魂鏡八一、乱戦洗脳戦
水野少佐と佐々木中尉対バフォメット、雲井、坂本中尉の戦いは、ギリギリのところで均衡を保っていた。
水野少佐と佐々木中尉は雲井と坂本中尉が操られているだけと分かっているからこそ、強硬策には出られない。
目まぐるしく立ち位置を変え、どうにかバフォメットに近づこうとするが、雲井も坂本中尉も、それを防ぐように立ち回って来る。
「坂本中尉、目を覚ませ!」
水野少佐が説得を試みるが、坂本中尉からすれば、ぐちゃぐちゃ線人間が何かの奇声を上げながら襲いかかる図でしかなく、相手の狙いが山羊頭だろうから、それを阻止すべく動いているだけなのだ。
「智器照臨【儀式の火】
ウヒハー!」
バフォメットの手から火球が飛ばされる。
水野少佐はそれを斬り防ぎ、佐々木中尉は手が足りずに転がって避ける。
だが、その佐々木中尉のところに雲井が放つ蜘蛛糸が巻きついていく。
「くっ……佐々木!」
水野少佐は坂本中尉の剣を力任せに押し返して、返す剣先で佐々木中尉に巻きついた蜘蛛糸を打ち払う。
その間に、今度は水野少佐の足元に蜘蛛糸が絡むが、それすらも水野少佐は自力で斬り裂いた。
だが、その後に来た火球に対しては、さすがに手が足りなかった。
咄嗟に身体を捻るものの、背中から炎を浴びる形となった。
水野少佐は燃え溶けた防疫服を蝶の脱皮のように脱ぎ捨てる。
「……ふぅ。邪魔な防疫服を脱ぎ捨てられたことを喜ぶべきか、マスコミやSNS対策を考えねばならんことを嘆くべきか……なんにせよ、今はありがたい。
これで少しは動きやすくなった」
頬を煤で汚しながらも不敵に水野少佐は笑った。
しかし、状況は依然としてキツいまま、洗脳の元凶たる黒猫を『MD研究室』の牛頭と兎頭が追っているが、こちら側で洗脳が解けるとも思えず、どうにか凌がなければと、気合いを入れ直すのだった。
義己は軋む身体に鞭打って、もう一撃と駆ける。
次で黒猫の鏡による反射を何とかできなければ、おそらく動けなくなるだろうと予感がしていた。
燈里も焦っていた。
鏡は一枚しかなくとも、一瞬でこちらからあちらと移動できるのでは、義己と同時に攻撃しなければならない。
物体であれば餅化が効きそうではあるが、能力故に効かなかった場合、義己が限界を迎えてこちらが追い込まれることになるだろう。
義己の回復のために時間を使えば、その隙にまた毛玉を吐かれてしまう。
ギョクトが毛玉を危険視している以上、あの毛玉は相当にヤバい代物なのだろうと思える。
斬撃をその場に残す『生太刀・影打ち』の力を使いたいが、黒猫に当てるには的が小さく、動き方によっては義己に当たる可能性もある。
どうにも手詰まりな感じがして、燈里は一瞬、諦めそうになる。
「ヴモォォォォォッ!
これが俺のフルパワーだ!」
義己がそれでも諦めずに駆け出す。
燈里はそれを見て、諦めそうになる自分を恥じた。
それと同時に、義己の言葉を思い出す。
───超パワーで反射能力を飽和させるやつ───
はたと思いつく。
『生太刀・影打ち』で斬撃を残し、それが反射されるのならどうだろう、と。
超パワーとは言わないが、その場に残った斬撃を反射し続けたら、もしや、鏡は動かせなくなるのでは、と思ったのだ。
燈里は兎の脚力を持って、全力で駆けた。
義己より先に攻撃しなければならない。
「うおおおおおおっ!」
燈里が『生太刀・影打ち』を構えて、跳ぶように走る。
黒猫は一瞬だけ義己を見て、それから燈里の方が先に自分に到達するのを見て取って、鏡を動かした。
「無駄な足掻きだ。同じことの繰り返し。
傷つくのはお前たちだけだ!」
燈里は早く、早くと思いつつ、『生太刀・影打ち』を突き出す。
だが、その鋒に鏡が割り込んで来る。
燈里はありったけの荒御魂をぶつけようとした。
燈里はスピードに乗っている分、先程よりも一撃にパワーがある。
鏡に触れた瞬間、甲高い音を立てて燈里が弾け飛んだ。
「くっ……」
『生太刀・影打ち』の実体が同じだけの力でぶつかり、燈里はそれを握っていることができなくなり、思わず取り落としてしまう。
それにも関わらず、鏡の甲高い反射音はいつまでも続く。
まるでしのぎを削る様な音だが、それこそ斬撃がその場に残っている証だった。
義己が迫る。
黒猫は慌てたように鏡を義己の方に動かそうとしたが、動かない。
それどころか、鏡はその圧力に耐えきれず、ついに、パリーンと音を立てて割れてしまった。
「なっ……」
「トーリ、ナイス!」
黒猫は更に慌てて踵を返して逃げようとしたが、時すでに遅し、義己の手が黒猫の首根っこを捕まえたところだった。
義己は、もう離さないた言わんばかりに、空中に飛び上がると、地面に豪快なダンクを決めた。
「ぎゃっ……」
義己の全体重を乗せて繰り出したダンクは、めり込む黒猫と共に地割れを引き起こす。
「どうだ、これは効くだろ!」
黒猫の変身が解けて、裸の男に戻っていく。
「気絶してるから、聞こえてないんじゃない?」
義己が勝ち誇るが、すかさず燈里からツッコミが入る。
そこに高見班の人員が男を確保するため近寄っていく。
同時に、今まで洗脳されていた人々が急に項垂れて、首筋から線虫が溶けるように出ていくのが見えた。
それは、坂本中尉と蜘蛛女である雲井も同様で、水野少佐は糸が切れたように倒れ込む坂本中尉を支え、佐々木中尉は伸し掛る様に倒れる雲井に押し潰された。
「変隊ピンク! なんたることか……」
同志である変隊ピンクの気絶を見届けて、バフォメットは初めて大迫先生の意思が表に出てきた。
それまでは完全にバフォメットが大迫先生を飲み込んだ状態、いわゆる暴走状態だった。
だが今は大迫先生、否、ようじょ電気がバフォメットを精神的に上回ったのだった。
「ぐぬぬぬぬ……黒木ぃぃぃっ!
