魂鏡八二、乱戦決着
水野少佐がバフォメットへと走った。
「智器照臨、【儀式の火】」
バフォメットは火球を放ち、近づけまいとする。
水野少佐はそれを意に介さず、最小限の動きで避けながら接近する。
そして一撃。
その一撃はバフォメットの片腕を綺麗に斬り飛ばしていた。
「ぐ……ひゃあ!
わ、私の腕がぁあ!」
「はっ!? ト、トーリ!」
腕を飛ばされたバフォメットを見て、義己が心配そうに声を上げる。
「よそ見をしている場合か!」
佐々木中尉が『七支刀レプリカ』ですくい上げるように斬りかかる。
義己は大きく踏み込んで『七支刀レプリカ』の根元を腰の魔凱で受けると、そのまま肩で佐々木中尉の顎をかち上げる。
「がっ……」
仰け反る佐々木中尉を無視して、踵を返すと、義己はそのまま水野少佐へと向かう。
義己の飛び蹴りが水野少佐の肩口を後ろから抉る。
「なにっ……」
水野少佐は蹴られた勢いそのままに、ゴロゴロと横に転がっていく。
「大丈夫か、トーリ!」
義己はバフォメットを守るように、その前に立ちはだかった。
「さっきの黒猫といい、山羊頭も洗脳系の技を持ってるとか、最悪で最低かよ」
佐々木中尉がふらつきから立ち直って、義己へと向かっていく。
だが、そこに割って入ったのは燈里だった。
一度跳ね飛ばされたはずの『生太刀・影打ち』を手にしている。
「くっ……兎野郎……」
「見て分かるんなら、敵は義己っち……牛頭じゃなくて山羊頭だろ!
それぐらい分かれ!」
「うるせえ! 俺たちの邪魔をするなら、全員敵なんだよ!」
「まだ言ってんの?
完全に悪者じゃんか……もう、容赦しないよ」
燈里は『生太刀・影打ち』を逆手に持つと、猛スピードで佐々木中尉の周りを走り回る。
もちろん、荒御魂を込めて斬撃を残しながらだ。
一撃としての威力はスピードを乗せているとは言え、弱い、しかしまた、燈里の斬るという意識も弱い。
それは佐々木中尉の察知能力をもってしても、読めない程に弱々しかったのだ。
「撹乱のつもりか? 馬鹿が!」
佐々木中尉が野球でもやるかのように、燈里の軌道上を『七支刀レプリカ』で振り抜く。
「うわっ、ちょっ!」
燈里が逆手のまま太刀を立てて、どうにか防ぐが、自身の勢いと相まって、弾け飛ぶ。
「やる気が感じられねえ……そんなもんで撹乱を狙う程の馬鹿に前回はしてやられたと思うと、情けなくなるぜ……」
言いながらも佐々木中尉は『七支刀レプリカ』をだらりと下げたまま、歩いて近づいて来る。
だが、太もも、腹、胸と防疫服に切れ込みが入ったところで動きを止めた。
「……剣気なぞ感じなかったぞ?」
「けんき? げんき?」
「舐めてんのか、てめぇ……」
「ああ、ただ置くだけならバレないんだ……。
なんか殺気とか、元気みたいなのを感じて避けてたんだ……」
「元気じゃねえよ、剣気だよ!」
「あいにく、そういうのと無縁な生活だったもんで……」
「はんっ! そりゃ随分と恵まれた生活してやがんな……」
「普通の高校生なんてそんなもんじゃない?
まあ、今は自衛隊とかいう国家の犬みたいな人たちから睨まれて、監禁されて不幸だけど?」
「……ちっ。
ガキから嫌味を言われるなんてな……」
「ま、代わりにお兄さんはここで監禁生活しといてよ。
ぐるっと周り、囲っておいたから!」
佐々木中尉は周囲に『七支刀レプリカ』を伸ばして、あちらこちらで剣が弾かれるのを確認すると、その場に座り込んだ。
さらには防疫服のマスク部分、所詮はマスコミ対策用のハリボテなので、簡単に外せるところを開けて、息苦しさを取り除いたのだった。
燈里は義己を止めに行く。
洗脳を解くと言えば、洗脳をかけた相手をぶっ飛ばすのが一番だろうと、燈里は対峙する水野少佐と義己を他所にバフォメットへと肉薄する。
バフォメットは斬られた片腕を反対の手で止血しようと必死に抑えていて、燈里が目の前まで来てようやくその存在に気付いた。
「や、やめろ!
