第70話 幼馴染みと長い一日④
今日のローレライは荒ぶっていた。
なんせ、一世一代の重要なタイミングを邪魔され、怒りに燃えるパイロットが感情をぶつける道具に成り下がってしまったからだ。初恋の岬と言う、恋人達が微笑み合うこの聖地を見下ろすローレライは、修羅のようにパンチを繰り出す。
罪の無い(そんな訳はないが)ADMはそんなローレライに八つ当たりされ、あっと言う間に虫の息。
「隼、ちょっと早すぎるよ」
あっと言う間すぎて、穂乃果がついて来れていない。いや、穂乃果のサポートが必要ないくらいの一瞬。それほど僕の怒りは強い。
『いい動きです。柊木隼サン』
別に機嫌をとろうとしている訳でもないだろうが、ハルがそう言って褒めて来るが、逆に腹立たしい。
がしゃっと銃身の無い拳銃の形に変形するデバイスを乱暴に握る。
「穂乃果の事が好きだけど」
引き金を引く。ADMに放たれるオレンジ色の光を見送りながら、胸に去来する本音が口から吐き出される。
「やっぱり答えが聞きたい」
答えてくれなくていい、なんて考えた事もあるが、ここまでくるともう無理だ。答えを聞かないと気が済まない。今まで何度も答えのない告白を続けて来たが、ずっと抱えているもやもやは消えない。
だから——ではないが、さっきみたいに順序を飛ばしてキスしようとしたり、昨日みたいなスキンシップで穂乃果の気持ちを探ろうとしてしまう。
その時の穂乃果の反応から答えが出ているような気もするし、どうにか穂乃果も伝えようとしているのは伝わってくるのだが、言葉にされるのとはまるで違う。
とは言え、穂乃果が言えない事もわかっている。僕が告白しなければならないのと同様の理由で、穂乃果は答える事が出来ない。
世界の平和のため、と言われてはどうしようもない。
でもどうにか——
光に溶けていくADMを横目で見ながら穂乃果を見やると、強く唇を噛んでいる様子だった。
『パイロット離脱コード』
さほど間を置かずにハルの声が響く。
ローレライから離脱すると、さっきまで乗っていたゴンドラの中に戻った。ローレライに乗る前と同じように、穂乃果と隣り合って座っている。
「あ・・・」
穂乃果と目が合う。至近距離で、少し困った顔。
「えっと・・・」
「あの・・・」
ここでさっきの続きから始めればいいのか、諦めて次の機会をうかがった方がいいのか、よく分からない。
よく分からないまま、見つめ合う。二人の間に流れるのは、さっきとは違う空気。張り詰めた空気の中、
「はい!お疲れ様でした~」
声と共にゴンドラの扉が開かれ、係のお姉さんの笑顔。
心臓の跳ね上がりと共に立ち上がり、慌てて穂乃果の手を引いて下りる。
日も沈んでライトアップされる観覧車に見下ろされながら、肩を落とす。はしゃぎながら観覧車に乗り込むカップル達の声が、僕の耳には虚しく響く。
結局、穂乃果に答えを聞く事は出来なかったし、振り絞った勇気も邪魔され、何も進展する事なくゴンドラが一周しただけだ。もしかしたら、僕と穂乃果はずっとこのまま足踏みを続けるんではなかろうか。
これは、ローレライに乗るまで自分の気持ちに気づかないフリをして、あのままの心地よい関係を続けたいと思っていた僕に下された、罰なのかもしれない。
ため息。
ちょんちょん。
ふいに服をひっぱられて見ると、穂乃果が唇を結んで僕の服をつまんでいた。
数秒、潤んだ目でこちらを見た後、ふいに言った。
「ねえ、もう一度、乗らない?」
もう一度ゴンドラに乗り込んだはいいものの、さっきの事を思い出してか二人とも変に意識をして言葉が出てこない。隣あって手を握り合っているだけで、微妙に視線を外していた。
いや、これではいけない。穂乃果が言い出したって事は、穂乃果も覚悟を決めたという事だ。その覚悟に応えなければならない。順序は少し違うが、まだ答えを聞けないのであれば、自分でそれを確かめるまで。
よし。
穂乃果の目に視線を戻す。
「あの・・・穂乃果」
ゴンドラはまだ上がり始めたばかり。近くのゴンドラから見えるとか見えないとか、そんなのはもうどうでもいい。どうせ他の人たちも他のゴンドラを見る暇なんて無いはず。
呼びかけて向かい合う。
「は、はい」
緊張気味の穂乃果が身を固くする。
そんな穂乃果の両肩を掴んで、ゆっくり距離を縮める。
穂乃果が目を閉じ——
ビニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョ
「・・・」
「・・・」
ビニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョ
何だよ。またかよ。一日二回も呼ばれた事ないだろうよ。どういう訳だよ。
「ハル——」
『転送します』
今回は有無を言わせず、再びローレライに転送された。




