも、こんな酒場に何で来たのだろうか。来いとの命令を無視したのがそんなにダメだったのだろうか。
でも私があの場所にいっても…
「どうして来なかった」
ロワールの表情は、ロワールが私に向けていた表情は。
初めて出会った時のような、この世に絶望した顔でも無く。
初めて私の御飯を食べさせてあげた時のような不満そうな顔でも無く。
初めて戦争に負けた時の悔しそうな顔でも無く。
初めて親しい友人が戦死した時のような悲しんだ顔でも無く。
初めて私が殿を引き受けた時に見せた悔しそうな顔でも無く。
ただ純粋に、私に対しての怒りが込められた、怒りの表情だった。
その表情で身体が震える。
「どうしてって…当たり前じゃないですか、なんで私があんな所に行かなければダメなんですか」
平民の女が、あんな場所にいってもただの針のムシロでは無いですか。
そんな事もわからないんですか、私の事知ってたらそれぐらいわかるでしょう、相変わらずロワは抜けている。
結構長い付き合いなんですから、それぐらいわかってくださいよ
理由を全て言わず、飲み込み舌を噛む。
じわりと口の中に血が広がり、少し痛むが、不思議と動揺が収まり、身体の震えが止まる。
「来いと、俺が命令したんだぞ、何故従わない」
「何でって…それは…」
「お前のためを思ってやったんだぞ、なのに何故来ないでこんな場所にいる」
本当にわかってないのだろうか。
ロワールは本当に私のために、あんな貴族ばかりの場所に平民の女の私を呼ぼうとしたのだろうか。
意味がまったくわからない。
愚痴を何度か聞いたから知ってるが、ロワールは自分を一度捨て帝国に着いた貴族を信用していないし、自分に付いてこなかった首都の平民をゴミのように扱っている。
だから私がこんな場所にいるのが許せないのだろうか。
それとも、まさか。
「何故お前は俺の元に来ない、俺はお前のために頑張ったんというのに」
ガシャン。
ロワールの拳がテーブルに振り落とされる。
ハハ、何ですかそれ、それを今言うのですか、何で今更それを言うんですか。
思わず笑いが出て、ロワールの表情が歪む。
笑いが止まらない。
笑って、笑って、胸を銃で撃たれたのごとく痛む。
涙は出ない。
笑いが止まらないので、一度舌を噛むが、それでも笑いは止まらない。
知ってます。
そんなことはとっくの昔に知ってます。
こんなんでも私は女の子何ですから、好意ぶつけられたら薄々所か完全に気が付いています。
でもそれは言ったらダメなんですよ、私にとったら最低の愚行なんですよそれは。今までの苦労が全部崩れる愚行なんですよ。
少し考えればわかるじゃないですか。
ジレットの村の頃ないたように、ロワール以外が平民ならば応じたかも知れませんが。
貴族しかいない組織に、平民の女の居場所なんて無いに決まってるでしょう。
一体何を考えてるんですか。
貴族の上に立つ皇帝が、平民の女を愛してるだなんて、周りが賛同するわけ無いじゃないですか。
魔法も、権力も、お金も無い平民の女なんかとの恋愛を。
せめて、私がこの軍で居場所を確保してたら話は別だったかも知れませんが。
後からやってきた貴族達にあっという間に追い出された私の居場所さえ、確保していたら。
あの時の私に政治力さえあれば、少しぐらい居場所は維持できただろうに。
軍事は実戦や本で学び始めて実績もたて始めれていた、でも政治は違う、気が付いたころには私の政治上の立場は終わっていた。
胸が痛い。
あの頃の事を思い出すとギリギリと胸が痛み、貴族達への憎悪と嫉妬と羨望が湧き出てくる。
どう足掻いても私はそこにいけないという絶望、そして最後に残ったのは、敵を殺すしかやる事が無くそれまでの自分と違い別人のようになった惨めな自分だけだった。
視界が歪み、頭痛がする。
あの頃の事を思い出すといつもこれだ。
舌を噛み千切るぐらいの強さで噛み、口の中に広がった血で精神を落ち着かせようとするが、落ち着かない。
いつもならこれで落ち着くはずなのに、落ち着かない。
血が足りない。
血が足りない。
血が足りない。
どうして足りない?
