第12話 幼馴染みは調子に乗る
僕も穂乃果も子供の頃から毎日のように遊んだ、中央公園。周囲は住宅街という事もあり、もう十九時を過ぎた園内では、遊んでいる子供も黄昏ているサラリーマンもいない。
念の為二人で公園の入り口から中を覗き込む。少しおかしな人や、隠れてちちくりあう恋人達がいないとも限らない。昼間の賑やかさが嘘のように静まり返った、憩いの場。
「誰もいないな」
「いないみたい」
人気のない事を確認し、僕と穂乃果は公園に足を踏み入れる。
「ちょっと寒いね」
スウェット姿の穂乃果が、僕の腕を掴んでくる。
「うん・・・」
制服姿とは違う感触に、僕の心は跳ね上がる。柔らかな生地の奥に感じる更に柔らかな——
いやいやダメだ。そっちを意識するな。いくら控えめとは言え、ちゃんとそれは感じ取れるんだぞ。
遊びに来た訳でもデートに来た訳でも、秘密の逢瀬をしに来た訳でもないんだ。それでも、薄暗い公園というのは僕の煩悩を刺激する。
「・・・こんな暗がりに連れ込んで、何するつもり?」
不安そうな目でまっすぐ見るな。
「そういう冗談はやめろ」
志穂さんみたいな揶揄い方するな。
「ブラして来るの忘れた・・・」
何で忘れるんだよ。
て事は生地の奥に感じるのは・・・
いや、やめろって。これ以上僕の煩悩と理性を刺激するな。僕が穂乃果の事が好きだって覚えてないのか?僕の理性にも限界ってもんがあるんだぞ。
『隼の心を繋ぎ止めておく作戦』によってさんざん刺激されまくっているのに、これ以上防御力を削るような行為はやめてくれ。
あー、もう。
どうやっても伝わってくる腕からの感触やら、煩悩やらを無理矢理頭の隅に追いやって、時計塔に向けて足を進める。
『異次元機動人型兵器ローレライ、転送』
手にした端末から声がする。
その声が合図であるかのように、暗闇色の空から一筋の赤い光が時計塔の後ろに落ちてくる。それから、水に絵の具を落としたように薄らと空間に赤い色が広がり、僕たちの現在地が時空から切り離される。
そしてその赤い色で辺りが包まれた頃、目の前には白いロボットの姿があった。
月明かりに赤いバイザーがきらりと光る。
『パイロット搭乗コード』
ハルの声。プログラムを読み上げるような、無感情に言葉を並べただけのような台詞。
その瞬間、視界が砂嵐のように乱れ、その一瞬後にはあのコクピットの中の、シートに収まっていた。さっきまでくっついていた穂乃果も、どういう訳か引き離されて隣のシートに。
「相変わらず無理矢理だな」
「腕組んでたのに引き離されるって、何か嫌だね」
「かと言って同じシートに詰め込まれるのも嫌だろう」
シートの周りをコンソールが囲んでいるので、二人で詰め込まれると窮屈になって密着してしまう。
それも悪くないと思ってしまったのは内緒だ。
一度経験したからか、穂乃果の動きが以前より断然スムーズな事に驚いた。
「穂乃果、うまくなったか?」
ADMに攻撃を加えつつ、感嘆の声を漏らす。うまくなったとは言え、どうしてもワンテンポずれてはいるのだが、僕がどうにかフォローすれば問題のないレベルに仕上がっている。
「でしょでしょ!私こっそり自主練してるんだよ!」
「自主練?」
こっそりローレライに乗ってるのか?
