第46話 幼馴染みとの帰り
海水浴場から帰る気怠い電車内。
もともとそんなに乗客のいないこの路線で、サラリーマンの帰宅時間を避けて少し早めの電車に乗っている。
夕焼けには少し早いが、だいぶ低くなった太陽の光が電車内に差し込んでいる。
太陽に背を向けている僕の正面の長椅子には、新内と山中と門脇と真島が頭を寄せ合いながら眠ってしまっている。随分はしゃいでいたようだから、疲れてしまったのだろう。
黙っていれば可愛らしい四人。露出度高めで涼し気な格好なので目のやり場に困る。
そうして目のやり場に困っていると穂乃果にまた睨まれそうだが、その穂乃果は僕の隣で体を寄せて来て眠っている。
白いショートパンツに白いTシャツの夏らしい恰好。
四人に囃し立てられてぶつぶつ言いながら隣に腰かけたが、やはり海で遊んだ疲れには勝てなかったようで、いつの間にか僕の肩に頭を乗せて眠ってしまった。
ちなみに、僕が着ていた部屋着は結局ずぶ濡れになってしまい、そのまま着て電車に乗る事は出来なかった。なので、穂乃果が念のため持ってきていた学校の指定えんじ色のジャージを着ている。右胸には『和泉』の文字。
以前の穂乃果が言った言葉を参考にすれば、『彼女ジャージ』とでも言えるか。『彼シャツ』ではなく。彼女ではないけど。
七分丈のようなサイズ感。ファスナーを閉めるとピチピチ。それでもファスナーを閉める理由は、ジャージの下は全裸だから。パンツも何も濡れてしまったのだから仕方ない。
当然穂乃果には許可をとっています。複雑な顔してたけども。
そんな訳で、夏らしい涼し気な女子五人の中に明らかにサイズの合っていないジャージを着た男と言う、下手をすれば通報されかねない状況に僕は置かれている。
まあ、この車両にはあまり他の人は乗っていないので、注目されていないから大丈夫だろうけど。
そんな安心もありつつ、バレないように穂乃果のふわふわな頭を撫でる。
潮風とお日様の匂いがする。
肩にかかる重み。少し冷えた肌。
無防備な寝顔。全てを僕に委ねた、安心しきった寝顔。
やっぱり可愛いな。
・・・ここだけの話だけど・・・今までそう思わないようにしていたけども・・・
——他の誰にも渡したくない。
なんて思ってしまう。
眠っている穂乃果にこの葛藤がバレそうで、視線を逸らすために正面を向くと、眠っていた金髪ギャルが片目だけ開けてこちらを見ていた。他の三人はしっかり眠っている。
そんな新内のぱっちりとした片目が楽し気に笑う。
「——」
新内がぱくぱく口を動かしている。
何だ?
声を出さずに何かを僕に伝えようとしている。
いー?うー?
違うな。
りーすー?
りーくー?
そんな感じの口の動き。
でも違うみたい。
強い目力で挑戦的な笑みを浮かべる新内。あまり碌な事じゃなさそうだけど気になってしまう。
ぴーすー?
いーすー?
そうやって僕が悩んでいるのを楽し気に肩を揺らす新内。何なんだか。
疑問を浮かべたままの僕の顔を見ながら、ふっくらした唇に指をあてる新内。何かを暗示しているよう。それから口をぱくぱく。
んー?
きーすー?
キス?
新内がにやりとする。
なんだそれ。何の意味がある仕草なんだか。それから何でこっちを指さす——いや、正確には穂乃果を指さしているのか。
新内は多少強引にでも関係を進めたがっているようだから、寝てる穂乃果に決めてしまえみたいな事を言いたいのか?
何言ってんだか。出来る訳がないだろうに。
そりゃあしたい気持ちが無いって言ったら嘘になるけど、穂乃果が望んでいない事はしないよ。
新内が何を狙っているか知らないが、そんなものに心は乱されないさ。
そう、こうして眠っているはずの穂乃果が目を閉じたままこっちに顔を向けたとしても——
「・・・」
穂乃果がこっちを見てる。いや、目を閉じているけども。おそらくは眠っているだろうけども。
さすがに心を乱されて正面を向くと、新内が満足そうに目を閉じた。
一人取り残された気がして、もう一度穂乃果に目を向ける。少し体をずらすだけで唇に触れる事が出来るような距離感。
目を閉じてこちらに顔を向けている穂乃果。まるでキス待ちみたいな顔。ただ体勢が変わっただけだろうが、うっかり勘違いしてしまいそうになる。
勘違いして——たまには勘違いしたまま、流れに身を任せてみようか。
すこし近づいてみる。
前髪が触れる。
穂乃果が目を覚さないかと思ったが、平和な寝顔を見せるだけ。
唇に視線が吸い込まれて、吸い寄せられるように顔を近づけて行く。
吐息も触れ合う程の距離。伝わって来る頬の温度。
ザザザザ
ふいに音がして、正面に目を向ける。
さっきまで眠っていたはずのJK四人が、期待に満ちたぎらぎらした目をこちらに向けている。
「・・・」
何事も無かったかのように穂乃果と反対側に顔を向けて目を閉じる。寝ている穂乃果にキスしようとしたとか、そんな事実はありませんでした。
(あー!もうちょっとだったのに!)
(皆じろじろ見すぎだって!)
(姫の目力が強いんだって!)
(静かに見守ってるだけでいいじゃない)
(美潮だって見たいでしょ!)
うるさいな。こそこそ声だけどもはっきり聞こえるJK達の興奮気味な声。ひとの恋愛模様に一喜一憂するなよ。
もう知らん。目を閉じていればそのうち駅に着くだろう。そうしたらそこまでだ。
ひとまず四人の事は無視する事にする。
その直前、
(でも穂乃果って、寝てないよね?)
そんな言葉も聞こえてきたが、そんな訳はないだろう。
最寄り駅に着いて、JK五人と共に駅を出る。
僕と穂乃果以外はこの駅が最寄りではないはずだが、どうやら遊び足りない女子達がもうひと遊びしようと企んでいるらしい。
一緒にどう?と真島やら門脇やらににやにや誘われたが、思った以上に疲れてしまったのと、嫌な予感がするので丁重に断り、帰路につく。
着ている服が穂乃果のジャージなだけに、見られるとまた妙な噂に繋がってしまうので、出来るだけ知り合いに会わないように注意しながら急ぎ足で家へとたどり着き、ドアの取っ手に手をかけ——
絶望する。
そう。僕はスマホも財布も持たずに海水浴場に跳ばされたので、当然ながら家の鍵などは持ってはいない。そして、まだ両親の帰って来ていない柊木家のドアには、しっかりと鍵がかかっている。
入れない。
両親が帰って来る時間まではまだある。
どうしよう。
悩んだ末、僕が出した答え。それは——
「隼君、どうして穂乃果のジャージ着てるのかな?」
隣に住む、夫が単身赴任中の人妻の元。
穂乃果の母親である志保さんにからかわれながら、両親が帰って来るまで待っている他なかった。




