第20話 幼馴染みと噂
「おはよう!隼!これ見て!」
月曜日の朝、穂乃果を迎えに行くと、玄関先で待っていた穂乃果が誇らしげに僕に通学鞄を見せつけてきた。
通学鞄の取手には、小さなウサギのぬいぐるみと、目つきの悪い猫のキャラクター。つまり、フェアリーランドで手に入れた、小さい僕がぶらさげられている。
「んんー?私がいないぞー?」
そう言いながら僕の通学鞄をじろじろ眺める。僕が買った小さい穂乃果を確認しようとしているんだろうが、残念ながら見えるところには何もつけていない。
「鞄につけようって約束したじゃん!」
眉尻を上げて責めるような穂乃果。
仕方がないので、鞄を開けて見せる。内ポケットにあわあわ顔の猫。
「ここにあるよ」
「こんなに隠す事無いのに」
「目立つ場所に付けてたら、僕らの噂に燃料投下するだけだからな」
ただでさえ付き合ってるんじゃないかって噂が消えないんだからな。その上お揃いのキーホルダーなんて、噂に信憑性を与えるだけだろう。
「ふーん」
少し不満そうな穂乃果。
「別に見せつけてやってもいいんだけどね。でも、二人だけの秘密が出来たみたいで、ちょっと嬉しいかな」
嬉しいんだ。確かに秘密の共有は特別な関係っぽいけど。それより、見せつけてやってもいいってどういう事だよ。付き合ってるって思われてもいいって事かよ。
僕の心を惑わせないでくれ。
そんな穂乃果は相変わらず腕を絡めてきて、さらに僕の心を惑わす。
先日の母親の言葉が思い出される。
『お前は昔から臆病だったからな』
くそっ、僕はこれからも臆病なままなのか。
そんな訳にはいかない。少しくらい——
僕は母親の言葉に背中を押されたつもりで、穂乃果が絡めてきた掌をとってを繋ぐ。指と指を絡めるように、いわゆる恋人繋ぎ。つまり、腕を絡めた状態で、指も絡めている。拒否されたら、それまでのつもりだったけど。
手汗をかきそう。
見ると、穂乃果は一瞬驚いたように目を見開いたが、次の瞬間には穏やかな表情で微笑んだ。絡めた指が熱い。
「これじゃあ本当の恋人同士みたいじゃん」
満更でもないように聞こえたのは、僕の気のせいだろうか。
昼休み。
「しょぱ!何でいつも卵焼きはしょっぱいんだろう?」
「味見してるのか?」
「何で?完成してるんだよ?」
当然のように言う穂乃果を眺めつつ、やたらとしょっぱくて死ぬほどうまい卵焼きを完食する。
「隼はよく食べれるね。血圧上がるよ」
そう思うなら塩分控えてくれ。穂乃果が作った弁当は何でもうまいから、どうしても食べちゃうんだよ。
「こっちのハンバーグは何で味がしないんだろう?」
「下味つけてないからだな」
今度は味が全くしないハンバーグ。卵焼きとバランスをとってるのか?だとすると親切だな。ハンバーグに卵焼きを乗せると、丁度いい塩味。
「料理って難しいよね」
でも頑張ってるもんな。僕だけのために弁当作ってくれてるもんな。『隼の心を繋ぎ止めておく作戦』だとは言え。
素直に感動しておこう。母親が言うには、何とも思ってない男にはそんな事はしないそうだし。
そして僕はこのまま幸せな時間を堪能しつつ、弁当を完食する。
と、
「ねえ、ちょっといい?」
幸せな時間を邪魔するのは誰だよ。
「姫ちゃん。どうしたの?」
新内姫花が厳しい顔で僕の幸せな時間に割り込んできた。
穂乃果の問いに答える事なく、僕の隣の席にどかっと座る。金髪のサイドテールと短いスカートがふわりと揺れる。
いやいや、穂乃果より短いんだから、危ないって。
とは言え穂乃果とは違って短いスカートに慣れているようで、さりげなく押さえている。
その短いスカートから伸びる、穂乃果よりも少しムチムチした太ももに目が行くのは、条件反射だから仕方ない。
「何か用か?」
バレそうになった浮気を誤魔化すように、慌てて視線を新内の顔に向ける。金髪で薄化粧で、目力の強いギャル。
「あのさ。変な噂聞いたんだけど」
「変な噂?」
僕は問いかえしながら、味はしないが死ぬほどうまいハンバーグを口に放り込む。
「付き合ってるって噂は前からだよね?」
しょっぱい卵焼きも、味のしないハンバーグも箸が進まず、白いご飯ばかり食べている穂乃果がそんな事を言ってくる。
「それはいいのよ。今更」
今更かい。
新内はそれだけ言うと、周囲を確認するように見回す。僕らの会話が聞こえる場所には誰もいない。
新内は少し顔を近づけてきて、少し頬を染めて声を潜める。
「あのさ、柊木君と穂乃果が、そ、その、ラブホテルに入って行ったって噂が・・・」
「なっ・・・」
「ああ」
言葉を失う僕と、あああれか、みたいな穂乃果。
この噂という奴が、実際の目撃情報に基づくものなのか、それとも火の無いところに煙がたった状態なのかは定かではないが、タイミング的に前者の可能性が高い気がする。
あのフェアリーランドの帰り。乗り過ごして取り残された小さな町にあったラブホテル。他に誰の姿も無かった気がするが。
「ほ、本当なの?だったらアレをしに——」
「いや待て。違うぞ新内」
想像力豊かにストーリーが展開されそうだったので、慌てて静止する。
「近くは行ったけど、入っていないぞ」
入る選択肢はあったが、実行には移されなかった。
ここで嘘をつく意味はあるまい。ここで根も葉もない噂だと切り捨ててしまってもいいが、もし目撃者がいたとなるとその嘘には後ろめたさが含まれてしまう。逆に何か隠していると思われてしまうだろう。
ならば正直に言った方がいいと思い、新内には先日の顛末を説明する。
というか、ここで『入ってアレした』なんて正直に言うやつはいるのか?そして、聞かされたとして新内はどうするつもりだったんだ?
