魂鏡七八、役割
斜子は直居教授の実験の中で分かってきたことがある。
意識すると、本来触れられる物に触れられず、触れられない物に触れられるようになるのだ。
机、椅子、人、なんでもいいのだが、「魂……魂……魂……」と念じながら触れようとすると、すり抜けてしまう。
だが、その中心部に何かが触る。
パイプ椅子なら硬いパイプの感触とその周りに、モサモサとした糸玉みたいな感触、触る場所によっては、合皮の背もたれ部分のような、ツルツルとした部分もある。
温度感もまちまちで、温かい部分もあれば、冷たい部分もあり、それが何に起因したものなのかは斜子には分からなかった。
それから、人。
入院帰りの榎田が実験体として名乗りを挙げた。
斜子が念じながら触れると、表面に一瞬だけ抵抗感があったが、それも一瞬のことで、ずぶずぶと肉体の奥まで斜子の手は入って行く。
「ゆっくりな……ゆっくりだぞ……」
おっかなびっくりという風に榎田は斜子に声を掛ける。
斜子もかなり慎重に手を動かしていく。
椅子やら机やらを試して分かったのは、物体にも魂と呼んでいいのか分からないが、核らしきものがあり、触るとその物体の性質が微妙に変化するということだった。
例えば、椅子の冷たい部分を触り続けて、温めるとほんのり椅子が温かくなる。さらに強度が少しだけ脆くなった。
椅子として使う分には何も問題はないが、ほんの少しだけ経年劣化が早まったという程度の変化が起きた。
榎田の胸の中心、一瞬、心臓かと思ったが、肉の塊の様な、ぐにぐにとして、部分的には古木のような固い感触の何かがある。
それらは複雑に絡み合ってひとつの塊を形成しているように感じる。
「これ、何でしょう……」
「うっ……」
斜子が形を確かめようと触る度に、榎田が百面相を始める。
「榎田くん。どんな感じかね?」
「いや……ぐっ……ぬひゃっ……はや……いよぅ……」
榎田の感想は聞くまでもなく、恥じらい、怒り、笑い、恍惚、泣きと変化していく。
「ちょまっ……」
榎田が息も絶え絶えに言うと、斜子は慌てて手をどける。
「だ、大丈夫ですか?」
心配そうに覗き込む斜子。
榎田は考え込むような顔になり、自分に起こった変化を噛み締める。
「……まずいです。
斜子くんに触られる度に心の深いところから衝動が湧き上がるというか……下手な拷問より効きます」
「やはり、魂に直接触れているということだろうか?」
「……そうですね。
たしかに、魂の衝動というとしっくり来るかもしれません……」
「ふむ……榎田くんの言う、下手な拷問よりも効果的というのを考えるなら、抗える類いのモノではないのだろう。
そうなると、ある意味、最も危険な能力なのかもしれないな……」
「危険な能力、ですか?」
自身に懐疑的な斜子は、あまりピンと来てはいないらしい。
「他人の思考を操ることができる可能性がある、ということだ。
パブロフの犬の様な、やって欲しいこと、欲しくないこと毎にプラス感情とマイナス感情を想起させれば、それが次第に定着していく……」
「あ、そうなると国枝さんみたいな人間が、お手軽に作れちゃうということになりそうですね……」
斜子が知的好奇心の赴くままに発言する。
本人が聞いていたら、今の自分は岩鬼唯人です、と抗議してきそうな発言ではある。
しかし、ここに本人は居らず、全員が言わんとする意味を理解していたため、その空気の読めない発言はスルーされ、直居教授は先の言葉に補足を入れる。
「尤も、そうなるにはどこを触れば、どの感情が動くかを把握する必要はあるが……そうでなくても、今の榎田くんの状況を見るに、もみくちゃに触るだけでも、下手をすると発狂レベルかもしれん……」
少し触れただけの榎田は、感情の乱高下で体力を消耗したらしく、ぐったりしている。
「こ、こ、怖ぁ……」
変身ブレスレットによる魔凱着奏状態の斜子は自身の両手を見つめて呟いた。
「しかし、魂に触れられるというのは、魂の存在立証としては充分な成果かもしれんな……」
直居教授はそうごちると、しばらくの間の実験を禁止とした。
一方その頃、浮島区に繋がる橋の上の自衛隊宿営地では、なんとか浮島区内の暴走者を確保するべく、短波無線を拾いまくっていた。
ヘッドフォンに意識を向けた隊員が、そのまま国分寺の方へ姿勢を向ける。
「入電、浮島区役所・特別事案対策課、暴走者一名……」
「場所は?」
「浮島区東、八丁目、山羊の頭に山羊の脚、炎を操る人型、中央研究所からの逃走個体のようです!」
国分寺は手元の地図を見ながら呟く。
「浮島中学校付近ですか……。
水野少佐に通達。それとは別に一個小隊を聖水弾、聖銀弾、装備で派遣。
中学校、校庭に誘導。
推定、悪魔バフォメット又はギリシャ神話の妖精パーン。山羊頭と呼称する」
「はっ!」
こうして、水野少佐ら『七支刀レプリカ』を使う部隊と実験用の弾を持たされた自衛隊の部隊が既に当たり前のように浮島区内に侵入するのだった。




