第11話 幼馴染みとケーキ
和やかに始まる和泉家での夕食。
答え合わせのように出された唐揚げは、穂乃果が作ったそれより段違いに美味しかったが、味覚を除くと穂乃果の唐揚げに軍配が上がった。
やはり味覚以外のスパイスが強い。
それから食後にデザートで出されたケーキを楽しんでいる。
出されたのはごくごく一般的な苺の乗ったショートケーキ。駅前にある地元で評判のケーキ屋さんのものだ。
「私あそこのケーキ大好き!」
フォークを手にうっとしりしている穂乃果。昔から誕生日とかクリスマスのケーキはいつもあそこだったしな。
そんな記念日には大抵一緒にいるな。不思議なもんだ。
そう物思いに耽りながら手にしたフォークをケーキに伸ばす。するとふいに横から伸びてきたフォークが僕のケーキの上に鎮座していた苺を確実に捕らえる。
え?
反応出来ないままでいると、その赤い果実はケーキから引き離され、あっと言う間に穂乃果の口の中に消えた。
おい。
「えへっ」
他人の苺を横取りしてご満悦な穂乃果。
ちょっと待てよ。そのドヤ顔はものすごく可愛いが、それとこれとは話が違う。楽しみにしていたたった一つの宝玉を奪われたままでは気持ちが治らない。
「代わりにそっちをよこせ!」
穂乃果のケーキにこれみよがしに乗っている苺に向けてフォークを放つ。狙いは違わない。
「甘い!」
穂乃果は自分のフォークでガード。フォーク同士が絡み合い、火花が散る。
「ならばこうだ!」
僕は左手をケーキ皿に伸ばす。皿ごと交換してしまおうという手だ。
「そうはいかない!」
穂乃果は手早く自分のケーキ皿に手を伸ばすと、テーブルの向こう側に避難させる。僕からは穂乃果を挟んで向こう側。
だがそこはまだ安全地帯ではない。
右手に持つフォークではガード出来ない位置だ。
穂乃果に覆い被さるように手を伸ばせばまだ届く。僕は手を伸ばし——
思いの外近くなった穂乃果の顔に動揺。恋心が顔を出してきたせいで狙いが外れてしまう。
カチン。
僕のフォークはケーキ皿に直撃。近距離の穂乃果のにやけ顔が思った以上に可愛くてまた動揺。
その動揺を見た穂乃果。僕が穂乃果のケーキに気を取られている間に、穂乃果のフォークが僕のケーキ本体を捉える。
しまった!
・・・半分持っていかれた。
穂乃果の口の中に消えるケーキをただ眺めている事しか出来なかった。
「へへっ。美味し」
口元にクリームをつけた穂乃果の勝利宣言。
僕は椅子に座り直し、真っ二つになって彩の無くなったケーキを呆然と眺める。
「ほ・・・穂乃果・・・」
ショートケーキの苺どころか、本体も半分奪われるという鬼畜の所業。許すまじ、穂乃果。
そんな穂乃果は自分のフォークに苺を刺して、勝鬨をあげている。わざわざ僕に見えるように、高く掲げて。
恨めしい視線を送ってやる。どうせなら落としてしまえ。
「んもう。しょうがないなぁ」
何がしょうがないだ。そんな表情をしたって許してやらないぞ。勉強も教えてやらないし、忘れ物も貸してやらない。朝学校に行く時、準備の終わらない穂乃果を待っててやらないからな。
僕が恨み節を頭の中で並べていると、唐突に目の前に赤い塊。
口の中に押し込まれる。
甘くて酸っぱい、芳醇な果汁が口の中に広がる。
「・・・」
穂乃果が苺に刺していたフォークを僕の口から引き抜く。
「これでおあいこでしょ?」
にっとする穂乃果。
「二人はやっぱり仲がいいのね。期待できそう」
志穂さんは腹を抱えて笑っている。
僕の人生で一番甘酸っぱい苺だった。
おあいこどころかお釣りも貰ったような気分だ。
食べかけのようなケーキを口に運ぶが、胸がいっぱい。
ちらりと穂乃果の方を見ると、嬉しそうにケーキを食べている。穂乃果の口に入り、その後僕の口にも入ったフォークで。
つまりは間接キスだが、穂乃果は全く気にする様子がない。動揺も躊躇もなく、フォークを口にしている。
昔からこんな事は繰り返しているので今更気にはしないが、穂乃果は意識していない事を再確認してしまう。
一口だけ食べたケーキを眺める。
「穂乃果、これ食べるか?」
嬉しそうに食べる穂乃果を見てそう切り出す。
「え!?いいの!?全然食べてないじゃん」
目を丸くする穂乃果。そりゃあ、半分は穂乃果が食べたんだしな。
「いいよ。穂乃果が食べたそうだし」
「ねぇ・・・私が食べちゃったから怒ってる?」
不安そうな顔をするな。不安そうな顔をするなら最初からするな。
「そんな事はないよ。穂乃果の方がおいしそうに食べるし」
「そう?」
申し訳なさそうな顔をする穂乃果。そんな顔をしつつももらうつもりのようだ。
「じゃ、あー」
大きく口を開ける。
「どうした?」
「ほらほら。あー」
食べさせろって言うのか?この、さっき僕が口にしたフォークでか?
