第24話 幼馴染みの部屋
「今日ママいないから、うちに来ない?」
六月に入りじめじめさが増してきたある日の下校中。穂乃果にそんな事を言われ、一瞬言葉を失う。
今日は志穂さんが不在。それに加え、父親である一郎さんはしばらく単身赴任中。これが意味する事とは。
いや。これがもし付き合いたてのカップルなどであれば、若干ピンク色の意味を持つ言葉なのであろうが、残念ながら僕らは違う。
今はまだただの幼馴染みで、変わりつつはあるものの、兄妹のような関係性からはみ出してはいない。
間違ってはいけない。
「何だ?晩御飯一人が寂しいのか?」
「へへ。そうなんだけど」
照れ笑い。お化け屋敷が嫌いなだけあって、家に一人でいるのはあまり好きじゃない、て言うのがお誘いの理由らしい。
まあ、うちの両親も帰りは遅いから丁度いいんだけど。
「でも他にもお願いがあって」
「他にも?」
「うん」
穂乃果はそれしか言わなかったが、まあ行けば分かるか。
それはともかく、あの最初の文言はどうかと思う。まるで『私はしばらく無防備です』って宣言したようなものだ。勘違い——期待——を抱く男もいるだろう。
あとでこれも注意だな。
「じゃあ晩御飯はどうする?作る?買って帰る?」
「いくらかお金貰ってあるから、せっかくだから作ろうか。カレーが食べたい。隼、作ってよ」
「そんな食べるだけなんて許さないぞ」
そんなやりとりをしつつ、帰り道にある最寄りのスーパーへ。
カゴを手に穂乃果の後を追う。じゃがいも人参玉ねぎ——特に吟味する事なくカゴに放り込む穂乃果を眺めながら思う。
新婚さんみたいだ。
二人とも学校の制服って言う違和感はあるものの、二人で買い物をしている様子は胸にくるものがある。
それから二人で議論しながらビーフカレーにしようと決まり、レジへ向かう——前に、穂乃果はふらりとお菓子売り場へ。じゃがいもと同じような感じで、お菓子をカゴの中へ。
「おいおい」
二人で食べるには多すぎる量に、思わず声をあげる。
穂乃果はにひひと笑う。
「ママと来たらこんなに買ってもらえないからね」
ズルい娘だ。
和泉家の冷蔵庫を確認したところ、じゃがいもも人参も玉ねぎもあったのはご愛嬌。
僕がお米を研いで炊飯器にセットしている間に、穂乃果は部屋着のスエットに着替えてくる。色気という意味で志穂さんの評判の悪い格好ではあるが、飾らない穂乃果っぽさが感じられるので僕は割と好き。
キッチンに入って来て、腕まくりをする穂乃果。
「じゃあ、何すればいい?」
「カレー作った事ないの?」
「無いよ!」
元気でよろしい。
「じゃあじゃがいもと人参の皮を剥いてくれ。僕は玉ねぎのみじん切りするから」
「はーい」
それから穂乃果はピーラーで皮を剥き始め、僕は包丁で玉ねぎを処理する。
穂乃果とこうやって一緒に料理を作るなんていつぶりだろう。そもそも穂乃果は料理をほとんどしなかったし、志穂さんが料理上手だって事もあって、僕がキッチンに入る必要はなかった。
小学生の頃に家庭科の宿題で何か一緒に作って以来じゃないか?
それに、キッチンで並んでいると・・・やっぱり新婚さんみたい。
新婚さんでなくても、二人で同じ目標に向かっているって考えるとちょっとときめく。
「こうやってると新婚さんみたいだね」
照れたようにはにかむ穂乃果。僕と同じ感想らしい。悪くは思われていないようで、ほっとする以上に嬉しくて胸が踊る。
涙が出そうなのは玉ねぎのせいに違いない。
「終わったよ!」
どこか誇らし気な穂乃果。
僕のみじん切りも終わる。
「じゃあ、玉ねぎ炒めてよ。飴色になるまで」
「飴色って何色?」
「鼈甲あめみたいな」
「茶色?」
「まあ茶色か」
そんな会話もありつつ、穂乃果はどこか機嫌が良さそうに鼻歌なんぞを歌いながらフライパンで玉ねぎを炒め始める。
「焦がさないようにね」
「はぁい」
その間にじゃがいもと人参を切っておくか。それと牛肉も。
「ねえ隼、飴色ってこれくらい?」
「そんなもんかな」
答えつつ、フライパンに牛肉を投入。薄切り肉だからそんなに時間は必要ない。
軽く火が通ったところで、フライパンの中味を鍋に移す。それと同時にじゃがいもと人参を鍋に投入する。
「えーと、次は・・・」
穂乃果はカレールーのパッケージを眺める。そこにはカレーの作り方が書いてある。
「・・・水を入れて・・・火にかけて・・・ルーを入れる」
「待て待て」
沸騰する前に入れるな。
「沸騰してからしばらく煮込まないと。じゃがいも人参に火が通らないぞ。灰汁も取らなきゃならないし」
「ふーん。そうなんだ」
そう言って鍋を見つめていても沸騰は早まりませんよ。
「でも、料理って大変だね」
何をしているのか、まだ冷たいであろうじゃがいもを菜箸でつんつんしながら穂乃果がしみじみ言う。
「これを毎日やるのって大変だよね。ママって凄いな」
「最近穂乃果もお弁当作るようになったじゃないか。今のところ毎日じゃない?」
穂乃果が弁当を作り始めて一ヶ月くらいか。時折寝坊したのか手ぬき弁当もあるが、ひとまずはまだ欠かした事はない。
「うん。頑張ってはいるけど——でも、あまり上達しないの。何でだろ?」
「穂乃果の場合さ、味付けが大雑把なんだよな。味が強すぎるか、薄すぎるか」
「そうなんだよね。何でだろ?」
失敗を糧に次に活かさないからだと思うな。
「志穂さんは味付け見てくれないの?」
「ママは基本的には見てるだけだよ。危なかったら言ってくれるけど。あとは、私が塩を入れる時に毎回『あっ』って言うくらい」
なるほど。志穂さんも分かってはいるのか。だからと言って一気にあれこれ言っても覚えられる訳がない事を理解しているのだろう。
て事は味付けに関しては試食役である僕に任されているって事か。濃いだの薄いだの言って、だんだんと丁度いい味付けに近づけてゆくための指摘をする役割なんだな。
これから幾度となく作るであろう、穂乃果の料理の味付けを僕が決めるも同然じゃないか。なかなか重要な任務だ。
「だからごめんね。あまり美味しくなくて」
鍋をかき混ぜながら悲し気に言う。そんな顔してほしくない。
「でも隼は全部食べてくれるから嬉しいんだ。美味しくないのに食べてくれるから、嬉しいんだけど、申し訳なくてもっと美味しく作ろうって思ってるんだけど——やっぱり難しいよね。料理は」
僕としては穂乃果が作った弁当を全て食べるのは当然の事。味はともかく、美味しくないなどと思った事もない。
「これからも全部食べるから、安心して作ってくれ。注文はつけるかもしれないけど、ゆっくり上手くなっていけばいいから」
「ふふ。ありがと」
穂乃果はそう言って笑みを浮かべる。
「料理が上手くなったら、いつかお弁当持っておでかけしたいな。海とか山とか。フェアリーランドとかもいいかもね」
「いいね。それを目標に頑張れるんじゃない?」
「そうだね。そうしよう」




