第3話 幼馴染みは妹じゃない
時間は戻って——
「穂乃果の事が大好きだ」
と同時に引き金を引く。
僅かな手応え。それと同時に僕の中の何かが、このデバイスの引き金を伝ってローレライの機体に何かが流れ込まれるのを感じる。
同時にローレライの構える銃から眩い光。音もなく、優しささえも感じられるオレンジ色の光り。心さえも暖かくしてくれそうなその光は、優しく火を灯すように倒れ込んでいるADMに浴びせられる。
オレンジ色に照らされたADMは、穏やかな光と共に暗闇に消えた。
あっけなく静寂が訪れる。
デバイスを握ったまま肩を落とす。
・・・言うつもりが無かったこの気持ち。この関係性が壊れる事が怖くて、心の奥底に隠していたのに。こんなに無惨な形で白日の元にさらされるとは。しかも本人が隣にいる状態で。
「あわ・・・あわあわわわ・・・」
その本人は隣で真っ赤な顔をおさえている。想定外の言葉に処理落ちしている模様。
『なるほど』
ハルの落ち着いた声。
『思ったよりも抑圧された気持ちのようですね。爆発力もなかななです』
抑圧されたって・・・間違いではないけどさ。
満足そうなハルの言葉と同時に、手にしたデバイスが再びぐしゃっと変化し、銃からただの箱へと姿を戻した。
『内包型デルタエネルギーとは、想いが抑圧されていれば抑圧されているだけ強い爆発力を発揮しますからね。よほど抑圧されていたんでしょう』
「うるせーな」
出来れば抑圧されたままでいたかったな。
そんなやりとりをしている傍らで——
「あ・・・あわあわ・・・隼、あの・・・」
穂乃果が何か言おうとしているが、言葉にならない様子。
しばらくあわあわし、真っ赤になった顔を手で仰いだりしながら、どうにか落ち着きを取り戻す穂乃果。
「あ、あの。好きって、あの、友達として、とか、兄妹として、とかよね?」
そう、好きにいはいろいろ意味がある。
『違いますよ。その類の愛ではマーメード・エフェクトは発動しません。恋愛の好きです』
「で、でも!人として好き、とかさ」
『それも違います。その愛は広く大きな物なので、恋愛のエネルギーに比べると爆発力がありません』
「じゃ、じゃあ、食べ物として好きとか」
誰が食べるか。
「でも・・・そんな訳ないもん」
穂乃果は僕の告白を信じない。まあ、無理はないか。今まで兄妹のように接して来たのだから。穂乃果はずっと、今もそう思っているのだろう。
『この告白で真実の愛が解放されたという事は、マーメイド・エフェクトが発動した事で確認されています。つまり、柊木隼サンは、和泉穂乃果サンを、異性として、オンナとして好きだと言う事です』
オンナを強調するな。恥ずかしい。
「あわ。あわわわわ」
再び処理落ちする穂乃果。
そう、僕はずっと穂乃果の事が好きだった。
手間のかかる、何も出来ない幼馴染みだとは思っていたが、そんな穂乃果に世話を焼いているうちに小さな気持ちが芽生えてしまったのはいつの頃だか覚えていない。
最初はシスコンの兄のような感覚だと思っていたのだが、それがはっきりと違うと感じはじめたのはほんの最近だろう。
だが、この想いを口にする事で二人の心地よい関係が変わってしまうのを恐れ、心に蓋をしていたのだが——こんなところでこじ開けられるとは思わなかった。
「あわわわわ、あわわ」
あわわしか言わない穂乃果。そんな困った顔をしている穂乃果も可愛い。
穂乃果がごくりと息を呑む音が聞こえた。
「・・・隼、私——」
『一つ警告しなければなりません』
何か言いそうになった穂乃果を制止するハル。
『ここで告白に結論が出てしまうと、この内包型デルタエネルギーが失われてしまう恐れがあります。このエネルギーは抑圧されて圧縮されている必要があるのです。ですから、和泉穂乃果サンはこの告白の答えを出してはいけません』
「え・・・?何で・・・?」
『これも世界のためです。世界を守るためです』
そう言われ、さすがに穂乃果は唇を噛むように黙る。
『パイロット離脱コード』
前ぶれもなく機械的な声が響き、視界が砂嵐のように乱れる。ほんの一瞬の出来事。その次の瞬間周囲の景色は一変し、僕と穂乃果は暗い植え込みの影に着地していた。
まだ四月半ばで昼間は暖かくなりつつあるが、この時間になるとまだ肌寒い。ローレライのコクピットではあまり感じなかったが、突然外に放り出されるとそれを実感させられる。
背後に気配を感じ思わず振り向くと、巨大な白い影。無骨で筋肉質な印象のある、巨大なロボットの姿がそこにはあった。
「こいつが・・・ローレライ・・・」
有耶無耶のうちに載せられたので、ちゃんと外観を見たのは初めてだ。
ああ、本当に巨大ロボに乗ってたんだ。
改めて実感して眺めていると、いくつかのアンテナが備えられている六角形に近い顔の中心にある赤いバイザーが、きらりと光った気がした。
それが合図であったかのように、白い機体は赤黒い闇に溶けるように消える。
その赤黒い闇もそれに伴い薄れていき、少しの街灯が灯されただけの、暗闇に包まれた中央公園の姿を取り戻す。
夢——じゃないよな?
改めて周囲を見回す。あの巨大ロボットがそこにいた形跡も、ADMという世界にとっての脅威が存在した形跡も、どこにも見当たらなかった。
不思議な体験。夢の中のような幻のような。手の中にある薄緑色の端末だけが、それが現実であった事を示していた。
穂乃果と顔を見合わせる。
「——!」
すると、思い出したように穂乃果の顔が暗闇でも分かるほどみるみる赤みを増し、爆発を恐れるほどに真っ赤になる。
「ひ、ひぃぃぃ!」
そして、まるで変質者にでも出会ったような声を出すと、脱兎の如く公園を飛び出した。
・・・
そんな穂乃果の後ろ姿を見送りながら——
一人取り残される。
人生の一大イベントを無理矢理起こされた僕は、意外と冷静だった。やはり、現実味を感じなかったからかもしれない。
しかし、穂乃果に想いを知られてしまったのは事実だ。これからどうすればいいか。
別に付き合いたいとか、結婚したいとかそんな事は考えていない。そもそも穂乃果の態度をみると望み薄だろうし。今まで通り兄妹のような、心地よい関係でいる事が出来れば充分だ。
でも、それが出来るかどうか。それすらも出来なくなるのか。
あの一言で随分変わってしまったな。
これから穂乃果とどんな顔で向き合えばいいのか。これから距離をとられてしまわないだろうか。ただ隣にいたかっただけなのに、それがこんなに難しくなるなんて。
でもちゃんと話しておきたい。
しかし何て言おう。
そんな考えを巡らせながら周囲を見回すと、木の影に小さいウサギのぬいぐるみのついた通学鞄が落ちているのが目に入った。