フォークを握った手に汗が浮かぶ。
「早く早くー」
急かす穂乃果。僕が固まっっているのが分かってるのか?これも『シュンの心を繋ぎ止めておく作戦』の一環か?
「へぇー、攻めるねぇ穂乃果」
関心しながら紅茶を飲んでいる志穂さん。せめて志穂さんには見られたくないんですが。
とは言えやらないと終わりそうにないので、フォークでケーキを突き刺す。半分近く残ったケーキをそのまま持ち上げる。
「あー」
穂乃果は口を開けて待っている。
意を決してケーキを穂乃果の口に入れる。
「あぐああぐぐ」
さすがに大きかったか。
「じゃあ、お邪魔虫は消えるねー」
志穂さんはそう言いながらキッチンに向かう。後片付けをするらしい。
「穂乃果、なんであんな事したんだよ」
「あんな事って?」
「あーんとか、ああいう事」
「いいじゃん」
まさかあまり意味がなかったのか?。『隼の心を繋ぎ止める作戦』はあまり関係ないのか。だとするとなおさら恐ろしい。
作戦関係なく僕の心は離れそうにないじゃないか。
「志穂さんがまた誤解するじゃないか」
誤解じゃないのか?期待なのか?
「えー、大丈夫だよ」
どう大丈夫なんだ。
まあ、穂乃果がそう言うならいいか。もう面倒くさくなってきた。
諦めに近い気持ちでため息をついていると、
ピニョニョニョニョニョ。
気持ち悪い音が響く。
スマホの着信音でもなくテレビの音でもない。
僕は穂乃果と顔を見合わせると、音の出所を探す。
「何だ?これ」
「リモコンかな?」
リモコンに耳を当てる穂乃果。リモコンから音はしないだろ。
ともかく、このリビングにはそんな音が出そうな物はない。
「隼のズボンのポケットじゃない?」
「手を突っ込むなよ!」
変なところ触ったらどうする!
そうは言っても僕の持っている物から音が発している可能性も否定出来ない。
僕が持っている物と言えば、スマートフォンぐらい。あとあるとすればは椅子にかけた上着のポケットに——
ああ、そうか。
「こいつ持ってたんだった」
手のひらサイズの薄緑色の端末。ハルピュリア・デバイス。それが、表面に幾何学模様を走らせながら妙な音を発している。
僕は穂乃果の顔をちらりと見ると、その端末を叩く。
『柊木隼サン。ADMの転送前兆シグナルが確認されました。ローレライを転送します。然るべき場所へ向かって下さい』
無感情で無機質な中性的な電子音声。
急な話。はっきり言って忘れてた。
「然るべき場所ってどこだよ」
『あまり人目につかない場所がいいと思いますので、昨日の公園など如何でしょう』
僕とハルが会話している間に、穂乃果は自分の部屋に戻ってもう一つのデバイスを持って戻ってくる。
「じゃあ公園に行けばいいのね?」
『そうです。和泉穂乃果サン。出来れば急いでいただきたいです』
無理矢理役割を背負わせたくせに相変わらず勝手な事を言って急かすハル。
とは言え文句を言ってもどうしようもない。
「しょうがない。行くか」
重い腰を上げる。
「行こ行こ」
「あれ?どこか行くの?」
キッチンから顔を出した志穂さんが玄関に向かう僕と穂乃果に声をかける。
「えっと・・・」
「二人でコンビニ行ってくるから!」
「あ、そう?ふふっ。ごゆっくり・・・」
口元に手を当てて笑う志穂さん。
何か勘違いされているような気がしないでもないが、とにかく僕と穂乃果は玄関から飛び出した。




