第23話 幼馴染みは兄ではいられない
「いや、何かごめん」
ローレライの生き地獄から解放され、何事もなく帰ろうとした僕と穂乃果は、新内に近所のファミレスに連れ込まれた。
そこで早速の謝罪を対面の新内から受けたわけだが。
僕としては謝罪されるよりも、さっきの僕の告白の事実を忘れてくれた方がよっぽどいい。
「柊木君が真剣な事がしっかり伝わったから。それと、中々の気障だって事も」
真面目な顔で言う新内。ちなみに僕の隣には、惚けたような表情の穂乃果。ほら、真剣に言えばこうなるだろ。
穂乃果のそんな表情もしっかり確認しつつ、新内は頼んだドリンクを飲みながら一人納得する。
「ちょっと安心したよ。清く正しい中学生みたいな関係で」
どういう納得の仕方だよ。
「でも、これでも付き合ってないってどういう事なの?」
新内がここまで踏み込んでしまっては仕方ないので、これまでの顛末をハルが簡単に説明した。マーメイド・エフェクトを放つ為の条件だとか、それについての答えは出来ないだとか。
「つまり、柊木君は穂乃果の事が大好きーって言いながらも、穂乃果は返事を保留しなきゃいけない訳でしょ?何で?」
「それも説明したろ。結論が出るとダメなんだとさ」
それが何でって言われても僕は困る。
僕と新内の中間地点に置かれた二つのデバイスのうち、どちらかからハルの声がする。
『エネルギーは抑圧されて圧縮されている必要がある為です。それがどういう結論にせよ、爆発力は無くなってしまいます』
よくわからないけども、空気が漏れた風船みたいなもんか。
「ふうん」
新内はグラスの中の氷をストローで回す。
「じゃあ、何で穂乃果は柊木君に好き好きアピールしてるの?それって、ある意味告白の返事じゃないの?」
まあ、告白の返事が出来ない代わりのアピールか。そう見えても仕方ないかも。
「あ、あのね。私、だらしないし何も出来ないから、隼に愛想を尽かされるのが怖くって」
真っ赤になりつつも不安そうな穂乃果。まだそんな不安を抱えているらしい。いや、そんな不安を抱えていなければ、こんなに甘えるような穂乃果にはなり得なかったって事でもある。
そんな穂乃果を呆れるように見る新内。
「いや、それ、好きって事じゃないの?いいじゃん、もう認めちゃえば」
「ち、違うよ!そんなんじゃない!」
結局穂乃果に否定される。そうやってはっきり言われると傷つくんだぞ。
「そうかなぁ。私にはそうにしか見えない」
疑わし気な新内の目。疑わしくとも、穂乃果の言葉が全て。僕のメンタルがどん底に落とされました。
「柊木君もさ、さっさと既成事実作っちゃえばよかったのに。ラブホテル誘ったんでしょ?」
さっきと随分と言い分が違うな。それを責めて無かったか?
「違うよ。誘ったのは私だし」
「そうなると話は変わって来るわね」
新内が体を乗り出してくる。
「女の方が誘うって事は・・・いいって事でしょ?」
「隼もそう言ってたけど・・・そうなの?」
「そうに決まってるでしょ。ラブホテルが何する場所か知ってる?」
「し、知ってるよ。カップルが・・・ごにょごにょ・・・愛しあう場所でしょ?」
穂乃果の声が小さくなる。本当に知っているらしい。それでよく入ろうって言えたな。
「そんな関係になっていいって事でしょ?」
「そ、そんな関係・・・そこまで考えてた訳じゃないよ。ただ入ってみたかっただけで」
「いや。そんなはずない。きっと穂乃果は——」
『新内姫花サン。そこまでにしておいてもらえますか?』
興奮気味な新内の言葉がハルに遮られる。
『それ以上はマーメイド・エフェクトに影響を与えかねません。新内姫花サンが内包型デルタエネルギーを内包しているなら別ですが』
僕以外に誰かが告白をすれば済む話ではあるが。
「んー。残念ながら私は好きな人はいないよ。大学行くまで彼氏は作らないつもりだし」
涼し気に言い、それから穂乃果に意地悪な笑みを見せる。