「おい、マイ聞いているのか!」
そういえば最近は人間を殺していない。
この国の戦争は終わり、もう帝国軍の兵隊は撤退してしまった。
敵兵がいないのでは殺す事も出来ない、じゃあ私は何を殺せば良いのだろうか。
平民の女になった私は何を殺せば。
「マイ!」
人間を殺した時のあの気持ちが忘れられない。
血の量が致命傷だというのに、必死に生きようとする姿が、あのどうしようも無くいやになる気持ちが忘れられない。
でも、殺す相手がいない。
「聞け、俺は」
いや、いるでは無いか。
人間なんてこの場にいくらでも、この街にいくらでも。
兵士に、酒場の客に、私に向かって何かを話すロワールが、人を殺したことが無い者が大半だろうから簡単に殺せる。
ロワールは人を殺した事が無い。
皇子が手を汚してはいけないと、殺す仕事は全て私が引き受けた。
だから私が殺そうとしても、殺した事が無い皇子は碌に反抗しないはずだ。
そのロワールを殺したら何が待ってるんだろう。
敵兵でさえ、動かなくなっていく様を見るといやな気分になるのだ。
私にとって大切なロワールが相手なら生きてた頃の光景や、笑っていた光景、泣いていた光景。
それを全て私が奪った。謝っても謝っても私が殺したのだから謝罪すら受け取れない。
そんな絶望的にどうしようも無い気分の中、血が。
違う。
ダメだ。一体何を考えているんだ私は。
気持ちを落ち着かせるために歯を食いしばり、舌を全力で噛むと、舌が千切れ、口から血が漏れる。
だがようやく落ち着いた。頭の感覚が少し戻る。
「おいマイ血だ、怪我してたのか!」
いえ、ロワールの事、殺そうかと思ってました。
そんな言葉を出そうとするが、血のせいで出ない。
テーブルが私の血で汚れる、後で酒場の人間に謝らなければならないだろう。
「診せろ、治してやる」
ロワールに口を無理やり開かれ、治癒魔法をかけられる。
戦争に行き、怪我をする度に治されていたが、戦争が終わっても治されるとは思ってもいなかった。
しかし、これが最後だろう。
先ほどの思考でわかった。
私の頭は本格的にダメになりかけているらしい。
今までも、どうしようも無く、絶望的な気分で人を殺しなんとか精神の平穏を守っていたが。
人を殺すことが出来なくなった以上、もう人格の崩壊は止まらないのだろう。
人間の人格なんて簡単に壊れるのだ。
視界と音に慣れた人間は目隠しをして、無音の世界に放り込むだけで簡単に人格が崩壊する。
人を殺すことでしかアピールできない私が人を殺せなくなったら、簡単に崩壊していくのだろう。
でもそれはダメだ。
そんな私だけは見られたくない。
ロワールにだけは、もう一人しか残ってない、私の事をちゃんと見てくれたロワールにだけは。
そんなみっとも無い姿は見せられない、見せてはいけない。
「なあマイ、今からでも遅くは無い、俺と来てくれないか」
「殿下」
本当なら、隅のほうでも良いから、密かに居座るつもりでしたが、もうあきらめます。
「殿下だと何を言っている、いつものようにロワと呼べ」
皇帝となった人間を呼び捨てに出来る人間なんてどれくらいいるのだろうか。
私は出来ない、別に誰もいなければ呼んでも良いが、人前でやると色々な人間に注意をされる。
でも最後だしもうどうでもいいのかも知れない。
「ロワ、私の事考えるならほっといてくれませんか、早く祝勝会に戻ってください」
最近見せることの無かった笑顔でそう述べる。
「軍師のお前がいない、祝勝会に何の意味がある」
「軍師はあの貴族じゃ無いですか、私はただの平民の女ですよ」
「あいつはただの文官だ、俺にはお前しか軍師はいない」
ありがとうございます。
でも、私はあの貴族の馬鹿を軍師だ何て認めてませんが、それでも皆や他国には軍師と認識されているでしょうが。
皇国の鬼才とか言われてるあの馬鹿貴族をそんな風に言ったらひどい事になりますよ。
でもそんなに私の事を評価してくださってありがとうございます。
思わず浮かれ、図に乗ってしまう前に治されたばかりの舌を噛む。
「だから来い、俺とお前の人生はこれから始まるんだ」
ロワールに真剣な顔で私の腕を掴み、無理やり連れていかれそうになるが払う。
あれだけ細かった腕がこんなに大きくなって、成長したんですね、殿下。
でもね、行く訳には行かないんですよ。こんな頭のおかしくなってる平民の女は。
「お断りです」
