第15話 幼馴染みの誕生日②
午前九時二十分。開園時間を少し過ぎた頃、僕と穂乃果はフェアリーランドに到着した。到着して早々、
「人が多いな」
「やっぱり人気があるね」
最寄りの駅からフェアリーランドの入り口まで、びっしりと人で溢れている。開園時間を過ぎたばかりだからか、人の流れがまだ停滞しているようだ。周りの人に合わせて一歩一歩牛歩戦術のようにじわりじわりと入り口に近づいていく。
周囲の人の様子を眺めると、半分以上がカップル。あとは家族連れに、女の子同士のグループ。
僕たちもカップルに見えるのかなと思いつつ、穂乃果に視線を移す。
「あ!今日から新しいイベントが始まるんだ!だから余計に人が多いんだね」
僕の視線に気づいた様子のない穂乃果。駅に貼られたポスターを指差しそんな事を言う。僕の思いに気づいた様子はない。
「穂乃果、はぐれるなよ」
はぐれたとしても連絡手段はあるが、はぐれないに越した事はない。小柄で人に紛れやすいお姉ちゃんに声をかける。
「うん」
穂乃果は言うと、僕の左腕をぎゅっと胸に抱き抱える。
・・・
人混みも悪くない。
しみじみ思いながらフェアリーランドに近づくにつれ、だんだんと周囲の雰囲気が変わっていく。現実世界から夢の世界へ行く途中はこんな感じか。
所々に魔法使いのとんがり帽子を被った猫のキャラクターの姿が見え始める。ここのメインキャラクターの——何て言ったかな?
そしてきっちりと手入れされた花壇の間を抜け、はぐれないようにしっかりとお互いを確認しつつ、夢の国へと入場する。
「わぁ〜」
そこはもう別世界。
パステルカラーの可愛らしい建物や、コミカルな自動車、モフモフしたキャラクターが僕たちをで迎える。
そして真正面には、中世の城をイメージした巨大な建造物。
現実世界からは切り離された、特別な世界。
人の多さも喧騒も何も気にならない。穂乃果と二人で不思議な国に迷い込んだような感覚に、ガラにもなくワクワクする。
穂乃果が僕の手を引く。
「ほら行くよ!まだまだ始まったばかりなんだから!」
この輝く笑顔があれば、僕は何でも出来そうだ。
かくして立て続けに三つのアトラクションを味わった僕と穂乃果。開園したばかりだったからかさほど待たされずに乗れたのは良かったが、僕は一つ忘れていた事があった。
遊園地に来る機会はそんなに無かったし、あったとしても斜に構えてアトラクションに乗る事が少なかったから失念していたのだが、
「あー。気持ち悪い」
僕は絶叫系の乗り物が苦手だった。
「隼、まだ苦手だったんだ」
ベンチに倒れ込むようの座る僕の隣で穂乃果がコロコロ笑う。穂乃果は覚えてたのか。
そう言や、以前に来た時も一人でぐったりしていて穂乃果に揶揄われてたような記憶がある。
「そーだなー・・・あんまり乗らないから忘れてた」
一箇所目はまだ大丈夫で、二箇所目もどうにか我慢出来たが、三箇所目に限界を迎え、こうしてぐったりしている。
穂乃果の誕生日で、穂乃果をどうにか楽しませなければならないのに、なんて情けない。
どうにか我慢して——って言ってると余計に穂乃果に迷惑をかけそうだ。
「ごめん。ちょっと休ませて」
「顔色悪いよ」
穂乃果の言葉は心配しているようだけど、からかっているようでもある。だが、こうして一人ぐったりしているのは申し訳ないとしか思えない。せっかくの誕生日なのに。
「ちょっと休めば大丈夫だから。多分」
穂乃果は全てのアトラクションに乗るつもりなのだ。僕の事で時間を無駄にしている場合ではない。
ではあるのだが、すぐには動けない。
「んもう。仕方ないなぁ」
穂乃果は言いつつも少し笑顔で、
「じゃあ、いいよ。お姉ちゃんが膝枕してあげるよ」
と言いつつ太ももをぱんぱん叩く。
マジか。
いいのか。
その太ももに頭を乗せていいのか。何だその魅惑的な誘惑は。
ちょっと恥ずかしそうにしてるのが尚更可愛いじゃないか。
「・・・いいのか?」
正直、断る理由なんて無い。
「いいよ。誕生日だし」
その理由はよく分からないが——ここは、お姉ちゃんに甘えておくべきか。こんな機会再びあるとは限らないしな。
そうか。じゃあ。
「えっと・・・お邪魔します」
「ど、どうぞ」
ゆっくりと穂乃果の太ももに頭を乗せる。
デニム越しに柔らかいながらも弾力のある穂乃果の太もも。程よい感触で、程よい暖かさで、程よく頭を跳ね返す。
・・・控えめに言って最高。こんな枕があったら全財産叩いて買う。他の誰にも味合わせたくないから、買い占める。誰も見てなかったら頬擦りしたい。
そして太ももから見上げる穂乃果の顔。大きく視界を遮る物がないから、はっきりと確認する事の出来る穂乃果の顔。こんな角度なのに可愛い。いや、こんな角度だからこそ可愛い。いや、どんな角度でも可愛い。
目が離せない。
「もう・・・あんまり見ないでよ・・・」
恥ずかしそうに視線を逸らす穂乃果もまた可愛い。
気付けばさっきまであんなに胸を支配していた気持ち悪さがすっかり消え失せ、ただただ満たされた幸福感に支配される。
こんな幸せがあるのか。
「なあ、穂乃果。このまま寝ていい?」
このまま寝たら来世まで起きないだろうな。それでもいい。
「ダメ。まだアトラクション残ってるでしょ?」
穂乃果は僕を寝かせてくれないらしい。でも、この太ももさえあれば僕はどんなアトラクションでも耐える事が出来るに違いない。
すっかり回復してお昼。
あれからいくつかのアトラクションに乗ったのだが、まだ得意とは言えないものの、気持ち悪さをあまり感じる事なく楽しむ事が出来た。
これならばあまり激しい物でなければ耐え切れるのではないか。
そうなると膝枕を堪能する事が出来なくなるのでちょっと複雑。
とは言えハンバーガーを味わう位には回復した。
「あとは何乗ろうか」
ハンバーガーのソースを口元につけた穂乃果がにこやかに言う。
アトラクションはまだまだ残っている。
「そうだなぁ。そろそろもうちょっと穏やかなのがいいな」
世話の焼けるお姉ちゃんの口元を拭ってあげつつ、そんな提案をする。激しいのにも少し慣れて来たものの、そろそろ一休みが欲しい。
「んー。しょうがないなぁ」
そう言ってやって来たのは、ボートにゆったり乗って人形達のダンスを眺める、優雅なアトラクション。激しくないから気持ち悪くならないし、二人でのんびりとした時間を過ごせる。
「これも悪くないね」
十人乗り位のボートで、周りのカップルの真似をしたのか僕の左腕にしがみつく穂乃果が穏やかな笑顔を見せる。
いや、悪く無いどころか最高です。