「でも穂乃果がそうじゃないって言うなら、柊木君でも狙おうかな?」
どんな揶揄いだ。
「う・・・だ、ダメぇ・・・」
絞り出す穂乃果。どういう意味だよ。
『やめてください新内姫花サン。世界を滅ぼすつもりですか』
「私だったら、世界を救うよりも自分の恋愛を優先するけどね。そんな運命背負わせた方が悪い」
新内は言って、デバイスをチラリと見る。
「そんな人だって、今までいたでしょうし」
ハルは返事をしなかった。
「いい性格してるな、新内は。そうは言っても穂乃果がこんなだから、結局は同じなんだけどな」
「穂乃果がまだ子供なだけよ。自分の気持ちがわかってないだけ」
妙に自信満々な新内。まあ、期待半分で聞いておくけども。
「まあ、焦る事も無いでしょ。そのうち分かる事だし。それより、今回の噂に関しては私に任せておいて。私が犯人を突き止めてとっちめておくから」
「そんな事出来るのか?」
「ギャルのネットワークを舐めないでよね。柊木君も気をつけて」
新内はそう言ってウインクする。
世界一恐ろしいウインクに見えたが、僕と穂乃果は最高の味方を得たのかもしれない。
「んで、柊木君はそれでいいの?」
穂乃果がトイレに立った瞬間、新内は僕に言って来た。
「何がだ?」
コーヒーの最後の一口をずずずと吸い込んでから僕は問い返す。
「いや、穂乃果との関係の事」
「別に不満はないぞ」
「本当?」
顔を覗き込んでくる新内の目。何故だか全て見透かされてしまうような、不思議な力がある。
「本当だ。どうせ、穂乃果は僕の事は兄貴か何かとしか思ってない。だからラブホテルだって平気で誘えるんだろ」
「そうかもしれないけど・・・だとしたら、大分ブラコンの妹ね」
新内がそう言ったところで、追加で頼んだチョコレートパフェが運ばれてくる。
「実の兄妹かと思ったら義理だった、ってラブコメをよく見るけど。義理の兄妹でもないんだからもっと有利じゃないの?」
「義理にしろ実にしろ、兄妹でもないのに兄だと思われてるのは不利でしかないような」
「そう?努力が足りないんじゃないの?」
勝手な事を言う。
「まあこの際だから言うが、僕はどうにか穂乃果の気を引きたくて、勉強も頑張って学年でも上位をキープし続けているし、多少は体を鍛えてるし、常に世話を焼いてるし、記念日には一緒に祝ってるし、穂乃果をいじめから守ったし、ナンパからも守ってる。今だって不埒な男には目を光らせてる。そしたらどうなったか分かるか?」
僕の問いに、新内の目は虚空を彷徨う。
「んー。もしかしたら惚れちゃったり?」
「ところが、頼りになるお兄ちゃんになったんだよ。いつの間にか」
「・・・それは残念ね」
新内は言いながら、スプーンですくったクリームを口にする。
「だから穂乃果と恋愛するのは難しいって思ってる。完全に諦めてはいないけど・・・どうだか」
母親のおかげかどうかはアレだが、もう少し努力しようとは思っている。だが、どうなるかは未知数だ。
「あんなところであんな事を言わされたせいで、ただの仲のいい兄妹でもいられなくなったからな」
「おかげじゃなくて?」
「もうそこには戻れないから、おかげじゃない」
「ふーん。柊木君も大変なんだね」
難しい顔でスプーンを咥える新内。あれ?そもそもどうして新内にこんな事を話してるんだろう。今まで隠してた反動か?
「だから、現状に不満は無いんだよ。これ以上は夢みたいなモンだ」
それが本音。これ以上の関係になれればとも思うが、ファンタジーの世界だな。
「どうしたの?二人して難しい顔して」
穂乃果は戻って来て席に着くなり、新内の前のチョコレートパフェに目が行く。
「いいなー、私も食べようかなー」
「頼みなよ。今日のお詫びに奢ってあげる」
「やったっ」
そう言って無邪気にチョコレートパフェを注文する穂乃果。僕の気持ちを知ってか知らずか、幸せそうな顔をする。
そんな穂乃果も好きなんだけどさ。




