第55話 幼馴染み以外と体育祭練習
「二人三脚のコツは、とにかく息を合わせる事よ。だから、練習あるのみ!」
陸上部である姫香は見た目によらずに熱血で、目に炎を宿して僕を焚きつけようとしてくる。
新内姫香と二人三脚に出る事になってしまった顛末。それは、ひとえに二人三脚に出る事になった姫香の相手選びに難航したのが理由で、立候補が多すぎるがゆえに起こってしまった悲劇。
つまり、普段から男子に人気のあるので、相方になりたい者は多かったものの、多かったゆえそれぞれが牽制しあってなかなか決まらかったのだ。
姫香に好意を持つ男が相方の座を狙うのだが、同様に好意を持つ他の男がそれに反対し、何と言うか——抜け駆けを許さないというような空気が蔓延し、誰にも決まらなかった。というか、決めさせなかった。
そのため、その界隈には関係ないような男が候補に挙げられたのだが、彼女持ちは
彼女が嫌がるためにNGとなり、ギャルとあまり関係がなさそうな地味目な連中は姫香に恐れおののきNG。
そうなると相方が決まらず、姫香が競技を変える事すらも考えざるをえなかったその時、誰かが、
「柊木でいいんじゃね?」
と言った奴がいた。
別に姫香に好意を持っている訳でもない。何の関係がない訳でもない。それに、こんな時ばっかり『彼女ナシ』判定をされる。普段は穂乃果との関係をからかうくせに。
そんな訳で、気づいた穂乃果がはっとした顔をする中、断り切れずに姫香の相方として二人三脚に参加する事となった。
「出るからには勝つわよ!」
「気合入ってるな」
あまり気合を入れすぎないで欲しい。別にそこまでやる気はないぞ。
僕のやる気をよそに、姫香は自分の足と僕の足を結ぶ。
——新内姫香について僕は特別な感情は持っていないが、こうして密着するのは少し恥ずかしい。
「ほら。ちゃんと捕まって」
言われて、ほんのり腰に手を回してみる。
「え?こう?」
「もっとちゃんと」
ちゃんとって。どうすりゃいいんだか。
「こんな感じでぎゅっと」
姫香が僕の腰につかまって体を寄せてくる。
・・・ちょっと待ってくれ。色々と——穂乃果と違う感触が・・・柔らかいのに筋肉質という相対する感触。
「もっとくっついて」
何もかもが穂乃果と違う。穂乃果の甘い匂いとは違い、ほのかに漂って来る柑橘系の爽やかな匂いにくらくらする。
「じゃあ内側の足からね、いっちにーいっちにー」
言われるがまま、足を動かしてみる。
——コンビネーションは悪くないように思える。それより、ローレライに乗っている時も感じていたが、姫香は他人と呼吸を合わせるのがうまい。
僕も身勝手に自分のペースで動ている訳では無いが、姫香が僕の様子を注意深く確認しているのがわかる。
「そうそう。なかなか上手じゃない」
褒められた。スパルタではない模様。
「でもさ、そんなに練習する必要あるか?二人三脚の練習してるの僕らぐらいだぞ」
運動場を見回してみても、体育祭の他の競技——例えばリレーなど——の練習している連中はちらほら確認出来るが、二人三脚の練習をしている者はいない。
「甘いわね。隼君」
姫香がちっちっちと指を振る。
「男女でくっついて練習するのが恥ずかしい、って言う思春期男女特有の性質につけこめば、私達にだけアドバンテージが得られるんじゃない」
陸上部らしくない事を言うな。
確かに有効な手段かもしれないが、問題は僕も恥ずかしい、て事くらい。
「だから、このスキに私達の仲を深めるわよ」
「その言い方やめろよ」
「あらあら。穂乃果以外と仲を深める気はないのね」
「や、やめろよ」
脇腹をつついてからかってくるなよ。
そんな事をしていると、他に体育祭の練習をしている連中の注目を浴びる。そもそもただでさえ目立つ姫香だし、そんな姫香に好意を持っている連中もちらほら目につく。
——ほら。あそこで親の仇みたいに嫉妬の炎を孕んだ目でこっちを見てるのは、僕に姫香の相方を押し付けたあいつじゃないか。お前がやっといて勝手に嫉妬すんなよ。
似たような目をしたやつがそこらじゅうにいるな。
そんな不健康な視線の中に、違う種類の視線があるのに気付いた。見てもいないのに気付くような、圧力のある視線。その正体は。
「ふふふ。見てる見てる」
サッカーゴールの陰からほの暗い炎をまとわせながらこちらを見ている穂乃果の姿を確認し、姫香が不敵に笑う。
