第36話 幼馴染みの不安
「髪ぐらい自分で乾かせよ」
「へへっ。彼シャツ着て彼に髪を乾かしてもらうなんて、憧れるシチュエーションでしょ?」
穂乃果は満足そうに言う。表情は見えないが、満足そうに笑っているのが目に浮かぶ。
僕は今ベッドに腰かけた穂乃果の後ろに位置している。手櫛で髪をかきあげながら濡れた髪にドライヤーをあてている。
柔らかくしっとりした髪の毛が指にからみつく。そこから漂って来る甘い匂い。僕もいつも使っているものと同じシャンプーのはずなのに、穂乃果から漂うのはなぜこんなにいい匂いなのだろうか。
気が遠くなりそうなほどの甘さ。
「彼じゃないだろうよ」
どうにか気をしっかり持ちつつもそう返す。
嬉しそうに『彼、彼』言っているが、僕は彼じゃないだろ。いや、穂乃果がそう認めるんなら『彼』でもいいんだけど。
「ほら、いつ私に彼が出来るか分からないんだから、その時になってから戸惑わないようにね」
まあそうだよな。そういうシチュエーションに憧れて、恋愛ごっこしてるだけか。でも、そういうのはその時のためにとっておくもんじゃないのか?
それに、初めてで戸惑っているほうが初々しくていいんじゃないのかな。
「いつになるんだろうな。穂乃果に彼が出来るのって」
少し悲しい。ハナから僕という選択肢が無いような言い様。あんなに気持を伝えているというのに。分かってはいた事ではあるけど。
その悲しみをごまかすように、穂乃果の髪を撫でる。それから後ろ髪を持ち上げて根本に温風を当てる。
「・・・隼、ごめんね」
「何のごめんだよ」
「んん。何でもない」
何を謝られたのかはよく分からないまま、穂乃果の髪の毛を指でかき分けて行く。そのついでに髪に隠れた耳もとだとか、ほんのりピンクに染まったうなじだとか、他の部分よりもデリケートな部分に手を添わせる。
「ちょ・・・くすぐったい」
そう言って肩を震わす穂乃果。髪の毛をかきあげて露出させた耳が真っ赤なのは、くすぐったいからか、自分から誘っておいてこの状況が恥ずかしいからか。
そうして充分に髪を乾かして、さらさらふわふわに戻った穂乃果の髪の毛をもう一度撫でる。するりと指の間を流れていく絹のような手触りを、時間を忘れて堪能する。
「隼・・・触りすぎだよ」
肩をすくめる穂乃果。やっぱりくすぐったいらしい。
僕としては、今しか触れる事は出来ないだろうから、思う存分触れておきたかったんだけどな。
髪の毛が充分に乾いた事に満足した穂乃果は、ベッドにごろんと横になった。座っていた僕の隣。
いわゆる彼シャツだけではいろいろ危ないので腰にはブランケットをかけており、僕の枕を抱きしめている。
相変わらずシャワー上がりのほかほかした空気を纏わせつつ、上気した顔で僕を見上げている。
「髪を乾かしてくれたお礼に、特別に添い寝してもいいよ」
小悪魔のような微笑を浮かべる穂乃果。
・・・どんなサービスだよ。
実はまだ新婚ごっこが続いていたのか?
