第43話 幼馴染みと海⑤
何でもないフリをして穂乃果の手を引いて海の家まで逃げてくる。
すると、
「ああ穂乃果、おかえり——って」
海の家でクリームソーダを飲んでいた新内が、そう言いながら僕の姿を確認してきょとんとする。
ラッシュガードで体を隠している新内。今日はいつものように金髪をサイドで結んでおらず、アップにしてまとめている。
「何で柊木君がいるの?」
「まあ、いろいろあって」
「面倒だったみたい」
「いや、よくわかんないけど」
そりゃそうだ。
とは言え、僕はどうやら本当に穂乃果達が遊びに来ていた海水浴場に跳ばされたらしい。僕は自宅の自室から身一つで跳ばされたはずなんだけど。
だとすると問題が一つ。
「そう言えばさ、スマホも財布も持って来て無いんだけど」
はっきり言って手ぶらも手ぶら。デバイス以外は何も持って来ていない。つまり、家に帰るための電車賃も無い。
「だからちょっと電車賃貸してほしい」
隣町なので歩いて帰れない事はないが、この夏の最中に徒歩帰宅は自殺行為。
自分の身が心配なので穂乃果にそう言うと、新内がなぜかにやりとする。
「荷物番してくれたらアルバイト代として電車賃出してあげるよ。JK達の水着鑑賞券付きで」
うむ。それは魅力的。いや、僕が見たいのは穂乃果の水着姿だけですよ。本当だよ?
その魅力的な提案に即答しそうになった僕。ところが、
「いや、だ、ダメ!私が電車賃貸すから、早く帰って!」
なぜか急に取り乱して手をじたばたする穂乃果。
「どうした急に」
訳が分からず、穂乃果をなだめようとするものの、聞いている様子もなくフェアリーランドの猫のキャラクターのようにあわあわする穂乃果。
「いいから!早く、早く帰って!」
なぜか僕の背中を押してその場から退場させようとする穂乃果。このままじゃ穂乃果の水着姿さえ堪能できない。
「おいおい、どうしたんだよ」
「ダメったらダメなの!」
取り合ってくれない穂乃果。そんな様子を新内は困ったような顔で眺めている。その意味も分からないけども。
「あ、穂乃果と姫。ここにいたんだ」
「どこに行ったかと思ったじゃん」
聞き覚えのある声。
穂乃果に背を押されながら振り返ると、見知った顔が三つ。
派手目なビキニを着た門脇操と、競泳水着を着た真島日菜子。そしてモノトーンのワンピース水着を着た山中美潮が歩いて来た。穂乃果が一緒に海水浴に来たメンバーだろう。
その三人はほぼ同時に僕を見る。
「どうして柊木君が?」
「まさか、こっそり会ってたの?」
「どれだけ会いたかったのよ」
口々に言う。
「・・・違うもん」
消え入りそうな穂乃果の声。穂乃果が僕の背中を押すのを諦めたので振り向くと、門脇と真島の悪い笑顔が目に入った。
まるで、ネギをしょってきたカモを見つけたかのような、そんな笑顔。
対照的に、絶望的にため息をつく穂乃果。
それからあれよあれよと言う間に、水着女子四人に取り囲まれている僕。パラソルの下のレジャーシートの上に座らされて、見下ろされている。
人によっては羨ましい光景かもしれないが、今のところ何やら面倒な事が巻き起こりそうな気しかしない。
女子率の高い砂浜にて、水着美女達にTシャツ短パンの部屋着の男が取り囲まれていると、盗撮現場を押さえられて警察に突き出さないでくれと懇願しているように見えなくもない。
「ここで柊木君が来るとは都合がいいわね」
真島が僕を見下ろす。
「そうね。これではっきりするわね」
なぜか満足そうな門脇。新内と山中は隣で見守っている。
「では単刀直入に聞きます。柊木君、穂乃果にキスしましたか?」
取り調べのような口調の門脇。
「んん?」
何だ急に。キスしたとかしてないとか。
すると僕の隣にぺたんと座っていた穂乃果が、
「隼・・・ごめん。写真見られた」
そんな事を言う。
「写真?」
何の事だ?
「証拠があります。穂乃果」
門脇が言うと、穂乃果は観念したようにおとなしくスマホを差し出す。
何やら操作する門脇。そして、印籠のように僕にスマホ画面を見せつける。
「これは、どういう事でしょうか」
見せつけられた穂乃果のスマホの待ち受け画面。その中で、戸惑う表情の穂乃果の頬にキスをしている僕がいる。
「あ・・・こっちか」
あの時の写真。確かに撮った。
「ちょっと待って。こっちか、って何?」
「いや、何でもない」
失言っぽかったので慌てて否定する。
「とにかく、これはどういう事?」
あまり深追いしなかったのは助かった。穂乃果が僕にキスしてる写真もあるはずだから。
とは言え、
「これはだな——」
どう説明すればいいものか。
『キスしたら幸せになれる場所で穂乃果にキスされて、そのお返しにキスした』
——まるっきりカップルの惚気なんだけど。
でも本当はそうではないからなぁ。このまま説明してもいいものか。いや、そんな訳にはいかないか。
隣の穂乃果はうつむいてそっぽを向いている。そもそも穂乃果がこんな写真を見られたからこうなってんのに。
「えーと」
「どうなの!?」
「さあさあ!」
真島と門脇がぎらぎらした目で迫って来る。水着で迫って来るのはやめてくれ。
「どうなの!?これでもただの幼馴染みだって言うの?」
「どこまでいったの?」
目が座ってる。怖い。
とにかくお茶を濁すしかないか。
「幼馴染みには変わりないが・・・写真については、アレだ。たまたまそういう場所に行ったから、せっかくだからと思ってそう見える写真を撮ってみただけで・・・」
見ようによっては唇が頬に触れてないようにも見えなくもない。実際にはちゃんと触れてるけども。
「本当?」
疑わし気な目で見る真島と門脇。
「だから変な想像するなよ」
誤魔化すコツは、堂々とする事だ。背中を流れる冷や汗を感じさせてはいけない。
「信じられないわね」
「そうね。とてもじゃないけど信じられないわ」
「幼馴染みだからってキスしたフリする?」
不服そうな二人。
結局その尋問は、それから三十分程続いた。