ともかく新内は真面目な顔で僕の説明を聞いて、
「じゃあ、本当に入ってないって事ね?」
「そうだ。緊急事態で入る事も検討したが」
「そっか」
多少安心した模様。だが、
「でも、柊木君が連れ込もうとして、断られたとかじゃないの?」
「人聞きが悪いな。そんな訳がないだろ」
どちらかと言えば連れこもうとしていたのは穂乃果だったが。これは穂乃果の名誉の為に黙っていた方がいいだろう。
「柊木君がそのつもりで、ラブホテルの近くに連れてったとか。緊急事態を装って連れこもうとしたとか」
「無いって」
そもそも、付き合ってるって噂があるなら、それは責められるような行為なのか?
新内はさらに僕に顔を近づけてくる。穂乃果に聞こえないような小さな声で、
「柊木君にとって穂乃果は『遊び』でしかないって噂も流れてるの。その上で今回の噂でしょ?心配なのよ私は」
なんだそれ。今の所僕は穂乃果に片想いしてる状況なのに、噂界隈では僕は随分と女誑しらしい。
「そんな訳ないだろう。勝手な噂流すな」
「私じゃないわよ!そんな噂が流れてるの!」
「何の話?」
声を荒げた二人に、のんびりと穂乃果が口を挟む。
「穂乃果が柊木君に遊ばれてるんじゃないかって話」
「えー?」
多分よく分かってないぞ。穂乃果は。
「よく一緒に遊びにいくよね?」
だからそうじゃないんだよ。
新内は穂乃果の両肩を掴んで顔を覗き込む。
「ねえ、柊木君に体だけ求められて辛い思いしてない?ヤる事だけヤられて放っておかれてない?」
ひどい言われよう。
「んー?どういう意味?」
僕に聞くな。
「説明したくないね」
吐き気がしそうだ。
「だからそれが本当か嘘か分からないから、心配なんだよ。穂乃果は子供っぽいからさ。柊木君にいいように利用されてるんじゃないかって」
「噂を鵜呑みにするなよ。僕と穂乃果はどう言えばいか——清く正しい関係だぞ」
説明するのは難しいが、僕と穂乃果は何の汚れもない明鏡止水のような関係だ。今のところはな。付き合ってもいないし。
「ふーん」
新内は疑わしげな目を僕に見せる。何だか新内は先日から僕を敵視するような目をする。穂乃果を守ろうとするからかもしれないが、無関係に攻撃的になるのはやめてくれ。
「じゃあさ、それを証明してよ。穂乃果と清く正しく真面目に付き合ってるって」
「だから付き合ってないって」
「いいから」
なぜか僕の抗議を受け付けない。
「遊びじゃないなら出来るでしょ?それが証明できないなら、私は柊木君を認めない」
新内はそう言って穂乃果を抱きしめる。
つまり何だよそれ。遊びじゃないって証明はどうすればいいんだよ。証明しようが無いだろ。そもそも付き合ってすらいないのに。
「でもその噂って奴が——」
そう言ったところでチャイムが鳴る。昼休みが終わる合図。
その合図と同時に新内は立ち上がり、穂乃果も立ち上がらせる。
「じゃあ、帰りに答えを聞くから。せいぜい考えておいて」
言うと、新内は穂乃果を連れて自分の席に戻って行った。僕と反対側の廊下側。
穂乃果は何か言いたげに口をぱくぱくしていたが、諦めたように席についた。
何だよ。どうすればいいんだよ。




