魂鏡八〇、乱戦乱入戦
「ようじょ電器!」
変隊ピンクが叫んだ。
水野少佐と佐々木中尉に前後を挟まれての同時攻撃に、堪らず諦めて全てを投げ出そうとした、ようじょ電器ことバフォメットだったが、同志の声に目を見開く。
目の前に迫るは水野少佐の『七支刀レプリカ』。
恐怖が脳裏を掠め、思わず、といった風に手が出る。
振り払う動きによって、バフォメットの片腕を犠牲に剣の軌道がずれる。
同時、背後から金属音が響く。
「くっ……何っ!」
バフォメットの背後に一枚の巨大な鏡が立てられていた。
佐々木中尉が大きく弾かれる。
「勇器来臨【煙を吐く鏡】」
見れば鏡の近くに黒猫が立っていて、傷つきながらも残っていたはずの右後ろ足が根元から無くなり、三本足だけで立っていた。
「佐々木、無事か!?」
「くっ……さーせん、少佐。
この鏡に俺の剣戟と同等の力で弾かれました。
意味分かんねえっす……」
佐々木中尉が立ち上がりながら報告する。
水野少佐は報告を聞きながら、あるひとつの気配を感じて、虚空を斬りつけた。
「む……しゃぁっ!
この糸は……先程の線虫か。
気をつけろ、何らかの攻撃のはずだ!」
「はっ! コイツか!」
佐々木中尉が言われて気配を探り、同様にそれを斬りつける。
見つけてしまえば簡単だ。
風にそよぐ程度の速度、軽く斬りつけただけで灰のようになって散ってしまう程度の物でしかない。
だが、その線虫が見つけられなかった場合、そいつらは首の付け根から侵入、幻覚と魅了で変隊ピンクの操り人形になってしまうのだ。
アサルトライフルを装備した自衛隊の面々が、銃口を下げ、項垂れている。
腕で保持するのが難しくなったのか、アサルトライフルが、ガチャリと音を立てて落ちた。
同じく『浮島区役所・特別事案対策課』の職員たちも電磁さすまたを取り落とし、膝から崩れ落ちる。
思わず目を奪われたのは、坂本中尉と雲井の二人で、それは戦いの最中の一瞬のことだった。
首筋に、ピリッとした違和感があった。
それから、一瞬で意識が奪われる。
世界が真っ赤に染まって、ぐちゃぐちゃの線だけで構成されたような人間が敵として立っている。
黒猫が意識の中に語りかけて来る。
───あれが、我らの敵だ───
子供がトラウマで描いたような、ぐちゃぐちゃ線人間。
線虫に支配された者たちは、ソレに敵意を向ける。
アサルトライフルが持ち上げられ、狙いを定める。
電磁さすまたが、バチバチと火花を上げる。
坂本中尉が、雲井が、敵を殲滅せんと動き出す。
先制の銃火が線人間に叩き込まれる。
「なっ!?」
装填された聖銀弾が佐々木中尉を襲った。
聖銀弾は貫通力ではなく、相手の体内に留まって聖銀の力で相手の動きを阻害するべく作られた弱装弾である。
だが、それ故に人間相手だとマズい。
弾が抜けず、弾頭が潰れるために、本来は非人道兵器に分類される弾なのだ。
「『魔凱着奏』!」
ギリギリのタイミング。正確には佐々木中尉に数発の聖銀弾が当たっているので、間に合ってはいないが、それでも生命は助かったと見るべきだろう。
牛頭の全身鎧で立ちはだかったのは、つい今しがた到着した『MD研究室』高見班として来た義己だった。
後方では同じく兎頭の軽装鎧姿になった燈里が『浮島区役所・特別事案対策課』の職員たちの前に立ちはだかっていて、その後方から高見班の面々が職員たちを縛り上げていた。
「来たか……」
水野少佐は複雑な心境で呟く。
「大丈夫か!?」
義己が聞くが、佐々木中尉はそれに答える暇もないようだった。
佐々木中尉は痛みを堪えながら、懐から丸薬を取り出す。
丸薬と言えば聞こえはいいが、前回、燈里たちと邂逅した時に燈里が残した地面の餅、その一部を自分たちの回復用に丸めてオブラートに包んだだけの代物である。
「くっそ……いてぇ……寝てる暇はねえのに……」
丸薬を噛みちぎり、どうにか咀嚼して飲み下す。
身体の中で、ぐちゃぐちゃにされた細胞が聖銀を押し返すのが分かる。
「佐々木、まだ行けるなっ!」
「聞かんで下さい……」
佐々木中尉は、何とか身体を起こして水野少佐に答える。
義己は坂本中尉、雲井に意識を向けていて、数瞬だが動きが止まっているようだった。
稀にだが共闘したことがある雲井と、聞いた話だが敵対しているはずの自衛隊の特殊士官。
二人が一緒になってこちらに向かって来る。
自衛隊の小隊も、同じ自衛隊の特殊士官を狙っての銃撃のようだし、高見班が浮島職員に声を掛けたと同時に職員たちはこちらを襲って来るし、誰が敵で誰が味方なのか、まるでさっぱりだった。
