第16話 幼馴染みの誕生日③
「次はあれだよ」
穂乃果が指差す物を見て背筋が寒くなる。
天にそびえる恐怖の塔。全員が椅子に縛り付けられた状態で、地上五階位の高さから自由落下させられる、あのお腹がくわっとなるヤツだ。
正直一番苦手なタイプだ。
速いスピードでレールを走る系はどうにかなるのだが、上下運動は良くない。人間の体はそんな感覚に耐えられるようには出来ていない(自論)。
その塔から響いてくる『きゃー』とか『ひー』とか言う悲鳴が、余計に僕の背筋を震わす。
せっかく慣れては来たのに、これは厳しいか。
「乗りたくないなぁ」
つい正直に言ってしまう。
「ダメ」
認められませんでした。
「今日はお姉ちゃんをおもてなしする日なんだから、ちゃんと私について来なさい。気持ち悪くなったら膝枕してあげるから」
だったらいいか。
自分の単純さ加減に呆れつつ、穂乃果に手を引かれて件の場所へ。
気がついた時には椅子に縛り付けられていて。
いろいろあったがよく覚えていなくて。
そして気がついた時には穂乃果の太ももの上で、穂乃果の顔を見上げている。
「これだけならいいんだけどな」
胸がぐるぐるする。でも、後頭部に感じる穂乃果の太ももの感触や、ちょっとお姉ちゃんぶって澄ましている穂乃果の顔を見ていると少し安心する。
これが体験したいがために、あんな苦手な乗り物に乗ったようなもの。
「情けないなぁ。弟は」
そう言いながら頭を撫でてくる。お姉ちゃんが弟をあやすような、子供をあやす母親のような。そう思うと母性を感じるような気がするのが不思議。
穂乃果の小さくて温かい手。気持ちいいな。眠い。
少し目を閉じると、穂乃果の優しい温もりに包まれている錯覚に陥る。周囲で語り合う恋人達の声や、子供達のはしゃぐ声が子守唄のようにも聞こえ、うとうとと眠りの淵へと誘われる。
気持ち悪さはどこかへ消えてしまった。
「あれ?本当に寝ちゃうの?襲われちゃうよ?」
楽しげに言う穂乃果の声。誰に襲われるんだろうか。穂乃果にかな?だったらいいか。
僕にとってはほんの一瞬だけ意識が途切れた。
「いい加減に起きなさーい」
声がする。いつもいつも耳にする、少し鼻にかかった安心感の塊のような声。そんな声に起こされても頭は覚醒しません。
「んー。もうちょっと・・・」
枕の感触は気持ちいいし、暖かな日差しにひんやりとした風も気持ちい。そして漂ってくる爽やかな匂いは、実家のような安心感を与えてくれる。
「ダメよー。まだまだ遊ぶんだから。お姉ちゃんをおもてなししないと」
そう言いながら頭を撫でて来たら、余計に起きたくなくなるよ。
「まだまだ寝てたい・・・」
「もう。隼って寝てる時は甘えん坊なんだから」
少し怒ったのかな?でも、そうやって怒らせて困らせたい気持ちもある。
「起きないと、チュウしちゃうよ?」
「してほしいな」
「ちょ、本気にしないでよっ!」
「してくれないなら起きない」
「そ、そんな事言って困らせないでよっ!」
そう言われ、膝をばたばたさせて強引に起こされる。
寝ぼけて少しぼーっとしながら、少し頬を染めて膨れ顔の穂乃果を見る。
「せっかく遊びに来てるのに、寝てるなんて勿体無いでしょ」
「そんなに寝てた?」
「五分位」
「全然寝てないじゃん」
「一分一秒も惜しいの!」
そう言って立ち上がった穂乃果に手を引かれ、立ち上がる。
ほんの五分とは言え、寝た事ですっきりした。気持ち悪さも微塵もないし、心身共に絶好調。
「んー」
大きく伸びをする。
そして隣で呆れたように見上げている穂乃果を見る。
「チュウはしてくれないの?」
「する訳無いでしょ!」
それは残念。
穂乃果は寝起きの僕を連れ、ギフトショップへ足を踏み入れる。
この園内外でいくつも見かけた、魔法使いの格好をした猫のキャラクター。ニャーホと言うらしいそのキャラクターが箱に描かれたお菓子や、ぬいぐるみ、マグカップのような日用品まで、所狭しとならんでいる。
混み合う店内。人をかき分けながら、穂乃果に手を引かれて奥へ進む。
「お土産は買うのかい?」
カラフルな包装紙に包まれたお菓子を流し見しながら、穂乃果に問いかける。
「そりゃあね。ママにもお小遣い貰ったし。あとは姫ちゃんとか美潮ちゃんとか——」
「結構いるんだな」
「隼はいないの?」
「母親に聞いたら『いらん』って言われた」
「佳代子ママらしい」
「『土産に現を抜かすくらいなら、穂乃果を楽しませる事に集中しろ』だってさ」
「ふふふ。楽しませて貰ってますよ」
そう思ってもらえているなら一安心。
「でもちょっと連れまわし過ぎたからね。だから休憩がてらこうやってお土産見にきたの」
一応気遣ってくれてるのか。まあ、膝枕で寝ちゃったくらいだしな。でもあれは、膝枕が気持ち良すぎるからいけないと思うんだけど。
「まだ見るだけね。荷物になるから。まだまだアトラクションは残ってるんだよ?」
「まだ乗るの?」
「乗るよ。でも、もう絶叫系はそんなに残ってないと思うから、隼も大丈夫だと思うよ」
「だといいんだけど」
ため息をつく。そうは言っても、僕は穂乃果に従うだけだ。誕生日のお姉ちゃんを楽しませるためにね。
「あ、隼、これ」
諦めと言うか覚悟と言うか、そんな物が胸を去来する中、穂乃果がアクセサリー売り場の一角で足を止める。
見ると、例の猫のキャラクターのキーホルダー。同じようで微妙に違う小さな人形が大量にぶら下がっている。
「んー?全部表情がちょっとずつ違うね」
「本当だ!あー、これちょっと目つき悪いから隼みたい」
目つき悪いってやめろよ。
「じゃあこっちであわあわしてるのは穂乃果だな」
「えー?私こんな顔する?」
「してるしてる。そっくりだよ」
「こんな泣き顔みたいなの?」
「うん。ほら、小学校の時にプールで水着忘れた時こんな顔してたよ」
「もー。随分前の事じゃない」
頬を膨らませる穂乃果。そうか、こっちの膨れ顔の猫もそっくりだな。
「じゃあさ、二人でお揃いで買おうよ。私が隼を買うから、隼は私を買って」
「この情けない顔買うの?」
「それはもう私なんだから、悪口言わないの」
なんだかんだ言いつつ、一つずつ買う事になった。値段もそんなにしないし、思い出だし。そしてこれが穂乃果なんだと思って見ると、あわあわ顔が不思議と愛おしい。
「鞄に付けようね」
穂乃果はそう言って笑うが、お揃いのキーホルダーを鞄に付けるなんて、どんな匂わせだよ。揶揄われる材料になるだけだぞ。
でも同じ物を持っているっていう特別感も捨て難いんだよな。
見えない所にこっそり付けるか。
「うーん。隼可愛い」
小さな僕を持ち上げて満足そうに笑う穂乃果を横目に見ながら、ギフトショップを後にした。
たまには本人に言ってくれてもいいんですよ?




