第53話 幼馴染みと親友
「いつも変なタイミングで鳴るよな」
隼はデバイスを眺めながら呟く。
「あー。あの謎の奴が来たの?」
姫香も知らない音ではない。ローレライのサポートAIであるハルが、ADMが現れる事を知らせる音。
『柊木隼サン、和泉穂乃果サン、ADMの転送前兆シグナルが確認されました』
無感情なハルの電子音声。これを何度聞いた事だろう。
「あのさ、穂乃果が風邪中なんだが」
サブパイロットたる穂乃果は風邪でダウン中。動けない事は無いだろうが、無理はさせたくない。
『では、新内姫香サン。お願い出来ますか?』
「いいけど。て、言うか、私が行くしかないわよね?」
姫香は言いながら、隼の顔を覗き込む。
「まあ、そうだな。穂乃果が行けないなら」
「不満そうね」
「そんな事はないぞ」
「もっと不満そうな人がいる」
姫香は穂乃果に視線を移す。机に置いてあったデバイスを手にして、口をへの字にした穂乃果に。
「別に不満じゃないよ」
不満そうに言う穂乃果。
そんな穂乃果の背中をぽんぽん叩く姫香。
「大丈夫。柊木君取らないから」
「うん。そう?」
「何だよ。取るとか取らないとか」
「いいからいいから」
姫香は軽く言いながら、穂乃果からデバイスを受け取る。
『パイロット転送コード』
ハルの無感情な電子音声がして、デバイスを持っていた隼と姫香の姿が部屋からふっと消える。
目の前で二人が消えた空間を、穂乃果はぽかんと眺める。
「こんな感じなんだ・・・」
そう言えば第三者的に見たの初めてだったかもしれない。あっさりと余韻もなく訪れた静寂に、少しだけ怖くなる。
ずっと一人で眠っていたはずなのに急に寂しくなった穂乃果は、ゆっくりとベッドに向かって自分の体温が残った布団にもぐりこむ。
温かな布団に包まれ、お粥のおかげで空腹も満たされた。その上で風邪薬も飲んだので眠くなってもおかしくないのだが、どうも不安が心によぎる。それは風邪の事ではない。
「姫ちゃんと隼・・・まさか、ね」
二人の距離が近いように見える。それがただの気のせいだとしても、気になって仕方ない。
マーメイド・エフェクトへの影響を考え、隼の気持ちを自分につなぎとめるために手は尽くしてきたが、つなぎとめておくには自分の努力だけではどうにもならない事もある事に気づいた。
自分よりも魅力ある存在が現れる、と言う事だ。
その存在。自分の親友である新内姫香である可能性はないだろうか。
先ほど穂乃果自信が口にしたように、見た目もよくおしゃれで、明るい性格で頭もいい。それでいて家庭的で料理上手。そしてその大きな胸はこれ以上ないくらいの武器である。
どれもこれも、穂乃果にはないもの。どうにか努力してはいるものの、姫香には大きな差をつけられている。
それでいて、ローレライの操縦に関しても自分の方が優れているという確信は持てない。経験値を考えると負けているような。
なにもかも、真っ向から対抗できるわけもない。
そのため、もし隼が姫香の魅力に気づいてしまったら、自分の事など目に入らなくなってしまうのではないか。
穂乃果を襲う不安。
不安なのだが、もしそうなってしまったとしても、大事な幼馴染みと大事な親友の事なので、応援したいという気持ちもある。でも、素直に応援出来ない気持ちもある。
不安と共存する、まだ理解しきれないその気持ちを飲み込めないでいる。
「でも——隼の隣は私の場所・・・」
この気持ちの正体が何なのか。この気持ちが『嫉妬』であるとまだ穂乃果は気づいていなかった。
まんじりともせず、布団の中で丸くなる。
眠る事も出来ないまま時間が過ぎる。カチカチと時計の秒針の音だけが響く部屋で、どこを見るでもなく虚空に視線を彷徨わせる。
ほんの十数分の空白時間が過ぎ、ふいに部屋の中央にノイズのように光が走る。
そして穂乃果が瞬きした瞬間、
「っと、随分早く終わったな」
「うまくいったじゃない」
虚空から現れた隼と姫香がふわっと着地する。
慌てて頭から布団をかぶる穂乃果。
「あれ?穂乃果寝ちゃったの?」
「そうかもな」
二人の様子を布団を少しだけ開いて覗き込む。心なしか距離が近くなっている気がする。
それに、今までは気づかなかったが、姫香が少し見上げるぐらいの二人の身長差が、とても自然なカップルに見える。
もやもやする。
「起こすのも何だから、寝かせておくか」
「それがいいかもしれないわね」
そう言いながら二人は荷物をまとめている。
「でもさあ、隼君はさすがだよね。やっぱり慣れてると言うか」
「姫香の手際がいいおかげだよな。いつもやってるみたいな安心感があるな」
「またまた~」
姫香が隼をばしばし叩いてる。ボディタッチが多いのはいつもの姫香だが、それよりも穂乃果には気になる事がある。
——下の名前で呼び合ってる!
さっきまで苗字で呼び合っていたはずだ。それが、この十数分で何があったのか。
「ねえ、隼君。遅くなって来たから、駅まで送ってくれる?」
「ああ、姫香がいいならいいよ」
そう言いながら鞄を手にした隼と、短いスカートをふわりと翻した姫香が立ち上がり、そろって部屋を出ていく。
バタンとドアが閉まり、再び静寂が訪れる。静寂なはずなのに、自分の心臓の音がうるさいぐらい響いている。
「——姫ちゃんに・・・取られちゃう!」
心によぎる危機感に、穂乃果は不安を強くした。




