第18話 幼馴染みの寝顔
駅前のファミレスで夕食を済ませた後、僕と穂乃果は電車に乗って、帰宅の途についた。
もう十九時を過ぎたというのにフェアリーランド近辺はまだ乗客が多く、僕らが座席に座る事が出来たのは一時間ほど揺られた後だった。最寄り駅まではまだ一時間近くかかる。
大きな乗り換え駅を過ぎてから車内は閑散としてきて、車輪がレールの継ぎ目を乗り越える音だけが響く。
車窓には夜景ゆっくりと流れている。
「ん。今日は疲れた。でも、ありがと」
穂乃果はそう言って身を寄せてくる。左腕から伝わってくる穂乃果の体温が心地いい。
「誕生日プレゼントだからね。喜んでもらえたかな?」
「うん。楽しかった。また来たいな」
遠くを見る穂乃果の瞳。楽しかった一日が終わってしまう、そんな寂しさをたたえた瞳。
いろいろあったが、僕も楽しかった。苦手な乗り物ばかりだったけど、そんな事よりも大好きな人と二人っきりで一日中いられたんだ。僕にとってもプレゼントだよ。
「今度は隼の誕生日に来ようよ。これを誕生日の恒例にしてもいいかもね。毎年のさ」
「お、いいね。じゃあ次は九月だね。ちゃんと覚えてろよ」
「忘れないって」
そう言って悪戯っぽく笑うと、
「じゃあ次来るまでに、これを無くさないでね」
猫のキャラクターのキーホルダーを掲げる穂乃果。それは小さい僕。
「わかってる。穂乃果だと思って可愛がるよ」
僕が持つのは小さい穂乃果。あっという間に愛着が湧いてしまった。
「えっちな事しちゃダメだよ?」
「するかっ!」
「ふふっ」
得意げに笑顔を浮かべる穂乃果だけれども、僕の誕生日である九月を迎えた時に僕と穂乃果の関係はどうなっているだろうか。このままなのか、少しでも進んでいるのか、それとも——。
その時に思いを馳せるのが怖い気がする。
穂乃果に誰か好きな人が出来て、僕の事なんて忘れてしまう事だって考えられる。
なんたって、今日は穂乃果が僕を男として意識していない事をこれでもかと思い知らされた。こうしてくっついてくるのだって、恋人同士のそれじゃない。『隼の心を繋ぎ止めておく作戦』もそうだが、どちらかと言うと女友達同士がくっついているのと同じような意味の気がする。
思えば親友である新内とよく抱きついたりくっついたりしているから、僕も親友と同列の存在なのかもしれない。
これがいつか変わる事があるのか。いつか僕を恋愛対象として見てもらえるのか。恋愛する可能性のある存在として見られるのか。スタートラインに立てるのか。
なかなか険しい道のりのような。
だから次の機会があったとしても、せめて変わらない関係でいたい。
僕の恋心がどうなったとしても、近くにいられればいい。そうすれば——
と、左肩に重さを感じる。
「すー」
見ると穂乃果が僕の左肩に頭を預けて眠っていた。寄り添うように、安心しきった寝顔で。
一日中遊んでたもんな。疲れたんだろう。
とは言え近いな。
ちょっとした間違いで頬と頬が触れてしまいそうなくらい顔が近い。そしてもうちょっとがんばれば間違って触れてしまいそうなほど、唇が近い。
ダメだな。この無防備さはいけない。
男に対して寝顔を見せるなど、無防備にもほどがある。この無防備なスキに良からぬ場所を触ったり、唇を奪おうなんていうけしからん男がいないとも限らない。
「・・・隼のえっちぃ・・・」
穂乃果の寝言。
いや、僕は不埒な事は考えてないぞ。
穂乃果にはこういう事もちゃんと教えておかないと。女子力だけじゃなく、警戒心も養っていかないと。これからいつ恋愛して、僕以外の男と外出するかもしれないし——
うわ。僕以外の男が穂乃果の隣にいる事を想像したら泣きそう。
でもそれが現実か。
ならば、僕は穂乃果が清く正しく安全な恋愛をするための練習台で構わない。
でも今日のところは——穂乃果の頭の温かさにつられたのか、少し眠い。
スマホで時間を確認すると、もう二十時十分。最寄り駅には二十一時過ぎには着くかな。あと一時間。
その間だけ、穂乃果と夢を共有したい。練習台にほんの少しの安らぎを。
誰に許可をとった訳でもないが、僕は穂乃果に頭を寄せて、目を閉じた。
『間もなく〜終点〜靴裏ヶ崎〜』
「はっ」
ほんの一瞬のはずだった。
今、終点って言わなかった?