「そこのデカいの! 俺とそこの佐々木以外は、あそこの黒猫野郎に操られてる。黒山羊頭は黒猫野郎と組んでる、分からないなら黒猫野郎を何とかしてくれ!」
水野少佐が端的に説明する。
義己はひとつ頷くと、黒猫に向かって走り出す。
「おっさん、ありがと!」
「おっさ……ちっ……ちなみに俺たちも暴走者を確保しに来たライバルだからな!」
水野少佐は、また子供が相手かと苦々しく思いつつも律儀に自分たちも決して味方ではないと宣言する辺り、何らかの矜恃が働いたのかもしれない。
「おう! まずはこの状況を何とかしてから……」
義己はそこまで言って、黒山羊頭を視認して言葉に詰まる。
「……大迫。
くそっ……逃げ出してたのかよ……」
義己は奥歯を噛み締めるような声で呟いた。
一方、燈里は変身ブレスレットを使った軽装鎧なのをいいことに、電磁さすまたを破壊した後は自衛隊の小隊に襲いかかった。
銃弾は魔凱で弾き、アサルトライフルを奪っては破壊していく。
アサルトライフルを奪われた自衛隊員たちは、果敢にも手持ちのナイフで応戦を試みるが、当然の如く魔凱に一般兵器が通じる訳もなく、燈里は鎧がない部分に一撃貰いはしたが、程なく完治した。
また、他方、水野少佐と佐々木中尉はどうにか体勢を立て直して、バフォメットを狙おうとしたが、坂本中尉と雲井が乱入。
二対三の乱戦になり、水野少佐たちは防戦一方になってしまった。
そして、義己は黒猫に対して突進を仕掛けた。
三本足の黒猫とガタイの良い高校生では、体格差があり過ぎる。
だから義己は突進の勢いのまま、黒猫を捕まえて、その有り余る膂力で握り潰すくらいの感覚で走った。
捕まえられる、と思った瞬間。
「勇器来臨、【煙を吐く鏡】」
目の前に大きな鏡が立ちはだかる。
義己が鏡にぶつかった瞬間、義己は自分と同等の突進を受けて、大きく弾かれた。
「ぐぇっ!」
「義己っち!」
燈里が自衛隊員の関節を極めている状況から叫ぶ。
「やべぇ、この猫、ゲームで言う所の【物理反射】っぽいぞ……」
「え……じゃあ、どうすんの!?」
「どうするったって、俺には物理攻撃しかねえよ。……ああ、あれだ!
超パワーで反射能力を飽和させるやつ!
アレ狙いでやってみる!」
「義己っち……それはさすがに脳筋すぎるよ……」
「しょーがねぇじゃん!
他の方法はトーリに任せる。
うおおおおおお!」
義己の無謀な挑戦が始まった。
「ククク……愚かな……智器照臨【我らは彼の奴隷】……グググ……ぺぇっ!」
鏡に守られた黒猫は、また毛玉を吐き出した。
「童子ヨ。アレヲ全テ斬レ!
……おい、ギョクト、くそっ!
勇器来臨、【|生太刀・影打ち】」
いきなり視線と口に割り込まれた燈里は、ギョクトに文句を言ったが、毛玉がほどけて線虫が、ウゾウゾと風に乗って移動を始めるのを見て、慌てて剣を構えた。
それから、自衛隊員を高見班に任せて、黒猫の方へ向かう。
ほどけた線虫を斬りまくって、義己が鏡に弾かれるのを目の当たりにする。
「ちっ……」
黒猫が舌打ちひとつ、三本足で器用に跳んで、燈里から距離を取る。
燈里は黒猫が嫌がったのは何故だろうと考えた。
もちろん、二対一の状況を嫌がるのは当たり前ではあるが、鏡の反射で物理攻撃を封殺できるのなら、ここで一人を討ち取るという計算をしてもおかしくないはずだ。
もしや、個人の戦闘能力は高くない?
それとも、鏡は一枚しか出せないなどあるのだろうか? そこまで考えて、相手が嫌がるのならもっとやろうと行き着いた。
「だっしゃぁあああ!」
懲りずに義己が突進を仕掛ける。
鏡が設置される。
燈里もそれに合わせて黒猫へと迫る。
黒猫は跳んで距離を取る。鏡が義己と燈里、どちらを反射するか迷うような素振りを見せる。
「義己っち、逃げた!」
「おう、こんのっ!」
鏡に隠され黒猫が逃げたことに気付かず、そのまま鏡に突進しようとした義己が、土煙を挙げながら無理やり曲がる。
燈里も黒猫を追うべく、鏡を跳び越すように跳躍した。
「勇器来臨、【煙を吐く鏡】」
黒猫は跳躍した燈里が厄介と見たのだろう。
燈里の目の前に鏡が出現する。
「おべっ……」
燈里は鏡にぶつかった。しかし、燈里自身のパワーが低かったからか、大して弾かれもせず、そのまま下に落ちる形になる。
「勇器来臨、【煙を吐く鏡】」
「ごはっ……」
燈里が落ちたと同時に今度は義己の前に鏡が現れる。
義己は全力突進を弾かれて、大きく吹き飛んだ。
「くそっ……まただ。
そろそろ身体が保たなくなってくるぞ……」
ぜぇぜぇ、と荒い息を吐いて、全身の骨が軋みを上げる義己が呟いた。
鬼ごっこはまだ続きそうだった。




