第50話 幼馴染みと誕生日②
柊木家の味に忠実な肉じゃが、やはり忠実ではあるもののほんの少しのエグみがアクセントのきんぴらゴボウを食べると、胸がいっぱいになってしまう。
「もうちょっとだけど・・・少し前に比べれば随分な成長ね」
志保さんはそう言いながら、感慨深げ。いくら言っても料理を手伝いもしなかった穂乃果が、ひとに料理を振舞えるくらいには成長したのだ。
「隼君のおかげね」
そう言って笑いかけてくれるけれども、僕のおかげって言えるのかな。僕が理由の一部を担っているのは間違いないだろうけど。
そんな様子を見た穂乃果は胸を張る。
「すごいでしょ!」
「あー、すごいすごい」
「もっと褒めてよ!」
「すごいよ。ほんと」
もっとちゃんと褒めてあげたいが、恥ずかしいから斜に構えてしまう。大好きな子が、僕の誕生日に好みの料理を作ってくれるという事実は、胸の奥に深く深く突き刺さる。
僕のそんな態度が穂乃果の目には素っ気なく映っていないか心配だが、僕の心配をよそに穂乃果は満足げに鼻を鳴らす。
「では、隼が全部食べてくれたので、ご褒美があります」
鼻歌を歌いながらキッチンに向かう穂乃果。またしばらく出てこなくなる。
「まあ、待ってましょ」
何が行われているか知っている様子の志保さんがそう言って来るので、おとなしく待つ事にする。
「穂乃果は高校卒業したらどうするんですか?」
「んー。進学する気はあまり無さそうだけど」
そんな話をしながらまた小一時間待っていると、
「じゃ~ん!」
手に皿を持った穂乃果が登場。その皿の上には白い円筒形の物。
僕の目の前に置かれる。
「ケーキ?」
直径十センチくらいの、小さなケーキ。クリームは均一に塗られていないし、デコレーションは少し溶けたみたいになっているが、それは間違いなくケーキの体面を保っている。
そしてそのケーキには似合わないくらい大きなチョコレートプレートが中央に据えられており、がたがたの線で『hapy birthdey SHUN』という謎の暗号が書かれている。
「スポンジは市販のものだけど、それ以外は私が作ったんだから」
僕の隣に座った穂乃果は、少し恥ずかしそうな表情を見せる。そう言えば先日手作りケーキがどうのと言っていたっけ。
正直、手作りケーキが簡単なのか難しいのかは分からないが、誕生日にバースデーケーキを手作りしてもらうというのは、手料理や手作り弁当よりも大きな意味を持ちそう。
そう考えると、胸にこみ上げてくるものがある。
隣ではにかんだ笑みを浮かべる穂乃果を見つめる。いつも以上に愛おしい。
「じゃあ食べてみていい?」
「いいよ、もちろん」
そう言って渡されたフォークを受け取って、一口分とって口に運ぶ。
クリームが甘くない。甘さ控えめと言うより、甘くない。
でも、うまい。
大好きな女の子が誕生日に僕のために作ってくれたケーキが、おいしくないという次元はこの世には存在しない。
「おいしい・・・うん」
また泣きそう。
「本当?」
不安そうな穂乃果。肉じゃがは自信満々だったのに。
「ケーキ作ったの初めてだから、どんな味だか分からないの」
作ったものと言えばクリームくらいだが、味見はしないのだろうか。
「一口ちょーだい」
今味見をしたいらしい。口を開けてスタンバイしている。
「ふふっ・・・ママの前なのにね」
嬉しそうに笑う志保さんをよそに、穂乃果は口を開けたまま待っている。僕がケーキをあーんをするのを待っている。
「いいの?」
言いながら、ケーキを一口とる。
「あー」
口を開けるのはいいけど、なぜ目を閉じるのか。
ともあれフォークに刺したケーキを穂乃果の口に運ぶ。クリームのたっぷり乗った、一口大のケーキ。
「あむ」
フォークまでもかみ砕く勢いでケーキを口に含んだのでフォークを引き抜く。
「んー」
あむあむと租借する穂乃果。眉間に皺を寄せている。
「あんまりおいしくない」
「そんな事ないよ」
穂乃果の感想はともかく、ケーキを食べ進める僕。味はともかく、おいしくない訳がないのだから。
「無理してない?」
「してる訳ないだろ」
心に染み入る味。次に食べられるのは少なくとも一年後。もしかすると最後になるかもしれないこの味を、胸に刻み込む。
「おいしくなかったら食べなくてもいいよ」
「食べるよ。食べない訳無いよ」
許されるなら永遠に食べていたい。
でも小さなケーキを永遠に食べていられるわけもなく——ものの五分もあれば全て平らげられてしまう。甘くないからか、何の無理もなくどんどん食べ進められてしまった。
空になった皿を見下ろす。寂しい。
「本当に全部食べたんだ。綺麗に」
呆れたような穂乃果。でも、どこか嬉しそう。
それ以上に僕が嬉しい。僕のために用意された料理や、ケーキ。お腹以上に胸がいっぱい。
そんな僕を見守っている、大好きな幼馴染み。こんな幸せなのは、夢じゃないだろうか。
これが夢ならば——もう一つ叶えたい夢がある。
「あのさ、穂乃果」
小皿とフォークをテーブルに置き、穂乃果に向き直る。
「どうしたの?」
僕の顔を覗き込むような穂乃果の顔。愛おしい、幼馴染み。
「あのさ」
「うん」
「誕生日だから、一つ願いを叶えてもらえるかな?」
「どうしたの?」
「えーと・・・」
気持ちを落ち着ける。
「あの・・・抱き締めてもいいですか?」
自分で口にしながら、にわかに信じられない。こんな言葉を言うつもりじゃなかったのに。
「なんで敬語?」
ひっかかったのはそこですか。
ともあれ穂乃果はふっと笑う。
両手を広げて、
「いいよ」
そんな穂乃果に導かれるように、穂乃果を抱きしめる。
小さな穂乃果の体。柔らかくて温かい、ゆっくりとした鼓動を感じるその体。あまり強く抱きしめると消えてなくなりそうな、儚くて愛おしい。
穂乃果も僕に手を回してきて、抱き締めてくる。
心に火が灯るように、温かくなる。
「・・・ママの前で大胆なんだから。ふふっ・・・ちょっと後片付けに行こうかな」
そう言いながらキッチンに消えてゆく志保さんを見送りながら、抱き締める穂乃果の存在そのものが、僕にとっては誕生日プレゼント。