窓の外は暗くてよく見えないが、知っている景色ではなさそう。
それに車両に乗っているのは僕と、未だに寝ている穂乃果だけ。少ないながらも存在していた乗客は、もう全員降りてしまったのか?
急にこの車両だけ別世界に飛ばされてしまったような、不思議な気持ちになる。
今の時間は——え?二十二時近いぞ。二時間近く寝てたのか?疲れ過ぎだろ。
「おい、穂乃果」
「んー」
肩ごと穂乃果を揺すると、僕の左肩に顔を擦り付ける。
ああ、可愛い可愛い。
いや、そうじゃなくて。
「んー。もう着いたの?」
穂乃果は言って、目を擦る。それから僕の左腕にしがみついて、また目を閉じる。
「待て待てって。起きろって」
「んー?」
開かない目でこちらを見る穂乃果。まだ起きてないな。
「着いたどころか、終点まで来ちゃったぞ。ここからまた帰らないと」
「んー。ダメだなぁ、隼は」
むにゃむにゃしながら言う穂乃果。ダメさ加減ではあなたも変わりませんよ?
そうやってバタバタしているうちに電車はホームへと滑り込む。上下線が対面にあるだけの、小さなホーム。
終点なので、降りないわけにもいかない。まだ半分夢の中の穂乃果の手を引いて、電車を降りる。終点なのに。僕ら以外に降りる乗客はいない。
「ほー。早く帰ろうよ、隼」
そう言って目の開かない穂乃果が左腕にしがみついて体重をかけてくる。いろいろ感じるからやめろ。
「ちょっと待て。えーと、帰りの電車は・・・」
幸い、反対方向へ行くホームは反対側なので、次の電車の時間を確認するのは簡単。
えーと、ああ、最寄り駅を十以上も通り過ぎたのか。今は二十二時一分だから帰るには——
「おい穂乃果」
「んー?」
「あのさ」
「うん」
「もう電車無い」
「そーなんだぁ」
「このままじゃ帰れない」
「ふーん。困ったねぇ」
「いや、いい加減に起きろよ」
いつまで寝ぼけてるつもりだ。ここから最寄りの駅までの電車がもう無いんだぞ。終電が二十一時五十五分って、田舎じゃないんだから。
「んー?何何?どうしたの?あー、痛い痛い」
寝ぼけている穂乃果の頬をひっぱってやると、ようやく目が覚めた模様。ようやく周囲を見回す。
「ここどこ?」
「乗り過ごして終点まで来ちゃったよ」
「へえ」
穂乃果は軽く返事をして、頭を巡らすように視線を上げる。何もない虚空を眺めて、
「それ、ヤバくない?」
「ヤバいかもな。電車が無いし」
これはさすがにマズいかもしれない。終電がこんなに早いとは思ってもみなかった。
「とりあえず外に出よう。タクシーとか出てるかもしれない」
ここから家までどのぐらいの距離かまだ確認していないが、タクシーがいれば帰る事は出来る。どれぐらいの距離でどれぐらいの運賃か——手持ちで足りればいいんだが。
そして改札を出て駅を出ると、
「何もない・・・」
「本当に綺麗に何もないね」
閑散とした駅前。駅前ロータリーどころではない。ちょっとした広場に毛のはえたスペースがあるだけで、タクシーのタの字もない。
そして、駅前は賑わってはおらず、空いている店らしきものもない。
「やっぱヤバいね、これ」
そう言いつつ、冷えるのか僕に身を寄せる穂乃果。その言葉とは裏腹に、どこか楽しげ。
「どうしようか・・・」
楽しげな穂乃果とは違って、僕は呆然と立ち尽くすしか出来なかった。




