第33話 幼馴染みと記念写真
その場所は海浜公園のはずれにある。
学校の体育館程の広さもない、小さな入り江。申し訳程度の白い砂浜と、周囲を囲んでいる岸壁がプライベートビーチ感を出しているが、今現在海水浴を楽しんでいる人はいない。
その代わりカップルが多い。
「ここは『初恋の入り江』って名づけられたんだって」
「名前がついたんだ」
昔は名前もないただの入り江だった。しかし、いつの間にか恋愛に結び付けた名前を付けられたんだな。
「ここの噂って言うのが、片思い中の相手と一緒に来るとその恋が叶うんだって」
ほほう。よくありそうな話。ただ、こういう場所に片思い中の相手と一緒に来られるなら、脈はナシとは言えないような気もしなくもない。興味の無い相手とそんな謂れのある場所になんか来ないだろうし。
それより穂乃果さんや。今ここに片思い中の相手と一緒に来てる男がいる事に気づいてますかな?この恋が叶うってどういう事だか分かってますかな?
それすらも気にしてない間柄って事か?ちょっと悲しい。
「そんな人たちもいるんじゃないか。ここには」
「いるかもよー。きっと」
だから、ここにいるって。
ここはこんなに悲しくなる場所なのか?
少し複雑な気持ちを抱えたまま、砂浜を歩く。ほどんど波のない穏やかな入り江。子供の頃はよく遊びに来たな。穂乃果と。
そんなヒトデを怖がって逃げ回っていた穂乃果も、今は僕の腕をとって一緒に歩いている。関係性は当時とほとんど変わってないんだけど、周りから見れば立派なカップルに見えるのかな。
「そう言えば洞穴もあるんだよな」
「急に雨が降った時に逃げ込んだよね」
岸壁にある小さな洞穴を覗き込む。子供はこういう所を秘密基地にしがち。反面カップル達はロマンチックの欠片もない洞穴には興味が無いようで、周囲には誰もいない。
「で、皆は何してるんだ?」
ここを目的地としてやってきたカップル達。片思い中ではないカップル達は、何を目的にここにやって来るのか。
「それがもう一つの噂でね。ほら——」
穂乃果がこっそり指を差すその先。洞穴から見るとほぼ対岸に、まるでここで写真を撮ってくれと言わんばかりのハート型のオブジェがある。そこでスマートフォンカメラを自分達に向けているカップルがいる。高校生ではなさそう。
そんな二人が、躊躇なくちゅっと唇を重ねた。
「ね?」
ね?じゃない。真っ赤な顔して。
「つまりどういう事だよ」
さすがに他人のキスシーンは僕も恥ずかしい。その二人からは目を逸らす。
自分達のキスシーンを自撮りするとは、なかなかハイレベルなカップルだ。
「つまり」
穂乃果が気持ちを落ち着けるように胸に手を置く。
「ここでキスしたら永遠に幸せになれるんだって」
恥ずかしそうに言う穂乃果。そんな初心な反応が可愛らしい。
対して僕は冷めていたりする。
「ふうん。でも、最近出来たんだったら、永遠に幸せになったカップルはまだいないんだろうな」
「・・・そういう夢の無い話はしてほしくないな」
冷たい視線。こういう場所にいる時は、ちょっとメルヘンな雰囲気も味わうのが礼儀か。現実的なクレーム入れたらキリがないしね。
とまあ、そんな場所を訪れた僕と穂乃果。カップルでもない僕らには縁のない場所とも言える。
でも念のため聞いてみようか。
「じゃあどうする?せっかくだからしてみるか?」
「えっ!?」
茹で上がったみたいに真っ赤になるなよ。こっちまで恥ずかしくなるだろう。
穂乃果はあわあわとしながらも目を潤ませる。
「あ・・・あの・・・優しくね?」
「ごめん・・・冗談だって」
本気で捉えられたんだか冗談で返されたんだか分からず、戸惑いながら視線を外す。視界の外で穂乃果が頬を膨らませたような気がした。
その時、
ビニョニョニョニョニョニョ
気まずい空気を切り裂く気持ち悪い音。
ADMはいいタイミングで現れる事が多い。