とは言えそう言ってくれるのなら、ありがたくそのお礼を受け取る事にする。
「じゃあ、そうするか」
言いながら穂乃果の隣に寝転がる。穂乃果が枕を抱いているせいでそんなに距離は近くない。
そんな僕の様子を見て、
「少しは照れたりしないの?」
枕で半分顔を隠してこっちに目を向けてくる穂乃果。何だか不満そう。
「照れるよそりゃ」
照れない訳がないだろ。シャワーを終えたばかりの好きな子と、彼シャツ姿という無防備すぎる恰好で同じベッドに並んでいる状況。努めて平然としてるように見せているだけで、ちゃんと心臓はドキドキしてるし、じんわりと汗かいてるし。
「なんかさぁ、隼っていつも平然としてるよね。私がくっついてもさ」
穂乃果はそんな事を言ってくる。別にそんなつもりもないんだけどな。
「そんな事ないだろ」
「あるよ。私が抱き着いてもさ、『仕方ないなぁ』みたいな顔で済ますでしょ?何?隼は女の子に慣れてるの?」
「そんな事はない。僕が女の子と関わる事がほとんどないってのは、穂乃果だって知ってるだろう?」
「そうだけどさ」
それならどうして不満そうなんだか。
「この前の初恋の入り江だって・・・もっとうろたえると思ったのに」
「そんなつもりだったのかよ」
「そうよ。どうにか隼を戸惑わせようと思ったのに、今のところゲームの時にノーブラアピールした時くらいじゃない?」
ノーブラアピールって何だよ。あれもわざとだったのかよ。
まあとにかく、あの時は動揺が見えやすかっただけであって、それ以外の時も動揺はしてるさ。表には出さないようにしているだけで。
「私だって恥ずかしかったんだからね」
言って枕で顔を隠す。そんな恥ずかしい思いしてまで何でするんだか。
じわじわと枕を下げてまた目だけ出す。
「だから、もうちょっとほら・・・ドキドキしてほしいって言うか・・・私にそういうの、無いの?」
無いの?って。
あるよそりゃ。何度も何度も好きだって言ってるんだから、ちゃんと恋心は発動してるよ。あからさまに表現してるつもりはないだけで。それに、穂乃果への気持ちが叶う訳が無いって思ってるからか、思っている以上に冷静な自分もいる。
考えてみれば、『私の事好きにさせてみせるんだから!』などと言う謎の宣言した穂乃果だから、そんな実感がほしいのかもしれない。『隼の心を繋ぎ止める作戦』の成果の確認と言うか。
でも、言葉にする以上の表現があるのだろうか。
「そう言うさ、目に見えるものがあれば私も安心なんだけど」
僕を動揺させて安心するって何だろう。
「ていうか、穂乃果はどうなんだよ。ちょっとは意識したりするのか?」
あまり気にしないようにしていたが、気にならないと言ったら嘘になる。僕の腕をとったり頬にキスしてみしたり、よく赤くはなってるけど恥ずかしいだけなんだろうか。
「・・・内緒」
ぼふんと枕に顔を埋めて穂乃果は小さく答える。
なんだその可愛いの。
その可愛すぎる反応をまだまだ引き出したくてさらに攻めてやりたくもなるが、反面それを引き出してしまうと僕の心へとダメージが蓄積する。
なんたって、僕は穂乃果が思っているよりも平然としていない。
またこうやってドキドキさせられてるじゃないか。
「まあいいや。僕もシャワーを浴びてくるよ」
心がざわついたので、シャワーに逃げる事にする。思った以上に汗をかいてしまったみたいだ。
「むう・・・」
穂乃果がそう唸りながら僕をじっと見てくるが、その視線に気づかないフリをして部屋を出る。
十数分後。
部屋に戻ると、
「すー」
すっかり眠ってしまった穂乃果がいた。
問題は、ブランケットが足元に蹴飛ばされてしまっており、Tシャツもへそが見えるくらいまくれあがっていて、パンツやら太ももやらが丸出しになっていた事だ。
「ったく・・・無防備すぎるだろ」
穂乃果に聞こえないように呟いて、ブランケットを下半身に掛ける。いろいろ丸見えになっている部分に。
と、
「隼のえっちぃ・・・」
にへっとした顔の穂乃果の口から洩れる。
・・・まさか起きてないよな。寝言だよな。
今えっちな目で見ていないとは言えないが、その視線を感じての発言ではないはずだ。
それにしても穂乃果はいつも寝言でこんな事を言うけど、穂乃果の夢の中で僕は一体何をしているのだろうか。
気にはなるけども答えは出そうにないので、僕は部屋の電気を消して部屋を出た。




