第59話 幼馴染みと体育祭③
『それでは午後の部のスタートです!』
昼食を終え、少し気だるげな空気が流れる中、気を引き締めるように鋭い放送部の声が響き渡る。
わらわらと生徒席に集まって来る生徒達。大半は自分の出番を終え、気楽に応援するだけの存在。僕も含めて。
『まずは借り物競争からです!』
その宣言を聞き、借り物競争に参加する生徒が準備を始める。当然穂乃果も。
「ねえ隼」
集合場所に向かう前、ちょこんと僕の前にやってくる穂乃果。
「がんばれよ」
「うん」
穂乃果は答えると、
「ぎゅー」
そう言って僕の両手を握ってから走って行った。
いちいち可愛いな。僕の幼馴染みは。
そうしてわらわらと選手たちが集まる中、放送部が場を盛り上げる。
『では借り物競争の説明を行います。スタートしてすぐ、机に並べられた紙を選んでもらいます。そこに書かれた指令に見合うものと一緒に、ゴールを目指す競技です!』
まあ、説明されるまでもない説明。
『ですが!今年は特別ルールとしまして、借りるのは物ではなく、人であります!条件に合う人物と共にゴールを目指してもらいます!つまり、借り物競争ではなく、借り人競争なのです!』
それを聞いたからか、集合場所についた穂乃果がこっちを見た。ああ、予約が完了したような気分。まあ、ある意味予約されてたし。
『ゴール後、その方が指令に合致する方かどうか確認させていただきますので、適切ではない人物を選択された場合は、失格となります!』
なるほど。女子が指定されてるのに、スカートをはいた男子は失格って事か。穂乃果が引いた札に書かれていたのが女子だった場合、僕の出番は無い事になる。まさか失格覚悟で僕を連れて行くまい。
『ですので、様々な人間関係が見え隠れする競技となります!この競技の後、どのような人間模様が描き出されるのか、注目であります!』
なんて大袈裟な。たかが借り人競争だろ。
なんて思っていたのだが、
『おーっと、二年一組の盛山さんが連れてきたのは、同じクラスの深山君!そして紙に書かれた条件は——『好きな人』!これは、好きと言う解釈が一つではないため、同性でも可ではありますが、あえて男子を選んだ盛山さん!その理由は、推して知るべしでしょうか!』
そんなサプライズ。
初々しい二人がゴールした後もじもじする中、競技は異様な盛り上がりを見せる。
『好きな人』なんて条件もあるのかよ。と言うのが、会場全体の感想。選手たちが
落ち着きをなくしている。
まあ、『好きな人』と言っても友達でも大丈夫なようなので深刻な話にはならないだろうが、これを告白のきっかけとして利用する場合もありそうだ。
・・・ちょっと緊張してきたな。
いやいや、たとえ穂乃果がその紙をひいたとして、僕の元に来たとしても、そういう意味だとは限らない。そう、限らない。
なので落ち着け、自分。
だがその後、これと言ったサプライズは無く、無難な指令ばかりが続き、会場の空気が少し冷める。
結局は一枚だけあんなのが用意されてたのか?それを最初に引いちゃったってだけか?
そうかぁ・・・がっかり。いや、何ががっかりか。
そんな複雑な思いの中、最後のレース。穂乃果の出番。
この調子なら、せいぜい『仲のいい男子』とか『友達』とか言うおもしろみのない展開になるんじゃなかろうか。
まあいいや。
『借り物競争、最終レース、スタートです!』
号砲と同時に綺麗なスタート。穂乃果はおそらく二番手。机に到着し、紙に書かれた指令を確認。と同時に、迷いなくこっちに走って来る。
「隼!」
「やっぱりそうなんだ」
少なくとも出番はあるらしい。
ある意味、借りる対象が人だった場合は僕を連れて行くという決め打ちしていた穂乃果は、他の選手を先んじて対象をオーディエンスから連れ出す。
『おーっと!ここでトップに躍り出たのは、『突撃!暴走娘!』こと和泉穂乃果さんと、『史上最強の幼馴染みキラー』こと柊木隼君!これにて有名な『学園一のバカップル』の成立であります!』
いろいろやめろ。
とは言え、学園一のバカップルは他の追随を許さず、手を繋いだまま校庭を賭けて行く。独走中の独走。よほどの事がないかぎりは、逆転は許さないだろう。
そうして気が抜けた訳では無いだろうが、
「あ」
穂乃果が小さく言って、バランスを崩した。
「危ない!」
手引いてバランスを保とうとするが、僕の方も穂乃果に引かれてバランスを崩す。
「あ、あぶ・・・」
穂乃果を巻き込んで倒れそうになるところ、どうにか穂乃果を抱きしめて、身を捻って地面に背中から着地した。
土煙が巻き起こる。
見た目だけなら、穂乃果に押し倒されたような状態。