今の私は無力な一般人だぞ!」
「変身したまま言われても、説得力ないっすよ、先生!」
燈里の『生太刀・影打ち』が反対の腕を斬り落とした。
「ひぎゃあっ!
腕っ! 腕がぁっ!」
大迫先生の精神では両腕を失くすという感覚に耐えられなかったのだろう。
ひとしきり叫んだ後に、事切れたように気絶した。
次第に人の姿に戻っていく大迫先生の口の中に、燈里は近くの地面を餅化して、その餅を突っ込んでおく。
「ふぅ……なんとかなったかな……。
義己っち!」
燈里が義己へと目を向けると、義己は目を真っ赤に光らせてこちらへと向かっていた。
「よくも……よくもトーリを!
勇器来臨【断首の戦斧】!」
義己の手に戦斧と呼ぶには少し柄の長いハルバードのような斧が生まれる。
ソレを義己は、あろうことか燈里に向けて大上段から振り降ろした。
「はっ!? ちょ……義己っち!?」
残念ながら義己の洗脳は、バフォメットを倒せば解けるというモノではないようだった。
「佐々木、いつまで休んでいる?」
「いや〜、どうにも檻の中みたいで……」
「もっと研ぎ澄ませ。お前を囲う剣気はとっくに無いぞ」
「ええ、こんなうっすい剣気まで感じ取れるんすか? マジかよ……」
佐々木中尉が剣を伸ばして探ると、たしかに置かれた斬撃は消えているようだった。
「ウチの隊員たちを解放して来い。
それと坂本にそろそろ決めて来いと伝えろ」
「うへぇーい……」
怠そうに返事をして佐々木中尉は動き出す。
高見班に接近すると、電磁投網を撃たせることなく小手打ちで落とさせていく。
それも器用に剣で斬ることなく剣の腹や手刀を用いてだ。
それだけで、一般人と彼ら自衛隊・特殊部隊の実力差を見せるには充分だと言える。
「悪いな。仲間は返してもらう」
取り押さえられ、縛られた自衛隊員たちのロープを一刀で斬り放つ。
高見班、班長である高見は動こうとする班員たちを制止した。
「動くな!
私たちじゃどうにもならない。
怪我人が増えるだけよ……」
「賢明だね。ついでにそこの男も貰っていくぜ」
黒猫だった男、変隊ピンクは既に拘束衣を着せられ首輪を掛けられ、未だ気絶中で倒れている。
「班長……」
「仕方ないわね。班員の命には替えられないもの……」
高見は耐えるしかなかった。
元々、『MD研究室』は対暴走者、それから『ムーンディスク』の回収のための組織である。
それが、人間同士の争いに手を出せばどうなるか。
燈里は義己の目を覚まさせようとしているが、義己の洗脳は続いており、高見班だけで自衛隊・特殊部隊と解放された自衛隊員たちの相手はどう考えても不可能だった。
しかも、高見班は全員が先のテロ事件で負傷、退院したばかりの病み上がりである。
下手に手を出せば事故が起きる確率の方が高い。
そんな中で、相手の横暴を防げとは、班長として高見は言う訳にはいかないのだった。
「これ以上の争いは不毛では?」
坂本中尉が雲井に言った。
「くっ……」
剣を突きつけられる高見班を見て、雲井は悔しいながらも負けを悟った。
手を緩ませた雲井を見て、坂本中尉はすかさずトラックに乗り込んでいった。
自衛隊のトラックが横付けされて、変隊ピンクとようじょ電気が乗せられる。
義己は憤怒の表情で追いかけようとするが、燈里が横から義己に蹴りを入れて、それを邪魔した。
義己はそれにも構わず、トラックへと向かう。
「トーリは連れて行かせねえ!」
「ああ、もう!
手加減抜きのショック療法にするからな!
トーリ、トーリって、本物は俺なんだぞ!」
走り出したトラックを追って義己と燈里も走る。
燈里の変身ブレスレットから高見の通信が入る。
───応援を呼んだわ。なんとかトラックの足止めを狙って!───
「うへぇ、やること多すぎー!」
義己を元に戻して、トラックを足止めして、応援が来るまで保たせる。
高見班は事後処理で動けないので、一人でやらなくてはいけない。
燈里は辟易しながらも、スピードを上げるのだった。