世界にとっては脅威かもしれないが、僕にとっては助け舟になる事も少なくない。そんなタイミングの良さが、いつか仇になるような気もしないでもない。
『柊木隼サン、和泉穂乃果サン、ADMの転送前兆シグナルを確認しました。速やかに然るべき場所へ』
いつもの無機質な電子音声に、いつもの台詞。
「・・・わかった。すぐに行く」
ハルの言葉に応え、憮然とした表情の穂乃果の手を引いてその場を離れる。カップル達はそんな僕達の動きには一切注目していない。
「どこ行くの?」
憮然としながらもおとなしくついてくる穂乃果。
「あそこなら誰にも見られないよ」
そう言って指さしたのは、さっき覗き込んだ洞穴。恋愛の聖地へと変貌を遂げたこの入り江にあって、カップル達が興味を持つ事のない子供たちの秘密基地。
その洞穴の中から、ローレライへ僕らは転送された。
「さっきのは冗談だけどさ・・・穂乃果の事が好きだからね」
マーメイド・エフェクトは今日も優しく淡い光を放ち、ADMは恋人たちが微笑み合う『初恋の入り江』の景色に溶けてゆく。
頬を膨らませてコックピットに収まる穂乃果。
ローレライに乗っている時、穂乃果はいつも機嫌が悪いと言うか・・・へそを曲げているような雰囲気をしているような気がする。
でもこうして最終局面を迎えると、すこし表情が柔らかくなる。
「・・・あんな事冗談で言わないでね」
まいったな。半分本気なんだけど。
「じゃあ写真だけでも撮ろっか」
すっかり機嫌の良くなった穂乃果に手を引かれ、洞穴から恋人達の園である『初恋の入り江』の中心へ向かう。
こうしてると周囲の恋人達にも負けてないと思うんだけどな。
そんな事を考えながら向かったのは、さっき見かけたハートのオブジェ。あからさますぎて笑えてしまうが、浮かれ切った恋人達は喜んでそこでポーズをとる。
「ここにしようよ」
「そうだな」
こんな機会はもう無いかもしれないので、浮かれたフリしてそのイベントに参加してしまおう。キスしたら幸せになる場所で写真を撮るなんて、何かしらの意味を持ちそうだけど。まあ、誰に見せる訳でもないし。
ポケットからスマホを取り出し、内カメラにしてこちらに向ける。穂乃果と並んで、背景に謎のオブジェクトが入るように。
僕よりも穂乃果の方が小さいから、少し屈んだ状態で穂乃果と顔を寄せ合う。それなりに近づかないと一緒の画面には入らないが——近いな。ふとした拍子に頬が触れ合いそうな程近い。
しかし、画面に映る二人が楽しそうな事。僕が報われない他人だったら思わず毒づいてしまいそうなほど、仲良さそうで幸せそう。つまりはいい光景。
少し僕の顔が緊張気味なのが気にはなるが、まあいい。このまま写真を——
ちゅ。
カシャ。
ふいに信じられない程の柔らかな衝撃が頬に走り、思わずシャッターを下ろす。
僕の頬にキスをする穂乃果の姿が、スマートフォンに記録される。
「・・・」
呆気にとられながら穂乃果を見ると、してやったりという顔をして笑う。その割に顔は真っ赤。
「にひひ・・・冗談では終わらせないよ」
僕が口走った冗談が現実になってしまった。
あまりにも突然の事で動揺も何もない。人間、衝撃的な事が突然起こると、逆に冷静になるらしい。
勝ち誇ったように鼻を鳴らす穂乃果だが、そっちがその気なら僕にも考えがある。
「・・・もう一枚撮るよ」
「うん。いいよ」
言いながら顔を寄せてくる穂乃果の頬を目指して、
ちゅ。
カシャ。
今度は穂乃果の頬にキスする僕の姿が記録される。
「あわわわわ・・・」
いつか見たフェアリーランドのキーホルダーのような、あわあわ顔でうろたえる穂乃果。自分から攻めてくるくせに、カウンターに弱い。
穂乃果を戸惑わせられた事に満足しながら、目を白黒させ続ける穂乃果の手を引いて家路についた。
そうして家に帰った後、僕の頬に桜色のキスマークが残っていた事を志保さんに指摘され、死ぬほど恥ずかしい思いをしたのは別の話。




