第52話 幼馴染みの風邪ひき
「あれ?柊木君、穂乃果は?」
翌日学校へ到着するなり、金髪サイドテールが声をかけてきた。なぜなら、僕の隣に幼馴染みがいなかったからだ。
「風邪ひいたんだとさ」
朝連絡が来て、熱が三十九度近くあるらしい。見事なフラグ回収。
「昨日の雨に降られたの?」
「まあ、そんな感じ」
雨に降られて濡れたとしても、あのまままっすぐ帰れていれば問題なかったのかもしれないが、空気の読めないロボットに乗せられたせいで手遅れになった模様。ローレライを下りた頃にはすっかり冷え切ってたし。
新内にそう説明しているうちに授業が始まり、無味無臭な一日が始まる。
穂乃果がいないだけでこんなにつまらないのか。
穂乃果の手作り弁当のない昼休みが味気ない事この上ない。久しぶりの学食が決して味が悪いわけではないが、僕としてはあのしょっぱい卵焼きが恋しい。
それから虚無とも言える午後の授業を終え、何の生産性も感じないホームルームを終え、光の速さで準備を終えて脇目も振らずに教室を出ようと——
「ねえ、柊木君」
金髪ギャルに呼び止められた。
穂乃果とは違う朗らかさ丸出しの、陽キャの代名詞のようなキラキラした美少女である新内姫香は、同じように金髪をきらきらさせながら僕を見ている。
「何だ」
「急いでるからって冷たくしないでよ」
「してないけど」
「またまた~」
軽い感じでばしばし叩いてくる。距離の近さがギャルっぽい。
「穂乃果のお見舞い行くんでしょ?」
「お見舞い——まあ、行くけど」
さすかに女の子のお見舞いに行くというのは恥ずかしいので、口ごもってしまう。
「じゃなくて看病なのかな?」
「そこまではね。志保さん——穂乃果のお母さんもそろそろ帰って来るだろうし」
「風邪ひいて弱ってる穂乃果を襲いに行くんでしょ」
「しないって」
「またまた~」
などと言ってまたばしばし叩いてくる。
なんなんだおい。
「もういいか?早く帰りたいんだが」
穂乃果のいないこの教室にはもう用は無いんだが。
「まーまー、慌てなさんな」
ぽんぽん肩を叩いてくる。ギャルはボディタッチが多い。
「私も穂乃果のお見舞いに行くから。一緒に行こうよ」
結局押し切られて、新内と和泉家へ向かう。
いつも穂乃果と歩いている道を金髪ギャルと歩く不思議。穂乃果よりも短いスカートがどうしても気になってしまう。
どうにか平然を装って和泉家に到着しインターフォンを押すと、
「はいはーい。隼君いらっしゃーい。って」
満面の笑みを浮かべた志保さんが顔を出し、その視線が僕の隣に佇む新内の姿で止まる。
「・・・隼君、浮気?」
「い、いや、浮気とか・・・」
「こんにちは。柊木君の浮気相手の新内姫香です」
おかしな事言うな。
「あらあら。隼君も隅におけないわねー」
からかってるのかな。
「で、あなたが姫ちゃんね。穂乃果から聞いてるわ」
まあ穂乃果の親友なんだから、話は聞いているだろうな。なんとなくノリが似ている、陽寄りの二人。
そのノリに疲れそうな気はするものの、志保さんに導かれて家に入る。
その途中、肘でつついてくる新内。
「柊木君と穂乃果って、親公認なの?」
「何の公認だよ」
「ほら、ただならぬ関係の」
「その言い方やめろ」
「そうね。私達としては、隼君に穂乃果の面倒見てもらいたいと思ってるんだけど」
「やっぱり!もう、祝福しかされない二人じゃない」
目をきらきらさせるな。
そんな新内に向かい、
「だから、穂乃果から隼君取らないでね」
くるりと振り向いて言う志保さん。
「穂乃果が素直になれば引き下がりますよ」
新内は涼しい顔。
やれやれ。二人とも初対面の割に相性がいいような。共通の話題として、僕をからかう、というネタがあるからかもしれないけど。
「じゃあ、穂乃果は部屋にいるから。寝てるかもしれないけどね」
志保さんにそう言われ、階段を上って穂乃果の部屋に向かう。
「穂乃果入るぞー」
いつものように一声かけてドアを開ける。
「返事なくても開けるんだ」
あっさりドアを開けたのを見て、新内が目を丸くする。
「女の子の部屋なのに、気を使ったりしないんだね」
「そうか?」
ちょっと躊躇した時期もあったものの、その時以外はこうだからな。今まで着替え中でしたとかいうサプライズは無かったし。
実際、今も薄暗い部屋でベッドで横になっているだけだし。
「んー」
声がして、穂乃果がぐるりとこっちを見る。
「はぁい。穂乃果」
鼻にかかった穂乃果の声に応える新内。