うんざりした顔を殿下に見せ付ける。
多分うんざりした顔になっているはずだ、これでも殿下を誑かす平民の悪女と言われた私だ演技には自信がある。
というより常に憂鬱そうな顔になっている筈だから、演技をしなくても問題は無い。
手を払った時に見せた悲しそうな表情は私の演技に騙されたと見ますよ、殿下。
「どうしてだ、俺は何かしてしまったのか…?」
初めて出会った時のような。
下の弱気そうな、私の言ってる事が信じられないような、オドオドとした態度。
その度に相談や愚痴に乗ってあげましたが、もう駄目です。
もうこの国は貴方の目指した貴族の国になってしまいました、平民の女の私が付き合えるのはここまでです。
「何も」
何かされるどころか、短い良い夢と長い悪い夢をずっと見続けました。
口をあまりあけない様に呟く。
小さく首を振り、何もかも話しそうになるのを舌を噛み締め、我慢する。
噛み過ぎたせいで、口の中は血の味しかしない。
これで大丈夫だ、私は冷静でいられる。
口を開けば余計な事を言ってしまいそうだが、開けなければ良い。
「俺はお前の、あいつらのように媚びもせず我を貫き、夢物語だった反乱に手を貸すよう村の人間を説得して貰ったことを深く感謝している、なあ舞、俺はそんなお前のことが好きなんだ、俺と結婚したら皇女になれるんだぞ、最初に約束しただろ、俺のこと嫌いになったのか」
そんな捨てられた子犬のような目を見せないでくざいよ、卑怯者みたいですよロワール。
そもそも貴方の事が嫌いだったら、こんな地獄のような場所に残り続ける訳が無いだろう、ここまで着いて来る訳が無いでしょう。
媚びもせず我を貫いたのは、ロワールの事を手のかかる弟みたいに思っていたからだ、姉が弱気になるわけには行かない。
皇女になれるなんて言葉はまったく信じて無かった、どうせどこかの皇族や貴族の女性と結婚すると思ってましたからね。
どうせ村娘と皇帝の恋愛なんて実るはずも無い、おとぎ話が好きな私でもそれぐらいわかる。
それに私は貴方の事が好きかどうかわからない、わからなくなってしまった。
もしかしたら好きだったかも知れないが、今の私にとっての貴方は唯一の心の拠り所でしかない。
だからね、その目止めて下さいよ。
そんな好意の篭った目で私を見ないでくださいよロワール。
お願いですから。私そんな良い人間じゃないんですよ。
「お願いですから」
声が漏れてしまう。
しかし大丈夫だ、頭は落ち着いている。
「ロワの事は嫌いどころかどうとも思ってません。お願いですからさっさと帰ってくれませんか、ここに居られると迷惑何ですよ、私の事を想ってくださるのならば、ほっといてくれませんか、もう私軍を抜けたんですから」
「軍を抜けた…?」
「ええ」
まだ抜けてはいないが、どうせ去るつもりだ。
許可など無く、勝手に抜けたとしてもどうせ喜ばれる。
「あいつらのせいか」
その声でビクリと肩が震えて仕舞う。
それを見たロワールは今までの弱気そうな態度からはうってかわり、貴族の前にいる時のような切れ者のような風格に戻る。
怖い。
その態度がどうしようも無く怖く感じる。
視線を合わせてしまったせいか冷や汗が出る。目が泳ぐ。胸が痛む。
舌を噛み血を飲んでいると、ロワールの手がテーブルに振り下ろされ、ダンと大きな音がし、体が震える。
「…どうして俺の目を見ない、違うなら違うと言え」
視線が定まらない。意識が定まらない。胸が痛い。苦しい。血が欲しい。
体の震えと、手の震えが止まらない。血が欲しい。
もうやめて欲しい、涙が出てくる、止まらない。血が欲しい。
「私は…」
「何をそんなに怯えている、一体何をされたんだ!」
私は怯えてなんていない。
貴族達なんかに怯えてはいない。
そんな弱い人間では無い、止まらない涙とともに首を弱弱しく振る。
そんなみっともない事になっていない、貴族なんかに、貴族なんかに何をされたわけでもない。
私は何をされても常に冷静だ。
「貴族がそんなに怖いのか、どうして俺に言わなかった、どうして」
問い詰められるが、全て首を振る。
私はあいつらより有能なのだから怯える理由なんて無い。
たまに精神は乱れるが痛みと血さえあれば大丈夫なのだから違う。そんなただの平民ように怯えたりはしない。
貴族なんかに怯えてるなどと、私を馬鹿にしないで欲しい。
馬鹿にするなら殺す、ロワールだろうが絶対に殺す。
