第5話 幼馴染みの宣言
「あのさ」
僕が呼びかけると、穂乃果はびくっと体を反応させた。
人一人分の距離を空けて隣に座った穂乃果と目が合うと、目を見開きながらみるみる顔が上気していく。
どう考えても普段通りでない穂乃果。まあ、僕のせいだろう。何だか申し訳ない。
「ほら、公園に鞄忘れていったろ」
僕が通学鞄を差し出すと、ひったくるように取って胸に抱える。
「いくら慌ててるからって、鞄忘れて行くヤツがあるか」
「・・・」
睨むなよ。
穂乃果のその目は、警戒しているのか、不安なのか、怒っているのか。付き合いの長い僕にもよく分からなかった。
かちゃかちゃと鞄の金具を意味も無く開け閉めする穂乃果。
「あのさ」
二人の間に流れるきまずい空気に耐えられなくて、僕は口を開く。どうにか普段通り振る舞おうと気をつけてはいたが、さすがに穂乃果にも同じ振る舞いを要求するのは酷か。
「ごめんな。変は事言って」
穂乃果は俯いて、視線だけこちらに向ける。
「そ、そんな、変とか・・・ちょっとびっくりしただけで・・・」
穂乃果は通学鞄につけられた小さなウサギのぬいぐるみを指でいじりながら言う。
「やっぱりびっくりした?」
「するに決まってるじゃない。ほら・・・私、そういうの初めてだし・・・答えは言えないし」
僕も初めてだったんだけどな。
となると、僕が気持ちを伝えてしまったと同時に、穂乃果にはそれに答える事が出来ないという重荷を背負わせてしまったという事か。しかも、それは世界の命運をも左右する。
僕だけじゃなくて穂乃果も辛いのかな。
とは言え、これからどうしよう。
穂乃果に僕の気持ちを知られてしまったとなると、これからも今まで通りの関係でいられるかどうかは何とも言えない。僕が問題無いとしても、穂乃果はどうだろう。
自分の事を異性として意識していて、好意を持っている男に対して今まで通りでいられるか?少なからぬ下心を持っている相手にだ。
ただでさえ恋愛経験のない穂乃果の事だ。意識してしまうと今まで通りではいられないだろう。
かと言って、あのローレライに乗っての戦いがこれからも続くとなると、距離を置くわけにもいかない。
つくづくタチの悪いロボットだな、ローレライは。
「あのさ、穂乃果」
改めて僕が口を開くと穂乃果はおずおずとこちらを見る。目が緊張しているし、まだ顔が赤い。
「都合のいい話かもしれないけどさ、さっきの話は聞かなかった事には出来ないか?」
「・・・出来る訳ないじゃない」
まあそうだろうけど。
「僕が言うのも何だけど、穂乃果とぎくしゃくするのが嫌だし、避けられたくもない。だから、多くを望まないから、さっきの話は聞かなかった事にして、今まで通りでいさせてくれないかな」
自分の意思の有無はともかく、告白しといてこの言い草は我儘でしかないかもしれない。でも、少なくとも戦いが続く間は一緒にいなければならない。その間にぎくしゃくしていたのではお互い辛いと思う。
そして、それ以上にあの心地よい関係に戻りたい。
だから、僕が告白した事も、穂乃果が答えを封じられている事も、ロボット内限りでの出来事としておきたい。
そう説明すると、多少は分かってくれたようで、
「・・・私だって、隼と仲良くしてたいよ」
俯きつつ拗ねたような表情をする。
穂乃果がそう思ってくれていた事が嬉しい。
「あんな事言われて、びっくりしたけど嫌だった訳じゃないし・・・」
「そうか。じゃあ、嫌われたとかじゃないんだな」
そんな事はないとは思っていたが、穂乃果に嫌悪感を抱かれていたり、キモいとか思われていなくて良かった。かと言って穂乃果が僕の事を好きだと思うほど、思い上がっちゃいない。
「そりゃあもちろん、どっちかと言うと、嫌われてなくてホッとしたと言うか・・・」
「そんな事気にしてたんだ。人の顔色伺うような人間じゃないだろ?穂乃果は」
「ひとのこと無神経みたいに言わないでよ!私だってわざわざ嫌われたいとは思ってないんだからね。特に隼にはさ」
「だったらもうちょっと女子力高めような。そうでもなきゃ、いつか愛想を尽かしちゃうかもしれないぞ」
「・・・・・・・・・・・・分かってるよ」
随分沈黙が長いな。母親の志穂さんにも言わてたれたし、少しは生活態度その他をを改めてくれるといいんだが。
なんせ穂乃果はもうちょっと身だしなみに気をつけて、女性らしい所作なんかを身につければ、誰もが放っておかない美少女になるに違いないのだ。
そうすれば彼氏の一人や二人——ああ、想像したら泣きそう。おそらく僕じゃないから。
でもそうやって穂乃果を一人前にして兄離れをさせるて文句のつけようもない美少女にする事が、僕の役割なのかもしれない。
そんな美少女候補はなにやら口元をもごもごし始める。言葉に迷っているようだが、意を決したように口を開いた。
「・・・隼ってさ、私のお兄ちゃんみたいなものじゃん」
「お兄ちゃんって。穂乃果の方が誕生日早いだろ?」
穂乃果の誕生日は五月。僕の誕生日は九月だ。
「そういう事じゃないでしょ。二人の関係性でいえば、隼がお兄ちゃんで、私が妹」
「そう見る人が多いだろうね」
志穂さんもそうだろうし、おそらくうちの母親もそう。
で、何が言いたいんだ?
「なんかね、今まで本当の兄妹だと思っていたのに、実は血が繋がってませんでした、みたいな気分なの」
「なんだよそれ」
「んー。お兄ちゃんは妹を守るのが当然だから、妹としては余裕でいられたのね。それが、実は恋愛もできるし結婚もできる他人同士だって事は、一人の女として評価されるわけでしょ?そしたら、何も出来ない私は見捨てられるんじゃないかって不安になっちゃって」
不安?妹は見捨てられないけど、他人はそうじゃないって?
「見捨てる訳ないだろ。心配しすぎだよ」
「さっき、愛想尽かすかもって言ったもん」
・・・言った。確かに言ったけどさ。
「ママにも言われたし、ハルにも言われた」
穂乃果の表情が曇る。口をへの字に曲げて、目に涙を溜めている。
あ・・・
「私そんなにダメな女かな・・・」
穂乃果が下を向いて涙をこぼす。
「いや・・・そんな事は・・・」
ど、どうしよう。
確かに愛想尽かすかもなんて冗談めかして言ったが、そんなに気にしてるとは思わなかった。しかも、志穂さんやらハルにも立て続けに言われたようだから、余計にダメージが大きいのかもしれない。
そうは言っても『そんな事はないよ』とはっきりいえないのももどかしい。それぐらい穂乃果の普段はだらしない。
いや待て。告白してきた相手に見捨てられるかも、って何だよ。おかしいだろ。一方的に愛されてる側なんだぞ。
見捨てられるかも、フラれるかもって心配するのはむしろこっちだろう。
なにやらあの事件から、いろいろなベクトルがおかしい。
「だから」
穂乃果がおかしなベクトルのまま、僕をキッと睨む。涙を溜めた大きな目で。
「隼に私の事を好きにさせてみせるんだから!」
幼馴染みに謎の宣言をされてしまう。
やはりおかしい。
とっくに好きだって言ってるだろ!