額に冷たいシートを張って少し虚ろで眠そうな顔をしていた穂乃果だが、新内の顔を見るとぱっと表情が和らぐ。
と思ったら僕の顔を見て顔を曇らせる。
「一緒に来たの?」
僕が来たのが嫌だったかな?風邪ひいて寝込んでいる時に男には部屋に入られたくないか。
「悪いな。早々に帰るから」
悲しいが、 様子が見られればいい。
「そ、そういう事じゃないよ。けほ。けほ」
「無理すんなよ」
風邪がひどくなったら元も子もない。
「うん。ごめん」
穂乃果は言いながら体を起こす。身に着けているレモンイエローのパジャマは子供っぽいが、赤らんだ頬とのコントラストは、この場で口にするような事ではないとはおもうが、色っぽささえ感じてしまう。
「今日はずっと寝てたの?」
新内が言いながらベッドに腰かける。妹でも見るような顔で穂乃果の頭を撫でる。
穂乃果はくすぐったそうに目を細めると、
「うん。眠たくって」
僕に見せるのとは違う甘えた表情を見せる。
そんな様子に僕の中に芽生える嫉妬心・・・。何でだ。相手はギャルだろ。
「でも、何で二人で来たの?」
僕に向けられる穂乃果の視線は、なぜか鋭い。海水浴場で向けられたような、責めるような視線。
「それは新内が——」
「柊木君がね、弱った穂乃果に興奮して押し倒しちゃわないか、心配になってついてきたの」
変な事言うなよ。
「・・・大丈夫だよ」
何が大丈夫なんだか。僕がそんな事しても大丈夫って意味なのか。そんな訳ないよな。
しかも何でそんなに不満そうなのか。やっぱり僕に来てほしくなかったのかな?
「ふふふ」
穂乃果と、それと僕の反応も確認した新内が含み笑いする。
「じゃあ、私は穂乃果のためにお粥作ってくるから。あとは二人でゆっくりね」
新内はそう言いながら、短いスカートを翻して部屋を出ていく。
それにしても新内がお粥作るって。あんまりイメージ出来ないな。
「姫ちゃんはすごい料理上手なんだよ。お弁当も毎日自分で作ってるんだって」
「そうなのか?あまり料理出来そうに見えないけど」
「姫ちゃんって家庭的なんだよ」
人は見た目で判断できないもんだな。
「ずるいよねー。あんなに可愛くて、頭が良くて、料理も上手だって。おっぱいも大きいし」
「穂乃果も頑張れよ」
「そんな簡単におっぱいは大きくならないよ」
そんな話はしてない。
「頭がいいとか、料理が上手だとか、その辺を言ってるんだよ」
「それも簡単じゃないよ」
まあ、そうなんだけどさ。
少しして新内が土鍋にいれたお粥を持って来て、ローテーブルに置く。ベッドから下りてテーブルにつく穂乃果。僕も対面に座る。
「ねえねえ柊木君」
隣に座った新内が肘でつついてくる。
「ふーふーして、あーんじゃないの?」
にやにやすんな。
「じゃあ、あーん」
穂乃果も口を開けて待機するな。
「ったく・・・」
仕方なく、僕もベッドに腰かけて土鍋に入ったお粥をレンゲですくう。卵の入ったシンプルなお粥。おいしそう。
ついつい一口。
「うま」
思わず口から洩れてしまう。素朴ながらもしっかりと味のする、それでいて濃すぎない味付け。何気ないが、繊細で美味。
「何で食べるのー!」
穂乃果に責められる。
「ごめんごめん」
謝りつつ、もう一度レンゲでお粥をすくって息を吹きかける。くすくす笑う新内の顔が目の端に映っている。
「はい、あーん」
言ってはみるものの、金髪ギャルに見られていると考えると恥ずかしい。
「あーん」
大きく口を開ける穂乃果。目は閉じなくていい。
ぱくっと、レンゲにくいつく。
もみもみと租借し、飲み込む。
「おいしいなぁ~」
瞬間にだらしなく緩む穂乃果の顔、風邪をひいていると味覚がおかしくなる事もあ多いが、新内のお粥はそうでじゃないらしい。
「普通に間接キスはするんだね」
新内が目を丸くしているのはともかく、
「もっともっと」
穂乃果が要求するので、餌付けするように次々にお粥を穂乃果の口に運ぶ。あっという間に食べきってしまう。
「はー」
満足そうに息を吐く穂乃果。食欲があるようなので一安心。
「この分なら風邪もすぐ治るだろうな」
僕が言うと穂乃果は笑顔を見せた。
「じゃあ、フェアリーランド行けるかな」
「それはやめた方がいいだろ」
「えー」
「何々?デートの約束?」
「何でもいいだろ」
「えー?私に隠すような事なの?」
「新内は関係ないだろ」
「私にも優しくしてよ。柊木君」
「あんまり姫ちゃんに優しくしてほしくないなー」
などと、盛り上がってきた頃、
ビニョニョニョニョニョニョ
ふいに気持ち悪い音が部屋に響き始めた。




