第35話 幼馴染みと彼シャツ
「今日は泊まってく」
晩御飯を終えて僕の部屋のベッドでごろごろしていた穂乃果がそんな事を言う。
「え?」
僕が呆気に取られて返事すると、ベッドの隅で僕の枕を抱いている穂乃果はじっとりとした目線を僕に向ける。さっきの新婚ごっこでからかったのをまだ気にしているのか。
ピンクのエプロンは外しちゃったのが少し残念。
「と・・・泊まってく?」
「そそ。泊まってく」
事もなげに言って来る。
「今日はママもいないし、寂しいもん」
確かに和泉家に帰ったとしても、誰もいないけども。
「いやまあ、いいんだけどさ」
絞り出すように言うが、考えすぎてはいけない。子供の頃はよく泊まりに来ていたし、気にしているのはおそらく僕だけだろう。
それに母親もいるし、父親もそのうち帰って来るからそこまでおかしな事は起こらないはず。そもそも、僕の部屋で一緒に寝る訳じゃないだろうし。
穂乃果は枕を抱えたまま体を起こす。
「だからシャワー浴びてくるね」
「わざわざ言わなくていいって」
何故かわからないけども、心がざわつく。
「じゃあ一回帰るのか?着替えも無いだろうし」
だったらそのうちにこっちも済ませておくけど。
「ふふーん」
穂乃果は得意げに持ってきていたバッグからとある白い布切れを二つを取り出す。
「下着は持ってきたよ!」
「見せんでいい」
白いのを掲げるな。
「あ、そうだ!」
何か思いついた様子の穂乃果が、白い布を握ったまま部屋の隅にある箪笥にとことこ近づいていく。なんで僕の服やら下着やらが入っている箪笥の引き出しを次々に開け始めるのやら。
「何やってんだ?」
いくら穂乃果とは言え、普段は見られない場所を見られるのは少し恥ずかしい。
白い布を引き出しに突っ込んでいる穂乃果。
「予備置いておこうと思って」
「何で僕の部屋に」
「いいでしょ。どうせまた来るんだし」
「家が隣だから置いておく必要ないだろう」
「いいじゃん」
しっかりと箪笥に白い布をしまい込んだ穂乃果は僕の方を見てにやっとする。
「見るだけならいいよ」
「見ないよ」
多分。
それから穂乃果は別の引き出しを開けて中を探り始める。
「でさ、シャツ貸してよ」
「服は持って来てないのかよ」
「持ってきてないよ」
「下着はあるのに?」
「そう」
「じゃあ取ってくれば?」
「・・・隼は分かってないなぁ」
穂乃果は言いながら、引き出しからTシャツを取り出す。白いシンプルなTシャツ。穂乃果が体に合わせると、丈の短いワンピースみたいなサイズ感。
そのシャツを握りしめる。
「彼シャツとかやってみたいじゃん」
今度はバッグからピンク色の布を取り出して、逃げるように部屋を出て行った穂乃果の後ろ姿を見送る。
ばたんと閉まるドア。
やってみたいと言いつつも恥ずかしそうにしてたな。
ともかく、
「・・・彼シャツではないよな」
『幼馴染みシャツ』は語呂が悪いし。
とにかく、穂乃果の彼シャツ姿が楽しみで仕方ない。
それから待つ事約二十分。
おとなしくスマートフォンを眺めて時間を潰していると、ぺたぺたと階段を上る裸足の音が聞こえてくる。
ガチャっと音をたてて部屋のドアがゆっくり開き、見知った幼馴染みがひょこっと顔だけ出してこっちを見てくる。困っているような怒っているような、恥ずかしいような笑っているような、そんな複雑な表情。
シャワーを浴びてきたばかりだからだろうが、上気した頬と濡れた髪の毛のおかげで少し艶っぽい。
「終わったか?」
「うん・・・終わったんだけどね」
そう言いつつ部屋に入って来ない。
「どうした?彼シャツはどうだった?」
やってみたいんじゃなかったのか?
「着てみたんだけど・・・」
だったら見せてくれればいいのに。楽しみにしてんだから。
「ちょーっと想像と違ったな、って」
「どんな想像してたんだよ」
「もっと可愛いのかな、って思ってたんだけど、何かね——」
「いいから入って来いって。風呂上りだし髪も乾かしてないんだから、風邪ひくぞ」
「うん・・・じゃあ・・・あんまり見ないでね」
それは見てくれというフリかな。では見るかどうかは、実際に見てから決めよう。
そして穂乃果が部屋に入って来る。思ったよりも短い丈のTのシャツに身を包んだ姿で。
おおぉっ・・・
思わず声が漏れそうになる。
おそらく普通のミニスカートよりも短い。太ももの付け根まで見えてしまいそうなほどの短さ。一生懸命裾を伸ばして隠そうとしているが、どうにか下着が見えないように隠すのが精一杯。太ももなんかはほぼ丸出しで眩しい。
そうして裾を引っ張っているせいで、Tシャツの襟部分が縦に引き伸ばされ、ピンク色の何かがちらりと顔を覗かせる。
今日はノーブラじゃないのか。
じゃなくて。
「あんまり見ないでって・・・」
そうやって恥ずかしそうにしているのもまた。心の琴線をキュインキュイン鳴らす。
「いや、見るよ。見ちゃうよ、そりゃ」
正直な気持ち。
大きめなTシャツだけでその体を隠しているせいで、ただでさえ小さな穂乃果の体がさらに小さく、はかなげに見える。どうにか下は隠してはいるが、そうやって頑張って隠しているせいで、もしかしたら履いてないのではないか、と言う想像すら出来る。
一応・・・一応確認しておこう。
「あの・・・履いてるよな?」
聞くと、最初は良く分からない表情をしていた穂乃果だったが、次第に僕の言葉を理解したらしく、顔を真っ赤にしつつ、
「履いてるよ・・・ほら」
「見せるなって!」
わざわざ隠しているのに、わざわざ捲って見せる穂乃果を慌てて静止する。一瞬だけどちょっと見えた。ピンク色の。
「でも履いてるでしょ?」
と言ってまた隠す。見せるならなぜ隠す必要があるのか。いや、隠すならなぜ見せるのか。
多少僕を混乱させつつ、穂乃果は僕の隣にやって来て、同じベッドに腰かける。
何だかイケナイ事をしているような——イケナイ事をこれからしそうな雰囲気。
「ほら」
耐え切れなくなって、穂乃果の膝の上に枕を置く。僕の理性を守るため、穂乃果を危険にさらさないため、重要な役割を枕に担わせる。
「もうちょっとダボっとしてて可愛いと思ったんだけどな・・・これじゃエッチなだけじゃん」
「エッチだなそれは」
これはもう情事を前提とした恰好みたいだ。少なくともただの幼馴染みの前でしていい恰好じゃない。僕を誘うつもりなら大正解だけども。
「だったらズボン履いて来いよ」
それまで履いていたショートパンツだけでも履いておけば、防御は万全になるだろうに。雰囲気もそれほど変わらないだろうし。
「それじゃ情緒が無いでしょ。見えそうで見えないっていうのが彼シャツの醍醐味なんだから」
「その醍醐味は見る側だろうよ」
「こっち側もドキドキするの!」
穂乃果は真っ赤になりつつ枕を殴っている。
見せそうで見えないのはやっぱり醍醐味だけれども、ちらっとピンクなのが見えてるのも醍醐味ではあるよな。
変態でしかないから、じっくり見るのはやめておこう。




