第32話 幼馴染みと聖地
夏休みに入って早々、僕と穂乃果は地元の海沿いにある海浜公園にやって来た。
大きな花畑や小さな水族館、見上げるほどの観覧車のある、この辺りではメジャーなデートスポット。今日も学生らしいカップルが多い。
きっと僕らもそう見えているんだろうな。
「天気が良くて気持ちいね」
白いワンピース姿の穂乃果が両手を広げて大きく伸びをする。
制服以外のスカート姿の穂乃果はほとんど見た事がないが、夏らしいお嬢さんみたいで可愛い。それに、やはりほとんど見る事のない桜色のリップが少し大人っぽく、ドキドキしてしまう。
『隼の心をつなぎとめておく作戦』はまた成功。
「そうだな。暑くなりそうだね」
午前中だけどすでに汗ばむ陽気。いくら仲が良かろうとも、腕を組んで歩くのは暑苦しいかもしれない。
「へへっ」
暑苦しさをものともしない穂乃果が僕の腕をとる。そうなると、僕に拒否する選択肢はない。穂乃果の体温は夏の日差しと同じくらい熱い。
そうして僕らが最初にやってきたのはひまわり畑。僕の身長よりも少し低いくらいの高さのひまわりが、黄色い絨毯のように広がっている。
通り抜ける風が黄色い花を揺らし、さざ波のような音を響かせる。
花と花の間は人が通れるようになっており、巨大迷路のようになっている。そこに入り込むと小柄な穂乃果は完全に隠れてしまう。
「よく見えないから上から見たいな」
甘えるように言う。桜色のリップも相まって、色っぽささえも感じられる穂乃果の表情。
「上からって、どうやるんだよ?」
「だっこして」
「だっこしてって・・・そんな事軽々しく言うなよ」
「えー。いいじゃん」
「いいとか悪いとかじゃなくてさ。僕に言う事じゃないだろ」
「他に言える人いないじゃん。できるでしょ?」
なんでそんなに挑戦的なんだか。どういう訳か期待に満ちた目で。
でもそんなに言うならやってみるか。
穂乃果の太ももの辺りを後ろから両手で掴んで、
「穂乃果は重いからなぁ」
「そんな事言うのやめてよ!」
「ははっ」
そうは言うけど別にそこまで重くないから心配すんな。ちょっとからかってやりたくなっただけだ。
「よいしょ」
持ち上げる。確かに重くはないが、人ひとり持ち上げるのはなかなかの重労働には違いないな。
しっかりと健康的な太ももをスカート越しに感じながら抱き上げると、お尻を肩に置いた。思ったよりもその感触が——いや、これはやめておこう。
「わーい。高い高い」
「あんまりはしゃぐなよ」
あまり体を揺らすな。むにむにしてるから。
ちょっと心がざわつき始めた中、穂乃果はスマートフォンを取り出し、上方向から構える。
「見て見てー。ほら、黄色い海に浮かんでるみたい」
そう言いながら撮影した写真を見せてくる。一面のひまわり畑の中に、穂乃果の太陽みたいな笑顔が浮かんでいる。その足元の苦し気な僕の表情だけが気になるが、華やかでいい写真。
「隼ももっと笑えばいいのに」
残念そうに言うけども、穂乃果がひまわりみたに笑ってればそれでいい。
ひまわり畑を抜けて、また歩き出す。
今日は特に目的があってここに来たわけじゃない。ただのんびりと穂乃果と過ごしたかっただけ。だからどこか目的地を設定して向かってもいいし、目的地も定めずにただ歩いているだけでもいい。
隣に穂乃果がいれば、それだけでいい。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、機嫌よさげな穂乃果が僕の腕に腕をからませながら言ってくる。
「ねえ、隼知ってる?」
「何を?」
穂乃果の感触と体温を実感しながら返す。
「この先にさ、小さい入り江があるでしょ?」
「ああ、あれね。昔は貝採ったり魚採ったりしたな。ヒトデ捕まえて穂乃果に怒られた記憶がある」
「あったねー。やめてって言ってるのに私にぶつけてくるから、本気で隼を嫌いになりそうだったよ」
「ならなくて良かった」
「そーだねー」
穂乃果とはずっと一緒だから、思い出は沢山ある。それこそ、この海浜公園だけでも思い出は一つや二つではない。
それはともかく、
「あの入り江がね、今はカップルの聖地みたいになってるの知ってる?」
「聖地?知らないな」
子供の頃に行ったっきりだからな。あまり大きくはないから、子供が水遊びする程度の場所だったはず。
そこがどうしてカップルの聖地?
「あの入り江ね、上から見るとハートの形してるんだって。ハートを斜めにしたみたいな」
「へー。上から見る事なんか無いから知らなかったな」
「だからカップルの聖地にしよう、ってなったみたい」
「わざわざそうしたのかよ」
まあ、自治体なんかがやりそうな事ではある。さほど特徴のない場所に付加価値をつけて人を呼び込もうって手段が。確かに、あの入り江は見方を変えれば雰囲気のいい場所ではあるので、カップル達の聖地だと言われればそう見えなくもない。
「だから最近はカップルが多いみたい。そのせいで子供が遊べないって文句もあるみたいだけど」
「でも整備されてるわけじゃないから危ないって話もあったよな。海水浴場じゃないし。だったら丁度良かったのかもな」
「そうかも。でね、そこには今いろんな噂が流れてて、それを目的に来るカップルも多いんだって」
「噂って?」
僕が問い返すと、穂乃果は僕の腕を強く抱きしめて笑みを浮かべる。
「さあね。でも、せっかくだから行ってみようって話」
どうもとぼけているような雰囲気。まあ、それは行けば分かるんだろうが、どうしてカップルの聖地に一緒に行きたがるのかが分からない。僕も『カップルとして』行くんなら何の疑問も無いんだけど。
だったら、穂乃果がいつか誰かと訪れるであろうそのカップルの聖地に、予行演習として付き合うか。
その誰か結局僕だったら、何も言う事は無いんだけどね。




