第21話 幼馴染みと逃亡劇
HRが終わり、クラスの皆が帰宅の準備を始める。
手早く準備を終えた僕は、新内やら山中やらと談笑しながら鞄を手にする穂乃果を確認。
気づかれないよう音もなく近づき、穂乃果の手をとって走り出す。
「ちょっ、隼!」
「あ!逃げた!」
新内が気付いて声をあげた時には、既に教室を後にしていた。
各教室から吐き出される生徒たちの間を縫うように進み、数分もせずに生徒たちでごった返す玄関に到着。後ろを見やると、新内らしき金髪は見当たらなかった。
「ねえ!急にどうしたのよ!」
準備もなく走ったからか、少し顔を赤くして興奮気味に言う穂乃果。
「新内に捕まったら面倒そうだから逃げた」
言いながら靴を履き替える。
「別に逃げなくてもちゃんと説明すればいいのに」
穂乃果は不服そうに言いながら靴を履き替える。
「真面目に付き合ってるってどうやって証明するんだよ。そもそも付き合ってすらいないのに」
付き合ってたとしても証明は困難だろう。真面目に付き合っていない証明は出来るだろうが。
「そうかもしれないけどさ」
穂乃果は口をとがらせる。
「何か、私と真剣に向き合うのから逃げたみたいで嫌だな」
「穂乃果から逃げるんだったら、穂乃果を連れて来ないよ」
「そりゃそうか」
そんな事を言いながら校門を抜けた辺りで、
「こらー!待てー!」
激しく金髪を揺らす新内が綺麗なフォームで走って来る。
「あ!来た!逃げるぞ!」
「ちょ、隼!」
答えも聞かずに穂乃果を引っ張って走り出す。
「陸上部ナメんな!」
そう言えばあいつは陸上部だったか。全国大会目指しているとか、そんなに力を入れているわけではなかったので気にもしていなかったが、運動を全くしていないような僕と穂乃果よりは体力はあるに違いない。
「うわ。速ぇぇ」
背後を確認すると、短距離走者のような規則正しくダイナミックなフォームで走る新内との距離がぐんぐん縮まる。金色のサイドテールと短いスカートを翻し——ていうか、スカートの中短パン履いてるのか。
いや、ちょっと待て。
ここで隣で転びそうになりながら走っている穂乃果を見る。大きくスカートを翻し——
これはマズイ。
と言うわけで見かけたビルとビルの間の路地に穂乃果を引っ張り込む。猛スピードの新内をやりすごし、膝に手を当てて息を整える。
「はぁ・・・あの、大丈夫か?スカート」
「え?はぁ・・・何の事?」
「いや、ほら・・・走ってたら中見えたりして」
「短パン履いてるもん」
そう言いながらめくってみせる。やめなさい。
確かに色気の無い短パンだけども。
「隼以外に見られるのは嫌だもん」
どういう意味だよ。
「見つけた!」
通りから路地を覗き込む金髪ギャル。
「何やってんのよ!スカートめくって!」
「逃げるぞ!」
「ちょっと隼!あぁ、姫ちゃんごめん!」
「待ちなさーい!」
路地を走り出す。
空き缶を蹴飛ばし、野良猫を飛び越え再び通りに出る。背後に迫る金髪。
「うわっと」
穂乃果が何かにつまづいて、転びかける。
「・・・仕方ない。穂乃果、捕まれ!」
「え?あの・・・」
戸惑う穂乃果を抱き抱える。
僕の首に回された穂乃果の手と、思いの外近い顔。首筋にかかる荒い呼吸。そして穂乃果の太ももに直接触れている事に気付いてがくっと力が抜けそうになるが、どうにか踏みとどまって足を進める。
とは言え、人を一人抱き抱えて運動部から逃げるのはまず不可能で——
「ほら。降参しなさい。柊木君」
数分後には新内に首根っこを掴まれて立ち止まるしかなかった。
どうにか中央公園までは逃げてこられたんだけどな。もう少しで家に着いたのに。
「穂乃果も。ぽーっとしてないで降りなさい」
促され、穂乃果が僕の腕から降りる。というか、僕が降ろす。手に残る太ももの滑らかで柔らかい感触。名残惜しい。
気が抜けたのと、思った以上の疲労感に、思わず地面に座り込む。新内は僕の首が締まる前に、襟首から手を離した。
両腕を組んで仁王のように僕を見下ろす新内。逆光になって宝石みたいな瞳だけが輝いている。
「さて。どうして逃げたの?」
蔑むような新内の目。
「柊木君が真剣だって証明してくれれば良かっただけでしょ?それなのに逃げるなんてね」