『おーっと!ハプニングに見せかけたいちゃつきでしょうか!』
違う違う。会場も変な盛り上がり方をするな。
「隼!大丈夫?」
「いいから下りろ」
慌てて退かして立ち上がると、
『二番手の三組が追い上げております!』
転んでいる間にリードは失われつつある。のんびりしている暇はない。
「いや。いいか。いろいろ諦めるか」
「え?」
「いいよな?」
「何が・・・って!」
穂乃果が何かを言う前に抱きかかえる。こんな学校の全校生徒が注目するこの場で、幼馴染みをお姫様抱っこしている。からかいとか、噂とか、もうどうでもいいや。
「ちょっと・・隼!」
「いいから捕まってろ」
穂乃果の手が首に回る。
「行くぞ」
「うん」
穂乃果の返事を待つより早く、走り出す。倒れた拍子に打ったのか、太ももあたりに鈍い痛みが走るものの、足を進めるのに不都合はない。
『おっとこれは、借りられた人が借主を抱きかかえて走るという、ルール無視の行動だ!いやしかし、借りた物に抱きかかえられてはいけないというルールはございませんので、これは認めざるを得ない!』
当然だ。こんな事想定してルールなんて作らん。
そうは言っても、女の子一人抱えて走るとなると、さすがに全力は出せない。ただ、競争相手が女子なので、運動部とかでない限りは追いつかれる事はないだろう。
いや、
『ここで二年四組の佐久間さん、三木原君も同様の手法を取った!この二人は『学園一のラブラブカップル』なので、『学園一のバカップル』にとって、相手にとって不足はなし!』
四組の三木原とやら。あいつ野球部じゃなかったか。
マズいな。追い上げられるぞ。
こっちに利があるとすれば、穂乃果の方が小柄だって事くらいだが、そんな事関係ないくらいの勢いで追い上げてくる。
「穂乃果、しっかり捕まってろよ」
「うん!」
ぎゅ。
感じる穂乃果の感触と体温。激しい息遣い。それが僕の心に火を着ける。
「負けねー!」
大きく息を吐く。
「隼君頑張れー!」
「この果報者めー!」
「柊木地獄に落ちろー!」
クラスメイトからの応援と、応援とは違う声を受け、全力で足を進める。
「三木原!バカップルに負けるな!」
「お前らの愛が試されてるぞー!」
「リア充消えろー!」
別のクラスからも応援と、応援とは違う声。
さてこれは何の勝負か。
いや、そんな事はこの際どうでもいい。何が何でもこの勝負には勝つ。
迫って来る三木原の足音。迫っては来るが、このままなら逃げきれそう。
だがさすがに穂乃果を抱えて走るのはさすがに苦しい。だが、あと数十メートル走れば——
「隼・・・」
耳元で穂乃果の声が聞こえる。
周囲がスローモーションになった気がする。
背後の三木原が近づいて来るのを感じる。が、
『おーっと和泉さんを抱えた柊木君が——トップでゴールラインを切りました!』
ゴールラインをまたぐというよりは倒れ込むように通過した。誰にも先んじられる事なく、トップで。
「ああ・・・勝った・・・」
急に力が抜けてきた。
抱えている穂乃果を落としそうになるのを踏みとどまりつつ、どうにか立ち止まる。止まるのって走るよりも大きなエネルギーを使うんだよな。
一歩遅れてゴールする三木原達を眺めつつ、大きく息を吐く。向こうはまだまだ走れそうだ。運動不足を痛感する。
「はあ・・・」
心を落ち着けて穂乃果を下ろす。穂乃果ってこんなに重かったっけ——て口に出したら怒られるかな。
そんな穂乃果と見つめ合う。勝利の余韻。
『それでは、紙に書かれた指示と選択した人物が合致しているか、確認したいと思います!』
そう言えば確認作業が必要だったか。期待していいのかどうだか。
『ではまず、二年四組佐久間さんの指示から——内容は『大切な人』!これは、おそらく正解でしょう!』
ここにきてそれか。恥ずかしそう、でありながらどこか誇らしげな二人がちょっと羨ましい。
『そしてトップでゴールした和泉さんペアですが——』
放送部に紙を渡す前、ちらっと目に映る。そこに書かれていた文字——『・・・好きな人』——こ、これは・・・い、いやいや、好きにもいろいろな意味がある。
『和泉さんが引いた紙にはこう書かれてあります。『女好きな人』!』
・・・・・・・・・マジか。
なぜか盛り上がる生徒達。
『これはおそらく間違い無いでしょう!と言う事で、借り物競争最終レース、勝者は和泉穂乃果さん!』
割れんばかりの歓声。飛び跳ねて喜ぶ穂乃果だが、僕はなんか複雑。いや、勝ったのは嬉しいけどさ。
「やったー!隼!」
それでも穂乃果が抱き着いて来たので、女好きとしてはそれはそれでよしとしようか。




