その後の神殿 〜マリアver.17〜
『現場』は、いかにもミランダ様向きだな、って感じだった。
神殿長は筆頭公爵家長女のミランダ様に過酷な任務は振らない。瘴気はあるけど、それだけ。息が詰まりそうとかってレベルじゃない。
はっきりと『楽な現場』だ。第二王子は派手に驚いてたけど、鼻で笑うわ。王都からちょっとでも離れればこんな光景ザラだよって。
わたしは実家のガストン領を思い出してた。商会で稼いだお金を瘴気の浄化につぎ込めるわたしの領はまだマシな方だって、聖女になってから知った。この世に地獄が存在するならきっとこんなふうだろうって風景を、遠方に回されれば嫌でも見せつけられる。そして、いくらお金を積んでも神殿が必要だって判断しなければ地方には浄化役の聖女を寄越してくれない、っていう大人の事情も知った。だから、わたしの領にもこのぐらいの瘴気の吹き溜まりみたいな場所はある。
わたしは現場を見て、改めて思った。
この程度のチャチな瘴気溜まりに投入する戦力と違うよな、って。
第二王子のリクエストで『現場』仕様の戦闘員はもちろんだけど、王宮騎士団・魔術師団・近衛騎士団、プラスわたし達聖女の護衛の神殿騎士団……何コレ? 戦争でもすんの?? 乗ってきた馬車馬のスペース確保だけでも瘴気溜まりよりも多くない??? その上、馬車そのもののスペースと、莫大な人員のポジション取りと……ってナメとんのか! ってツッコミ待ちなのコレは????
って、声に出しちゃってたんだろう。ファティマ様が苦笑して、人差し指を唇に当てて、お静かに、のポーズ。いつも思うけどこの人、こういうコケティッシュな仕草がかわいいなぁ(語彙力)。
「マリア様のご意見には同意致しますが、第二王子……っと、例の方のお耳に入っては大変です。マリア様、お腹が減ってらっしゃるのではなくて? 空腹ですと、少々のことでもイライラしてしまいますものね」
って、ファティマ様がうふふ、と笑って、こっそり薬膳クッキーをくれた。コレ少々のことじゃないでしょ、ってツッコミつつ、クッキーはありがたくいただいた。薬膳クッキーは薬膳だけどハーブティーほど強烈なパンチはない。っていうか、フツーにおいしいクッキーだ。
ファティマ様は、最早ファティマ様の抱きつきオバケみたいになってるセシルにもクッキーを与えてなだめてた。内緒でこっそりですよ、なんて言いながら。
「いつも思うんですけど、ファティマ印のそのクッキー、一体いくつあるんですか?」
最早現場の戦闘員のご褒美と化したファティマ様のクッキー欲しさに芸をする犬みたいになってるメンツをわたしは複数知ってる。実はわたしもそのひとりだったりするけど、それはわたしだけが知ってればいいこと……って本人以外にはバレてるけどね! 何しろファティマ教筆頭信者だしね、わたしは!! 合言葉は、神様よりもファティマ様‼︎! ……神と神殿に全力で喧嘩売ってるって? 大丈夫、ドサ回りの戦闘員は大体そんなだ。
「あらあらうふふ、ファティマ印とはまた光栄な! 私ブレンドがブランドに昇格致しましたか! ……先程の質問のお答えですが、『現場』に赴く際には、参加予定人数プラスアルファ分は支度して参りますの。何があるかわからないでしょう、『現場』では」
今日は予定より大分人数が増えてしまいましたから総員にお配りする程はございませんけど、ですからお二方とも他の方達にはご内密にお願い致しますね、とか軽く言ってるファティマ様。昨日ってでも、わたしと一緒で早朝から深夜までフルでお努めだったよね? 祈りの塔前で、ではお休みなさいませ良い夢を、って解散してからクッキー焼いたの? わたしなんかあの後、寝る以外の行動不可だったのに??
「そんなに驚かれることでも。私、今日はどのみち『現場』の予定でしたから。マリア様は今日、安息日でしたのに。こんな形で潰れてしまってお気の毒に」
「ホントですよ。昨日、怒涛のお努め何とか乗り切れたのは、明日が安息日だパワーがあったからこそですよ!」
「しっ、お静かにマリア様。お声が大きくてよ?
お気持ちは重々お察し致しますが、……あらセシル、もう食べちゃったのね。もう1枚欲しい?」
セシルが控えめにファティマ様の聖女服の上着の裾を引いてアピールしてたのに気づいて、ファティマ様が言った。セシルはまだ涙目のままで、ファティマ様から離れようとしない。セシルがファティマ様を見上げてこくこく頷いて、でも抱きつきオバケと化したセシルのお手々はファティマ様の上着の裾をつかんだままで。
「あらあらセシルは甘えたさんですね。けれど先程はごついおじちゃん……コホン、王宮騎士団の方達に誉められる程に良い子にしてたのですものね。神様とてこのくらいのご褒美はお目溢し下さるでしょう。皆様には内緒で、こっそりですよ。
さ、セシル、お口を開けて。あーんですよ、あーん」
……セシル、ファティマ様に手ずからあーんして食べさせてもらってた。ご褒美クッキー、あーんって。
「何か、小動物の餌付け的な絵面だよな……」
「可愛い……癒し……和むわー……」
「いかん、何やら百合の花の幻影が……」
「セシル様裏山そこ変われ!」
内緒も何も周囲の戦闘員ガン見しとるで、とは知らせないでおこう。現場の空気と違うで、とも言わない。こっちに気づいてる現場戦闘員はほぼファティマ教信者だし、他のエラソーな人達は皆、第二王子と『貴族聖女隊』にかかり切りだし構わない。後半、ちょっと不穏な囁きが聞こえた気がするけど……中にはあからさまに羨ましげな視線飛ばして鼻息荒くしてるのも何人かいたけど、わたしは海のように広い心で彼らを赦し、聞かなかったことにしてあげた。
ドサ回り要員にだって癒しは必要だ。そして、セシル裏山以下略には全力で同意だから。セシルが勝ち誇ったみたいなドヤ顔キメてる……のも多分気のせい。気のせい……だよね? 待って、ファティマ教信者の最大の敵って、神様じゃなくって、セシルだったりする⁉︎