震える手で背中の銃を取り、ロワールに向ける。
酒場がざわめき待機していた兵士が武器を構え、慌てて入ってこようとするが、ロワールが手で止め追い払う。
「どうして黙っていた…あの馬鹿達に何を言われたんだ」
「馬鹿にしないで貰えませんか、何もされてませんよ」
怒気に染まった表情が哀れみの表情へと変わりロワールからプレッシャーを感じなくなり、身体の震えが収まったので舌を噛みゆっくり血が飲める。
胸の痛みが無くなる。動悸が収まる。意識が定まる。
変な所を見せてしまったが、もう大丈夫だ。大丈夫になっている。
「貴族を馬鹿だなんてロワが言ったら怒られますよ、それに早く帰って貰えませんかいい加減迷惑なんですよ」
少し声が震えてしまったかも知れない。
私もあいつらただの馬鹿だと思いますが一応名門貴族なんですからそういうこと言ったらダメです。
子供の頃から家庭教師を付け、勉強したらしいですし。
でも、貴族と同じように私のような平民も教育出来れば、あいつらと同じぐらいの知識は得れた気がします。
私のような村娘に勉強する機会なんて無いに等しかったのだから。
そんな余裕がなかったから当然なのですが、もし次の人生があるなら子供の頃から勉強してみたいですね。
「なあマイ俺に出来ることなら、何でもする、お前が望むままにしてやるから…」
「……ねえロワ」
途中でロワールの言葉を切る、色々と言いたい事はある。
でもそれ以上言うとまずいのだ。私みたいな平民の女に執着するせいで落ちぶれるロワールなんて死んでも見たくないのだ。
それにもういいのだ、もうどうでもいいのだ。皇帝にするという約束を果たせた以上、こんな頭のおかしい平民の女がここに残る理由は無い。
「なんだ、俺に出来ることなら」
「私みたいな平民の女如きが良い夢を見れました、今までありがとうございました」
「平民の女…、あっああ…あははは、そうか、そこか、そこがダメだったのか…そんなことだったのか…だからダメなのか…」
私の言いたい事を察してくれたらしい。
それだけじゃないんですが、この理由が致命傷なのだ。私が貴族に生まれてたなら、最低でも商人の娘ならば、まだなにかちがったかも知れない。
そんな事を考えながら席を立ち、目を瞑り頭を下げる。
ロワールがどんな顔をしてるのかは見たくない。
見ていないからどんな表情をしたかは勝手に考えさせて貰う。
「なあマイ、もし俺が平民…いやいい、すまないな、今まで付き合わせて…」
「はい、今までありがとうございました」
「帰るぞ、すまなかったな、そしてありがとな…」
「 」
震えるような声を出すロワール。
それを聞き、何かを話そうとしてしまった口を閉じ、舌を噛み血を飲みこむ。
これで良い、これで良かったのだ。
兵士に連れられ立ち去るロワの後姿に頭を下げる。
感謝の気持ちと、謝罪の気持ちとささやかな怨みを込めて。
その日、フリエス皇国軍から一人の少女が姿を消した。
彼女に与えられていた部屋は整理され、荷物も服もそのままであったが、二つだけ物が無くなっていた。
ロワール皇帝が感謝の気持ちを込めて送った、皇家に伝わる神器の一つである銃と。
「一通の手紙」と共に。
その後彼女の名前は、フリエス皇国のどんな書物にも書かれる事無く消えた。
ロワールを助け旗揚げしたのも軍師であるフロスのおかげと歴史は書き換えられていた。
彼女の物語はロワール以外誰にも知られず、消えたはずであった。
『ロワール皇帝は、貴族の皆と力を合わせ皇国を取り戻しましたとさ、めでたしめでたし』
その一言でこの時代は一区切り付くはずだったのだ。
しかし、ある日を境に大陸の動物や人間が凶暴化し、人々を襲い初めてから状況は変わる。
首都トティッシュに近い村や街は軍が警備をしていたのだが、地方の村や街が軍のような大群の見たことも無い動物やゾンビに襲われ壊滅するなどという自体が発生し始めたのだ。
そして一人の旅人の女性が訪れていた村も、魔物の大群に襲われ消える筈だった。
そこから彼女の終わっていた物語は再び動き始め、延長戦を迎える。
変異し凶暴化した動物、ゾンビから人間を救い続けた「救国の聖女」としての延長戦が。
適当な地名や人物まとめ
舞台フリエス皇国(首都トティッシュ)
マイ→精神病んでる主人公、舌噛む癖あり
ロワール→皇子
ジレット村→主人公のすんでた村 もう無い