お前のソドムヲゴモラシテヤロウカ!」
ようじょ電気は脳裏に浮かぶ文言をそのままぶつけるべく叫ぶ。
「愛器光臨、【淫欲の下僕】!」
名前を呼ばれた義己は、すぐさま振り返った。
胸中には複雑なものがあったが、大迫を知る者として、街中で暴れ回るような蛮行は止めてやらねばならないと思っている。
義己は単純な性格ゆえ、大迫が教師としてどの様な人生を歩んで来たのか知らない。
ただ、授業はまともだった様に感じる。
そして、教師というのは、人を教え導く立派な職業なのだと信じている。
だから、大迫がどの様な経緯で今の学校に来たとか、闇サイトで『ようじょ電気』と名乗っているとか、そういうことは知らないまま、ただ己の正義によって大迫先生を止めてやろうと思っていたのだ。
大迫から黒い霧の様なものが吹いてる来る。
攻撃にしてはお粗末だな、と感じた。
目の前に黒い霧が滞留して視界を妨げる技の様だが、少し動けば黒い霧は置いていかれる。
あまり妨害になっていない。
それなら前に食らった炎の方が厄介だった。
義己はバフォメットへと駆け出していく。
「いい加減、目を覚ませ!」
近づいて、殴った。
吹き飛んだバフォメットがヘロヘロになりながら、立ち上がろうとする。
手にはいつの間にか不思議な形の剣を握っていた。
「そうか……俺の言葉をちゃんと覚えていた訳だな……〈我ニ……ソノ程度デ勝テルト思ッテイルトハナ……〉」
バフォメットが剣を構えた。
義己も闘志を漲らせながら、静かに地を掻く。
「わー、タンマ、タンマ、義己っち!〈ウヒー、ウヒハ、ウヒハ、死ヌルガ良イ!〉」
義己を背後から羽交い締めにするやつがいる。
義己が首を回すと、バフォメットだった。
正面で剣を構えるのは、いつのまにか自衛隊の隊長らしき男に変わっている。
咄嗟に義己は、バフォメットを引っ掴むと、そのまま地に叩きつける。
さらに追撃の一撃、と拳を振り上げる。
その拳を止めたのは、黒い鞭のようなものを腕に絡め、引き込もうとするバフォメットだった。
「やめなさい!〈来ルガイイ!〉
味方に何してるの!〈簡単ニハヤラレヌゾ!〉」
「ああ、行ってやるよ!」
義己は引かれる腕に逆らわず、一気に距離を詰めて、殴った。
バフォメットはもんどりうって、倒れる。
「愚か者め!〈義己っち!〉
そのまま、私の為に戦い続けるが良い!〈あいつは、誰かと場所を交換できるみたいだ!〉」
背後に控えていた燈里が、状況を見てアドバイスを送って来る。
義己は振り向きもせずに答える。
「ああ、分かってる!
一瞬を逃がさなきゃいいだけだぜ!」
「くそっ!〈ウヒハー!〉
もしかして暴走してやがんのか?〈簡単ニ捕マエラレルトデモ?〉」
次は下敷きにされていた自衛隊の長身の男と場所を変えたらしい。
また、あの変な剣を振り回してこちらの出方を伺っている。
義己は、それならばと一気に距離を詰めて、拳を振るう。
バフォメットは剣の腹を向けて拳を受けると、その力を逃すべく後ろに跳んだ。
「野郎……〈ヤロウ……〉
そっちがその気ならやってやるよ!〈ソドムヲゴモラシテヤロウゾ!〉」
お互いが激突する。
『七支刀レプリカ』ならば魔凱も斬れるとはいえ、そこは扱う者の技量に左右される要素というのも多分に含まれることになる。
義己は本能的なもので剣の角度をずらして受けることで致命傷を避ける。
魔凱の表面を『七支刀レプリカ』が滑っていく。
義己の繰り出す拳をバフォメットがギリギリで避ける。
超接近距離での攻防は周囲からの介入が許されない場を形成していた。
立ち上がった燈里は、義己を止めるべく動き出す。
ようやく洗脳が解けた坂本中尉は、もう一度雲井を止めるべく近づき、水野少佐は一瞬の隙を突いてバフォメットへと向かうのだった。




