魂鏡八三、追撃戦待ち伏せ
スピードを上げるトラックと、それを追う義己と燈里。
大通りに出られたら、追いつけなくなるかもしれない、と燈里は足に力を込める。
義己を早く正気に戻したいという想いはあるが、トラックを逃がす訳にもいかない。
義己を追い越し、トラックの前に出ようとするが、もう少しで大通りというところで、目の前に大量の人影が見える。
「ヤバッ! なんかデモとかあったっけ……」
燈里はさらに足の回転を早める。
だが、そこにいたのは。
「さあ、我が使徒たちよ!
顕現せよ!
そして、我が神、瓜生様の願いに応えるのです!」
薄暗い地下の一角、壁に天使の絵を描く怪人。
その怪人自体も油絵の具を固めたような姿をしている。
描く天使もどこか歪で、天使を模しているのに空虚な雰囲気が漂う。
「おお、我が壮麗なる天使たちよ!
神の尖兵としての使命を全うせよ!
同志バフォメットと同志テスカトリポカを救うのです!
勇器来臨【断罪の天使たち《バニッシュメント》】」
描かれた天使たちが浮き出て歩き出す。
描けば描いただけ、次々と出てくる。
怪人は両手を使って、壁に自身の絵の具をぶちまける様に創作に没頭するのだった。
トラックが人影に驚いたように急ブレーキを踏んだ。
道を埋め尽くすように、歪な天使たちがひしめき合っている。
「構わん、このまま突っ込め!」
いち早く気付いた水野少佐が指示を出したが、トラックを運転していた自衛隊員は躊躇した。
「しかし……」
「良く見ろ!
アレが人か? 『ムーンディスク』保持者の能力だ! いいから、突っ込め!」
一瞬踏まれたブレーキは、更なる加速に書き換えられる。
しかし、水野少佐は見誤っていたのだ。
天使たちが『ムーンディスク』保持者の能力によって作られた物であるならば、魔凱などと同じ音を固めた物質であることを疑うべきだった。
フルスロットルのトラックは数人の天使を弾き飛ばしたものの、たったひとつの幸運を除いて、その数に阻まれ、途端に進めなくなってしまう。
「うおっ、アイツらは……地下にいた……」
人影が前に苦戦した天使たちだと察した燈里は、トラックを止めようとした。
「止まれーーーっ!」
燈里はトラックの前に割り込む。
水野少佐たちはそれに気付くことなくアクセルを全開にした。
天使たちの厚みに屈したトラックが止まった時、天使たちが手にした剣が突き出された。
燈里の背中に何十という剣が刺さる。
トラックの前に燈里がいなければ、天使たちの剣の狙いは運転手と水野少佐だっただろう。
結果的に燈里が前にいたことで、彼らは助かったことになる。
天使たちがトラックを包み込むように動く。
何百という歪な天使たちに囲まれる姿は、異様な様相を呈していた。
トラックの幌の内部は慣性によってもみくちゃになっていた。
「佐々木、外の確認。確保した暴走者は無事か?」
坂本中尉が矢継ぎ早に指示を出し、各人が素早くそれに応える。
「マズイ……膨らんだ油絵の具の天使みたいなのに囲まれてる!
見えるだけでも、二十から三十……もっと居そうだ!」
佐々木中尉が状況を報告する。
「暴走者、無事です!」
隊員の言葉を聞いて坂本中尉が前方に声を掛ける。
「少佐、どうされますか!?」
「車はダメだ……前方、二百以上。
暴走者を確保したまま、坂本、佐々木で後方に血路を開け!
全員、降車! 急げ!」
水野少佐の命令が響く。
佐々木、坂本中尉は『七支刀レプリカ』に音叉を当てると同時に車から飛び出す。
運転席側では扉が開かないため、フロントガラスに数発の銃弾が撃ち込まれ、ボンネットへと水野少佐と運転手が飛び出した。
行け、と水野少佐が運転手に声を掛けて、後方に向かわせてから、チラリと燈里を見た。
ここでようやく燈里がトラックのクッションになっていたことを知ったが、燈里が何度も刺されながらも反応がないことを知って、水野少佐は小さく舌打ちして、自身も後方に向かう。
後方では既に包囲が始まっていて、佐々木、坂本が奮戦している中を一般の隊員たちが人ふたりを抱えて、移動しようとしていたが、見る見る後方に天使たちが集まって来ていた。
そんな中、義己がハルバードの様な戦斧を振り回しながら天使たちを破壊しつつ迫って来る。
「トーリ、俺が助けてやるからな!」
だが、義己の目は大迫へと注がれている。
「ちっ……仕方ない。
山羊頭の方は投棄する」
水野少佐が決断を下す。
隊員が大迫をその場に降ろすと、天使たちがその身柄を掻っ攫う。
それに合わせて義己の動きも大迫の方へ、斜めにずれていく。
「抜けました!」
坂本中尉が報告した瞬間、隊員たちの悲鳴が上がる。
「は、離せ!」
いかな剣技に優れた水野少佐であろうと、隊員四名と気絶した変隊ピンクの五名を全て一人で守りきるのは無理がある。
隊員たちも思わず通常弾頭のピストルで応戦を試みるが、そんなものが役に立つ訳もなく、一人、また一人と天使たちの人波に飲み込まれていく。
坂本中尉が人波を抜けた先を殿として確保した時には、天使たちの一匹が変隊ピンクを掴んでいるところだった。
「少佐!」
窮地を知らせるべく坂本中尉が声を上げる。
瞬間的に状況を理解した水野少佐は、変隊ピンクを掴む天使の腕を叩き斬ったが、腕は次から次へと伸びて来る。
天使たちと変隊ピンクの引っ張り合いをしていた自衛隊員が背後から掴まれ、それを振りほどこうとした隊員は変隊ピンクを持ち去られそうになる。
結果的に、水野少佐は物量の前に敗北した。
坂本中尉が抑えているゴールは目前だというのに、残ったのは自衛隊員が一人と佐々木中尉、水野少佐だけだった。
「退避! ここを抜けるぞ!」
三人の自衛隊員と二人の『ムーンディスク』保持者を犠牲に四人は包囲から抜け出した。
四人にはもう用はないとばかりに、天使たちは引いていく。
だが、その中にあって、義己の猛追は爆心地のようになって大迫を追っていた。
「邪魔をするんじゃねえ!」
巨大な戦斧が唸り、その度に天使たちが砕け散っていく。
そうして遂には大迫を抱えていた天使を打ち倒した。
義己は大迫を小脇に抱えて奮戦する。
「おい、トーリ! 死ぬはずないよな!
お前、不死身だろ! なんとか言えよ、トーリ! トーリ……? 大迫ぉぉぉぉぉぉ!?」
一瞬、小脇に抱えた大迫を取り落としそうになるものの、正気に戻った義己は周囲を確認する。
「トーリが大迫に化けた?
いや、大迫がトーリに化けてたのか?
ええい、鬱陶しいぞ、下手くそ天使ども!」
混乱しながらも、天使たちを一蹴して、どうにか状況を理解しようとするが、周囲はどこを見ても天使だらけである。
「何で大迫先生を抱えてるのか、さっぱりだが、見捨てる訳にもいかねえ……くそっ、トーリ、いるなら返事しろ!」
義己は天使たちを掻き分けるように屠りながら、とりあえず進む。
全ての天使たちは義己の抱える大迫を目指していた。




