魂鏡八四、追撃戦復活
その頃の燈里はと言うと、自衛隊のトラック前面に磔のようにされていたが、今は天使たちが義己を追っているので、ずるずると落ちてトラックの前に大の字で死んでいた。
そう、死んでいたのである。
燈里は死ぬ。意識は途絶え、肉体は死んだと同時に活動を停止する。
しかしながら、融合した玉兎は気の遠くなる様な長い年月、不死の妙薬を作り続けて来た肉体である。
その長い年月の間に染み込んだ不死の妙薬が、不死を実現する。
それは融合した燈里の肉体にも同じ効果を及ぼした。
傷を塞ぎ、血肉を戻す。おぞましい第一人類の研鑽の果て。
永遠に争い続ける元凶となった不老不死という毒。
魂は浄化されず、愛も憎しみも永遠に続く。
それ故に、第一人類は肉体を捨て『魂鏡』に眠り、残った月の王とその眷属たちが眠りを支えて来た。
長い年月は全てを膿ませると知らず……。
「……あ、空?」
燈里は唐突に意識が返ってきたのを自覚した。
少しだけ間があって、燈里は自分を振り返る。
背中を何十と剣に刺されて絶命した。
あの天使たちだ。
暴走者を自衛隊から取り戻すために、トラックの足止めをしようとしたら、唐突にトラックの前方に天使たちが湧いて、トラックを止めようとして殺された。
それから義己だ。
義己をなんとか正気に戻そうとしていた。
遠く、自分が呼ばれたような気がした。
───トーリ……───
燈里は視線を向ける。
天使たちが未だ群れを成している。
───どけよ! トーリ、どこだー……───
「あれは……義己っちの声!」
燈里は肉体を持ち上げる。
「義己っち!」
燈里は、洗脳状態の義己に備えて【霊搗の大杵】を準備する。
焦りでちゃんと確認できていないが、四魂に歪みがある可能性に思い至ったのだ。
【霊搗の大杵】ならば、出ていこうとしている魂を叩いて戻したり、整えることができる。
それに、地面を餅化しての足止めも使えると考えてのことだった。
それから天使対策に【生太刀・影打ち】も改めて生み出しておく。
「ああ、もう! 義己っちはむこう。トラックは止まってる。
あ、自衛隊の人たち……くそっ、暴走者はいないし、数が減ってる……」
天使たちは瓜生率いる『マナガルム』の尖兵。
暴走者は奪われ、自衛隊員は生死不明だと判断する、
燈里は、まずは義己を何とかしようと駆け出した。
「だあ、くそっ!
お前ら、大迫先生が狙いか!
毎回、瓜生の思い通りになると思うなよ!」
義己は【断首の戦斧】を振り回し、天使たちを十体、二十体と倒していく。
その様はまさに、ちぎっては投げ、ちぎっては投げと言った言葉が相応しい。
しかし、数は暴力だ。
前面の五体を同時に粉砕した瞬間、背後の一体が突き出した剣が義己の脇腹に刺さる。
だが、義己は止まることなく戦斧を振るう。
燈里を見つける。
そのことで頭をいっぱいにして、怪我の痛みを無視する。
身体中の傷跡はどんどん増えるが、それでも大迫先生は離さなかった。
「義己っちーーー!」
唐突に背後から燈里の叫びが聞こえ、天使たちがぼろぼろと崩れていく。
「トーリ!」
「え? 義己っち……戻った?」
「戻る? 何が? いや、それより無事か?」
「ええ!? 義己っちこそ、ぼろぼろじゃん……」
「てっきり、お前が連れ去られたと……」
「それ、大迫だから!
義己っち、洗脳されて俺と大迫を反対に見てたんだよ!」
「マジか!? だって、大迫先生、襲って来てたから……」
「いや、ショック療法で叩けば治るかなって……」
「俺は大昔のブラウン管テレビか……よ……」
ぐらり、義己が安心したのか、倒れそうになる。
「わああっ、義己っち、がんばれ!」
慌てて燈里が地面を餅化して、それを掬い上げる。
義己も戦斧を杖代わりになんとか耐えて、魔凱のフェイスガードが開く。
「もがっ……」
べちん、と口元に餅がまとわりつく。
「がふっ……ちょ……ぐ……あへらへんらって……」
右手で喰わせて、蹴りでどうにか天使たちを引き離す。
「無理にでも飲め!」
しかし、燈里の動きは隙だらけになる。
瞬間的に天使たちが近づけないように、義己の近くに斬撃を置いたが、自身は随分と無防備だった。
天使の剣が燈里を貫く。
それも、一本どころか五本、十本と、マジックショーのように全身を剣で貫かれた。
「くっ……かはっ……」
燈里は先ほど復活したかと思えば、もう虫の息だった。
「義己っち……応援が……来るまで……」
「トーリ、死ぬな! トーリ!
俺は死ぬな、お前は死ぬじゃ意味ねえんだよ!」
「俺は……死なな……」
言いながらも燈里の全身から力が抜けていく。
「そういうことじゃねえだろ!
勝手に犠牲になろうとすんな!」
義己の叫びに、燈里は、ギリギリで応えた。
足を後ろに伸ばして、踏ん張る。
これ以上、義己に悲しみを背負わせてはならないと本能が告げていた。
「キツい……なあ、親友!」
「お前だって、俺に期待するだろ」
抜けていこうとする力を無理やり集めて、死に抗う。
「そりゃ、義己っちはヒーロー、だから……ね」
「ふざけんな! 俺にとってのヒーローはお前なんだよ!」
義己は重戦車のように燈里にまとわりつく天使たちを破壊していく。
「それ、マジで言ってる……?」
「ああ、大真面目だよ」
「かーーーっ、こりゃ死んでる場合じゃないね」
義己の思わぬ告白に、燈里の魂は奮い立った。
言葉に力強さはなかったが、気力が肉体を上回った。
地面に突き立てた【生太刀・影打ち】を手にすると、斬撃を置く。
無防備に突っ込んだ天使の一体が真っ二つになった。
燈里の肉体は徐々に回復していく。
一瞬の隙、天使たちが思わぬ反撃を食らって躊躇する間に、燈里の肉体はさらに回復する。
いつのまにか、燈里と義己はお互いの背中を守るように立った。
「応援が来るんだよな!」
「高見さんが呼んだって!」
「おっし、じゃあ背中は任せた!」
「こっちこそ!」
「おう、任された!」
襲い来る天使たちを相手に耐久戦が始まるのだった。




