第2話 幼馴染みは妹
数十分前。
「ねー隼、疲れたー。おんぶしてよ」
「嫌だよ。自分で歩けよ」
僕——柊木隼は、幼馴染みの和泉穂乃果と下校中、わがままを言う穂乃果を諌める。この商店街を抜けて公園を過ぎれば、隣あった僕と穂乃果の家がある。
「今日体育でマラソンがあったでしょ。私長距離は苦手なんだよね」
「スタートと同時にダッシュしてたよな。んで、途中まで独走してんのに、最後には力尽きてビリだって。無駄な力使い過ぎなんだよ」
「だって・・・負けたくないじゃん」
「誰と勝負してんだよ。それに、結局負けてるだろ」
「んー。最初に差をつけておけば逃げ切れると思ったんだけどなぁ・・・」
「穂乃果はペース配分出来ないからな。何も考えずに全力を出すのは得意だけど」
「私の事単純だと思ってる?」
「思ってる」
「むー」
不満そうにふくれる穂乃果。
同じ高校の同じクラスなんだから、僕だって体育でマラソンだったんだ。穂乃果みたいにスタートと同時に全力疾走してすぐにバテるんじゃなくて、ちゃんとペース配分をすればなんて事ない。
自業自得なのでおんぶは出来ません。
「それに、疲れたって割にはゲーセンで盛り上がってたよな」
「だって隼に負けたくなかったんだもん」
格闘ゲームでは僕の全勝。レースゲームでは引き分け。クレーンゲームでは、どちらも何も取れず。そんな事をしているうちにもう十八時を過ぎて、辺りは暗くなり始めている。
体育で疲れている人の行動だろうか。その後は本屋にも寄ってるし。
「むー」
また不満そうに頬を膨らませている。そうしていると子供みたいだ。元々小柄だし、ただでさえ童顔なので余計に子供っぽく見える。
それに、行動も子供っぽいんだよな。
「ふーん。えいっ!」
「おい!おぶさってくるなって!」
突然背中を襲う重さに声をあげる。小さなウサギのぬいぐるみのついた通学鞄が、僕の前でゆらゆら揺れる。
「へーん。このまま家までよろしくー」
穂乃果が背中で宣っている。ぎゅうぎゅうと控えめなものを押し付けないでくれ。それに、自分がスカートだって事を忘れるな。
「降りろよ」
「降りないもーん」
「ったく・・・しょうがない」
穂乃果は基本的に家事はできないし、勉強もできない、要領も悪い、片付けも出来ないなど、手間のかかる幼馴染みだ。だからどうにか甘やかさないようにとは思ってはいるが、最後には悪戯っぽい笑顔と純真無垢な瞳にやられてしまう。
そのせいか、いつしか僕は兄のような気持ちで穂乃果と接していた。
ただ、ずっと兄と妹だと思い続けているのは難しい。
「あー、隼お尻触った」
「おぶってるから仕方ないだろ。嫌だったら降りろよ」
「やだねー」
僕の背中で上機嫌な穂乃果。僕は一応お尻からスカート越しの太ももに手を移し、歩き出す。
時間も時間なので同じ学校の連中は周囲には見当たらないが、商店街という場所柄、人は多い。微笑ましげな視線を向けられているのを感じる。
穂乃果は僕の首に回した腕をぐいぐい締めてくる。
「苦しいって。それに、押し付けるなって」
「押し付けるって何を〜?」
分かってて聞いてるな。
「何がって、胸だよ胸。控えめなのが当たってる」
「控えめって言うな!これでも大きくなったんだから!」
「分かった分かった。だったら少し離れてくれ」
「えー、何?私の胸で興奮するの?」
「する訳ないだろうが」
穂乃果の発言を聞いてわかるように、どうやら僕の事を異性だとは意識していない。僕が穂乃果を妹のように思っているように、穂乃果も僕の事を兄と同様に思っているのだろう。
「いいから降りろよ。重いだろうが。穂乃果、前よりも重くなってんじゃないのか?」
「そんな事無い!体重は変わってないよ!」
「もっと軽かった気がするぞ。お菓子の食べ過ぎなんじゃないか?」
「んん・・・き、きっと胸が大きくなった分よ!きっとそう!」
「そっちはあんまり違いを感じないんだよな」
「酷い!女の子に向かって!」
「男だろうが女だろうがどっちでもいいから降りろよ」
「やだ」
「何でだよ」
「隼の背中、安心する」
「耳元でそんな事言うな」
耳にかかる穂乃果の吐息に、心がどきりと跳ねる。
背中に伝わる規則的な鼓動。安心しきっているのがよく分かる。こんなに密着して安心しきっているのは、少し複雑な気持ち。
「そう言えばさあ」
ふいに耳元で間延びした声がする。安心しきっているせいか眠そうな声。
「何だ」
「好きな人とかいないの?」
「どうした急に」
「いや・・・」
穂乃果は一呼吸置く。
「私といるから彼女とか作れないのかな、って」
気にしてるんだ。そういう事。可愛い奴だな。
「いないから気にするな」
今はそう言うしかない。
「穂乃果の方こそ好きな男の一人や二人、出来たんじゃないのか?クラスの連中と仲良くしてるじゃないか」
穂乃果は僕と違ってコミュニケーション能力は高い。他の事は何も出来ないが、コミュニケーション能力と愛嬌は人一倍ある。男女問わず仲のいいクラスメイトは多い。
「うーん。仲良くはしてるけど、好きとか嫌いとかじゃないんだよね・・・私、まだそういうのよく分かんない」
「まだ子供だな、穂乃果は」
「子供じゃないもん!ぎゅう!」
「や、やめろって!押し付けてくるな!」
そろそろ限界が来て、穂乃果の太ももを支えている手を離すと、ずりずり落ちてきた。
「むー」
頬を膨らませて上目遣いする穂乃果。
「子供じゃないって分かった?」
「さあ。やっぱ子供だな」
「こらー!」
言いながらぽかぽか叩いてくる。やっぱり子供みたいで可愛い。
幼馴染みを揶揄いながら、いつもの公園の横を過ぎる。この公園を過ぎれば、僕と穂乃果の家が隣り合ってある。小さい頃から二人で毎日のように通った公園。いつもと代わりない——ん?
「穂乃果、ベンチに何かある」
「え?何?」
公園入り口にある二人しか座れないような小さなベンチに、何かが置いてあるのに気づいて僕らは公園内に入る。
近づいてみると、スマートフォンよりも小さめの薄緑色の物体。プラスチック製のような軽い手触り。それが二つ。
「これ何だ?」
「パソコンにしては小さいよね」
「誰かの落とし物かな」
「触らない方がいいんじゃない?」
不安を感じているのか、穂乃果は僕の腕をとる。
どう見ても不審物だが、僕はついその物体の一つを取り上げる。つられるように穂乃果ももう一つに手を伸ばす。
「落とし物にしても、このままじゃ持ち主が分からないしな」
僕はそう言ってその物体をコンコンと叩いてみる。
すると——
『異次元機動人型兵器ローレライ。メインパイロット登録完了』
薄緑色に光った物体から、無機質な電子音声が響いた。中性的な声。その声に連動して、白く光る軌跡が表面に幾何学模様を描く。
『異次元機動人型兵器ローレライ。サブパイロット登録完了』
穂乃果の持つ物体からも同様の音声。
そこから全ては始まった。