穂乃果はスティックを操作しつつ、
「『3Dファイター』で毎日練習してるんだよ!」
『3Dファイター』二世代くらい前のテレビゲームで、ポリゴンで描かれたキャラクターを操作して戦う、いわゆる格闘ゲームだ。
穂乃果の父親である一郎さんが好きだったらしく、小学生の頃はよく穂乃果と一緒に遊んだものだった。
ちなみに、僕は穂乃果に負けた記憶はない。
とにかく攻撃を連打して、防御を忘れるという穂乃果の癖を見抜いた僕は、負けた事は無かったはずだ。
穂乃果の行動パターンを考えるとそれが練習になっているのかどうかは甚だ疑問だが、動きが良くなっているというのならばそういう事にしておこう。
うまくいっていい気になっている穂乃果のやる気を削ぐ必要はない。
ここは調子に乗せておいた方がよさそうだ。
「そうだったんだ。前とは全然スムーズさが違うな!」
『その通りです。ADMの捕捉能力や判断力に明らかな違いが見られます。これだけ無駄が少なければ削除も難なく行えるでしょう』
ハルも僕の意見んい同意する。これは本当にそう思っているのか、僕と同様に穂乃果を持ち上げようと考えているのかは分からないが。
「そうだよな。これだけうまくやれれば、効率も爆上がりってもんだよ」
『この先期待出来ますね』
「やっぱり穂乃果は凄いよな。やる気になれば何でも出来るんだから」
『そうですね。私も和泉穂乃果サンをみくびっておりました』
「そうでしょ!努力の賜ね!」
見るからに調子に乗る穂乃果。その小さい鼻がどんどん上へ向いていっているように見える。得意げな澄まし顔も、独特の愛らしさがあるので僕は好きだ。
そうして調子に乗れば乗るほど、ミスが増えるのも穂乃果の特徴。それでもその前向きな気持ちはそのミスを帳消しにするような効果がある。
落ち込んだり戸惑ったりすると、判断力も悪くなる上にミスも増えるからな。
そんな調子乗り穂乃果のおかげか、以前とは違って戸惑う事なくADMの生体反応は停止した。つまりは死んだ。
「私にかかればこんなもんよ!」
公園の芝生に倒れたADMを見下ろしながら、穂乃果が狭いコクピットで右拳を上げる。
おー。凄い凄い。
『では柊木隼サン』
絶好調の穂乃果を横に、目の前に浮かぶデバイスがぐしゃっと銃の形に変わる。
「あー。マーメイド・エフェクトね」
最後の仕上げか。こればっかりは穂乃果の手助けは必要ないな。
銃を手にする。僕の動きに同調するように、ローレライも銃を手にする。
『お願いします。コクハクによる内包型デルタエネルギーの解放を』
ん?
「なあ、毎回告白ってするもんなのか?気持ちは知られてる訳だろ?」
『勿論毎回言葉にしてもらう必要があります。抑圧された内包型デルタエネルギーを言葉によって解放するシステムですから。言葉にしないと意味がありません』
「いや、一回で良くないか?録音しとくとか、その時の周波数を再現するようなシステムがあったりとかしないのか?」
『ありません。録音されたものはただの記録に過ぎません。内包型デルタエネルギーに作用するはずがありません』
「そうか・・・」
て言う事は、こんな届きもしない気持ちを毎回言葉にしないといけないのか。近くて遠い、今はすぐ隣で何やら得意げに口上を述べている穂乃果に。
いや、今のうちならどさくさに紛れてさらっと流されるかも。
僕は引き金に指を置く。
「なあ、穂乃果」
「はいはーい。私に任せてっ!」
「大好きだから」
「・・・」
引き金を引くと、ローレライの持つ銃からオレンジ色の光がADMみ向けて放たれ、ADMのその体を溶かしていった。
静寂に包まれる公園。
「ううう・・・不意打ちはずるいよ・・・」
顔を押さえて真っ赤になる穂乃果。さっきまでの調子に乗っていた姿はどこへやら。
でもよく考えてみるとわざわざ穂乃果に向けて言う必要もなかったのか。虚空に向かって誰の事が好きか言えば良かっただけか。
本気の告白みたいで恥ずかしい。何かキザだったし。
思い出すと顔に血液が集まってくる。
『やはり、強いエネルギーです』
満足そうなハル。
ADMが完全に消去され、公園内に人が居ない事を確認すると、程なくして恥ずかしがる二人は公園の真ん中に放り出される。
「・・・」
「・・・」
帰りが少し気まずくて、一言も会話する事なく家の前で別れた。
これを毎回やるのか?僕の心は保つのだろうか。