言葉の裏に、後ろめたい事でもあるんでしょ?と言っているような気がする。
「・・・無理だろ。証明するなんて。どうやって証明するか教えてもらいたいくらいだ」
呼吸を整えて絞り出す。袖で汗を拭っていると、穂乃果がハンカチで拭ってくれる。
その様子に眉を顰める新内。
「どうやって証明するかって・・・そうね・・・」
顎に手を当てて考え込む。
「・・・」
さらに考え込む。
新内が考え込んでいる間も、穂乃果に汗を拭われている。もっと考え込んでていいぞ。
「何か・・・何かあるはずよ!」
思い当たらなかったらしい。
「自分が思い当たらなかったものを僕に要求してたんだぞ。無茶だって理解したか?」
「む。だからって逃げる事無いじゃない!やましい事があるから逃げたとしか思えないし!」
「やましい事があったら、穂乃果を連れて逃げないだろ」
「何で穂乃果を連れて逃げたのよ!」
「穂乃果を尋問しそうだったからだよ」
「しないわよ!」
髪の毛が逆立つほど声を荒げる新内。とにかく僕に無茶を言った事は認めてほしい。
「姫ちゃん。落ち着いてよ」
「穂乃果もどうして一緒に逃げるのよ!」
「あははー。何か楽しくて」
そんな穂乃果の答えに気が抜ける新内。はぁ、と大きく息を吐く。
「もう。穂乃果はマイペースなんだから。そういうところが柊木君が付け入るスキになるんだから」
「人聞きの悪い事言うなって」
「柊木君に証明しろって言ったのは無茶だったかもしれないけど、まだ信用した訳じゃないからね」
新内はそう言いながら穂乃果と腕を組む。穂乃果は自分のものだと主張しているよう。
まあ、穂乃果を想っての行動なのだろうが。
僕にとっては迷惑極まりない。
「とにかくもう帰らせて——」
ピニョニョニョニョニョ
「何!?気持ち悪っ!」
誰が聞いても気持ち悪い音。
『柊木隼サン、和泉穂乃果サン、ADMの転送前兆シグナルが確認されました。すみやかに然るべき場所へ』
然るべき場所。だったらさっきの路地かな。ていうか、目の前に新内がいるんだが。
「なによそれ」
僕と穂乃果のポケットから聞こえる謎の声に興味を示す新内。
「い、いや、何でもないぞ」
「うん、姫ちゃんが気にするものじゃないよ」
僕は立ち上がり、穂乃果の手をとって新内から引き離す——けどもまた引き寄せられた。
「何?二人でこそこそと。ここから聞こえたけど?」
新内は言うと、穂乃果のポケットから薄緑色の箱を取り出す。光る幾何学模様が描かれた、ハルピュリア・デバイス。
「これは何?」
『あなたは誰ですか?』
「な、何か言った!」
新内が驚いたスキにデバイスを取り上げ、穂乃果の手をとって路地へ走る。
「あ、待ちなさい!」
さすがは陸上部。とんでもないスタートダッシュで弾丸のように追いかけてくる。
そして路地にほぼ同時に飛び込み、新内は僕が手にしたデバイスに手を伸ばす。
「うわっ」
穂乃果が足を絡ませたのにつられ、バランスを崩したところで、デバイスを取り上げられる。
その瞬間、
『パイロット搭乗コード』
無感情なハルの声が響き、視界は砂嵐のように乱れた。
「ち、ちょっと!何よこれ!」
中央公園内に直立する、異次元機動人型兵器ローレライのコックピット。普段は穂乃果が座る隣のシートにいつの間にか収まり、パニックに陥るように騒ぐ新内。
様々な機械類に囲まれる金髪ギャル。なかなか興味深い。
そんな事よりも。
「こ・・・きついよ・・・何これ?」
いつもの狭いシートに収まる僕。そこと同じシートに窮屈そうに収まる、我が幼馴染。つまり、僕の太ももに座って密着している。
「う・・・動くな、穂乃果」
運動したせいか熱を持った穂乃果の体。それが僕の全身を覆い尽くしてのぼせそう。
それに、お尻をぐりぐりと下腹部に押し付けるな。いろいろ危ない。
「で・・・出れそうにないのか?」
「ちょっと無理だよ・・・やだ。恥ずかしい」
僕と密着状態だと気付いたらしい穂乃果。熱がさらに高まった気がする。
「隼、体が熱いよ」
「穂乃果がだろ」
つか、目の前に穂乃果のうなじ。それから汗の匂い。これは・・・いろいろなものが刺激される・・・
危険危険。
「わ・・・私は何を見せられてるの・・・?」
僕と穂乃果を呆然と眺める新内。
こっちが聞きたいわ。