「何やってんだ。穂乃果は」
練習がしたくないからって借り物競争を選んだはずなんだから、運動場に来る必要は無いだろうに。
僕の練習が終わるのを待ってるのか?だったらなんであんな所で、浮気現場押さえたみたいな顔で見てるんだか。
姫香はそんな穂乃果の様子を見てにやりと笑う。
「ほら、隼君もっと練習するよ」
「あ、おい。あんまりくっつくなって」
まるで抱き着いてくるかのような姫香の様子に、思わずうろたえる。姫香に好意を持っている連中の視線の殺気が強くなり、穂乃果の視線の圧力がちくちくと強くなる。
「いーじゃん。ほら。仲を深めようよ」
くそぅ・・・面白がってるな。
「こうしてるとさ、穂乃果が嫉妬するでしょ?」
「嫉妬?なんで穂乃果が僕に」
「いいからいいから」
特に説明する事のないまま、姫香は一旦離れるとジャージを脱いで半袖の体操着姿になる。
——こ、これは・・・
ジャージで押さえつけられていた自己主張の強い場所があらわになる。水着姿の時にもたまげたのだが、この隠しきれないミサイルは——やはり直視出来ない。
すこし運動場がざわついた気がする。それに、穂乃果の視線も鋭さを増した気がする。
いいや。見ないようにしよう。いや、そもそも運動場で同級生の胸を直視していたら、単なる変態。
練習に集中しよう。
様々な視線が突き刺さる中、さっきと同じように姫香の腰に手を回す。同様に僕の腰に手を回す姫香だが、
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
慌てて離れる。
「どしたの?」
不思議そうな顔をする姫香だが、さっきと違う感触に黙ってられなくなる。
「ジャージ着てくれるか?」
「何で?」
「なんでも」
不服そうではあったが、ジャージを着てくれた。
はあ。危なかった。横に並んでくっついただけなのだが、ぽよぽよした柔らかいものが僕の脇辺りにソフトタッチする。僕には刺激が強すぎた。
おかしいな・・・穂乃果とは同じように並んでもそんな感触はないのに。
そんな優しくも致命傷となりそうな横乳攻撃を防ぐため、姫香には鎧をまとってもらう事とする。鎧と言うには心もとないかもしれないが、それでも無いよりはマシ。
それからは無心で練習に取り組み、無心なおかげかなかなかスムーズな動き。
一時間程して、
「今日はこれくらいかな?」
うっすら額に汗を浮かべた姫香が満足そうにうなずく。
「ああ、そうか」
普段はあまり運動しない僕は思っていた以上に汗をかいてしまった。びっしょりという程ではないが、運動着がじっとり濡れている。
「終わった?」
雰囲気で察したのか、それまでずっとサッカーゴールの陰から視線を飛ばしてきた穂乃果がやってきた。
「終わったわよ。ね、隼君」
「ああ」
ん?穂乃果の眉がぴくっと動いたぞ?
「・・・じゃあ、帰ろうよ。待ってたんだから」
「先に帰っててもよかったのに」
「そんな訳ないじゃん」
何がそんな訳ないのかは分からないが、穂乃果はそんな事を言って僕の腕をとる。
「おい、ちょっと、汗かいたから」
「いいじゃん。私は気にしないよ」
「汗臭くないか?」
「どれどれ」
穂乃果がばふっと抱き着いてくる。そして僕の胸に顔を埋め——なんて事をするからまた運動場がざわつく。
そしてひとしきり僕の匂いを嗅ぎ尽くした変態幼馴染みは、少し顔を赤くしてにかっと笑う。
「大丈夫。隼の匂い」
当たり前の事を言う。
ともかく、不快な匂いではないらしい。それに安心しつつ、帰る準備をする。
「姫香はどうする?一緒に帰るか?」
「うーん・・・私は一人で帰るよ。二人の邪魔しちゃ悪いし」
そうか。正直ほっとした。
「じゃあね。穂乃果」
「じゃあね。姫ちゃん」
大きく手を振って姫香を見送った後。
いつもより強く僕の腕を掴んだ穂乃果は、上目遣いで僕を睨みながら言った。
「二人って、いつから名前で呼び合ってるの?」
地獄から響くような静かな声。笑顔ではあるものの、言い逃れ出来ないような圧力を感じる。
「いつからって・・・前にローレライに乗った時。『新内』って言うのがちょっと面倒だから、『姫香』って・・・そしたら向こうも、な?」
浮気がバレたわけでもないのに、言い訳するように言うしかない。
「ふうん」
別に不純な理由ではないはずなのに、穂乃果が不満そうなのはなぜだろう。




