第69話 幼馴染みと長い一日③
「ここの観覧車って乗った事あったっけ?」
「無かったんじゃないかな」
昔から何度も公園には来た事はあるし、当然のように何度も目にはしているが、乗った記憶はない。水族館も頻繁に来ていたわけではなかったし、地元だからあまり目が向かなかったのか。
「隼は観覧車は乗れるの?怖いんじゃないの?」
にやにやしながら聞いてくる穂乃果。
「僕は別に高い所が苦手なわけじゃないぞ。ジェットコースターみたいなのが苦手なだけで」
「ふーん」
本当だぞ。苦手だから今まで乗った事がないわけじゃないぞ。ただそんな機会が無かっただけで。
心の中で言い訳しつつ、やってきたゴンドラに乗り込む。狭い空間で、向かい合って座る。
「怖かったら隣に来てもいいよ」
お姉さんみたいな余裕の表情を見せて、穂乃果がからかうように言って来る。おのれ・・・やっぱり僕が高い所が苦手だと思ってるな。しかし、隣に来てもいいという許可をもらったので、別に怖くはないが、
「じゃ、穂乃果」
手を伸ばして穂乃果の手を取る。
「ん?」
そのまま引っ張って、穂乃果を引き寄せて隣に座らせる。
「きゃ!」
揺れるゴンドラ。
しばらくして揺れが収まってから、穂乃果が上目遣いで僕を見上げた。
「怖いから、隣にいてくれよ」
僕が言うと、ふふんと鼻を鳴らした。
「もう。危ないでしょ。隣にいてあげるから、おとなしくしてるんだよ?」
さすがに暴れはしないよ。
穂乃果の注意に従って、ゆっくりと上って行くゴンドラの外を眺める。海に沈む太陽が赤く染まり、空は帳が下り始めている。海に走る赤い道に思いを馳せながら、二人そろってその景色を眺めていた。
「夕焼け、綺麗だね」
君の方が綺麗だよ、とか口走りそうになりながら、穂乃果の肩を抱き寄せる。穂乃果がぴくっと反応する。
「あ、隼、下見て。初恋の入り江が見えるよ」
穂乃果の視線を追いかけると、眼下に見える小さな入り江。小さな人影がいくつも見えるので、今頃カップル達が聖地にかこつけていちゃいちゃしているんだろう。
「へー。本当にハート型してるんだね」
少し歪で傾いてはいるが、ハート型以外には表現出来ない形。最初見つけた人は驚いただろうな。
「あそこで、写真を撮ったよな」
下を覗き込む形になるので、どうしても穂乃果との距離が縮まって行く。穂乃果の心臓の音が聞こえそうなほど、僕の心臓の音が穂乃果に届いてしまいそうなほど、二人の距離は近くなっている。でも僕は離れるつもりはない。
「うん、そうだけど・・・近いよ」
「わかってるよ」
こころなしか小さくなった穂乃果を見つめる。
「でさ、穂乃果知ってる?観覧車の頂上付近って、他のゴンドラから見えなくなるんだよ」
ゴンドラは頂上に近づいている。まだ他のゴンドラの中が見えるが、そんな事は気にもせずにいちゃついているカップルの姿が確認出来る。堂々としていると言えるのか、見境ないと言えるのか。
そのカップルの乗るゴンドラが頂上手前で中が確認出来なくなる。その中で何が行われていても、それは二人だけの世界の出来事だ。
そうして僕らも、二人だけの世界の入り口である、その場所に到達する。
ここは今、僕と穂乃果以外誰もいない世界。ほんの数分だけ許された、二人っきりの時間。
「なあ、穂乃果」
「な、何?」
「・・・」
さすがにちょっと緊張して来た。穂乃果も何かを察したのか、緊張した面持ちでこちらを見ている。
「あの、穂乃果」
「な、何ですか?」
「うん」
「うん?」
「あの」
「うん」
度胸の無さにうんざりする。
えーい。ここが勇気を発揮する場所だろ。
「穂乃果、さ」
「うん」
こうなったら後戻りは出来ない。うるさすぎる心臓を押さえつつ、穂乃果の手をぎゅっと握りながら、距離を詰めて行く。
「っ・・・」
穂乃果の息を飲む音。唇を強く結んで、息を止める。
更に顔を近づける。吐息が触れ合いそうな距離。絡み合う視線。
そして鼻が触れ合いそうな距離まで近づいた時、穂乃果がゆっくり目を閉じた。
心臓が跳ね上がる。
他の誰も存在しないこの世界で、二人の唇は——
ビニョニョニョニョニョニョニョニョ
ふいに響く気持ち悪い音。二人同時にぴくっと体を震わす。
ビニョニョニョニョニョニョニョニョ
う、うるせぇ。まるで見ていたかのような絶妙なタイミングで呼び出しかけるのはどこのどいつだ。どうせ空気の読めないサポートAIが、ここぞと言うタイミングを狙って呼び出したに違いない。
ひとまず無視だ無視。
気を取り直して唇を近づけて——
ビニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョ
しつこい。いつもだったら少ししてハルが声をかけてくるのに、今日に限っては気持ち悪い音を連発してくる。せっかく作ったいい雰囲気をぶち壊す、まるでそのために作られたような音。
とにかく、あと数十秒、いやあと数秒だけ待ってくれ。
気を取り直して——
ビニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョ
「・・・」
ビニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョニョ
はあ。
「何だハル」
ポケットからうるさいデバイスを取り出し、いろいろ押さえて声をかける。怒りとか、照れとか、そんな類。
『何と言われましても。いつものようにADMの転送前兆現象が感知されたので』
事務的なハルの声が憎たらしい。今さっき僕と穂乃果の重要な局面を邪魔した事を理解しているのだろうか。
「ねえハル、わざとなの?」
低く言いながらデバイスを睨む穂乃果。僕も同じ気持ちだ。
『わざと。ある意味ではそうかもしれません』
随分含みを持たせて言うじゃないか。
『私はいつも最も適したタイミングを選んでいるつもりです』
「本当かよ」
『そうです。放っておくと世界を守れなくなるような行為に走る人もいますからね。注意してるんですよ』
やっぱり見てるんじゃないのか。
そうなると僕らが待てなくなって早まったみたいじゃないか。
まだ許されないのかよ。




