魂鏡七七、連絡
直居教授は病院を抜け出したのをいいことに、そこから精力的に活動を開始した。
まず最初にやったのは、この地を守る使命に目覚めた元・国枝、現・岩鬼唯人との情報操作だった。
直居教授が入院中に起きた出来事を精査して、岩鬼から国枝として政府に渡す情報を組み上げる。
かぐや姫の『五つ神宝』を伏せて、ミーミルの首、天女の羽衣、姑獲鳥の嘴というアイテムが必要ということだけを流す。
他にも必要なアイテムがありそうだと追記させ、それらは未だ調査中とした。
「これである程度の時間は稼げるだろう」
「大丈夫でしょうか?
自分の他に派遣されているスパイがいないとは言いきれませんが……」
岩鬼はこういう時の作法として、敵対組織にもスパイが送り込まれ、双方から状況を支配するという手法を良く知っている。
その懸念があることは伝えてあるが、どんな人物がどの様に送り込まれているかまでは知らされていない。
必要があれば、上から「実は……」と情報がもたらされることもあるが、必要がなければ、知らされぬまま殺し合っていたということも有り得るのだ。
「嘘で塗り固めても、意味はないし、なんなら姑獲鳥の嘴の情報が貰えるかもしれない。
今はまだ『ムーンディスク』の取り外しが不可能だが、その方法が確立するかもしれない、くらいに思わせておいた方が、向こうも泳がしておこうという気になると思うね」
「その意見には賛成しますが、情報はどこかで漏れるものです。
あまり渡し過ぎるのもどうかと……」
「今までに渡した資料を精査すれば、ミーミルの首と天女の羽衣はすぐにバレる。
それを見逃すほど君が居た組織はバカじゃないだろう?」
「……ええ、そうですね。
自分の目が覚めるのがもっと早ければ、もう少し渡す情報も絞り込めたはずですが……」
「それは言っても詮無きことじゃないかな。
それよりも、君がこちら側に立ってくれて嬉しいよ」
「それはもちろん、名と使命をいただきましたから!」
それから、中央研究所の再建を進め、斜子を実験台に、何かヒントはないかと探る。
そうしている内に、高見たちが無事に退院。
中央研究所内の不穏分子の炙り出し、浮島区内に自衛隊・水野少佐が現れたことによる暴走者の確保合戦などが激化していく。
そんな中、直居教授は燈里を伴って、再建中の中央研究所地下の一室に居た。
そこは少し大仰な構えの無線室のような場所だ。
直居教授がヘッドセットマイクをつけて、近くのキーボードに何か作業をしてから、画面に出ている通話ボタンを押した。
画面内には様々な数値グラフがあり、それらが激しく上下している。
「やあ、ようやく開通したね」
……。
「さて、細かい話はゆっくり今後詰めて行くとして……今日はゲストがいるんだ。
僕はしばらく外すから、ごゆっくり……」
……。
直居教授はヘッドセットマイクを外すと、燈里に渡す。
燈里は息を落ち着けるように、一度、深呼吸するとヘッドセットマイクを装着した。
「……父さん?」
───燈里? 燈里なのか?───
「……うん」
───お前、無事か? 母さんは?───
「うん。母さんは家で休んでると思う……」
───そっちはどうなんだ?───
「まあ、なんとか……」
直居教授は静かに扉を閉めた。
───そうか……その、すまないな……肝心な時に居てやれなくて……───
「それはいつもだし……」
───ああ、そうだな……───
随分とバツが悪かったのか、父である望月教授は、それ以上の言葉を探していた。
燈里は、話題を変える。
「今、直居教授の『MD研究室』でお世話になってるんだ。
それと、父さんに大事なことを伝えなきゃならない……」
───『MD研究室』で……それはもしかして……───
「違うんだ。実は俺……あの時から、なんだ……」
───あの時……───
「本当は、あったんだよ。父さんが探していた、『アースディスク』と言うべきものが……でも、ごめん……怖くて言い出せなかった……ずっと……ずっと秘密にしてきたんだ!
父さんが探しているって知ってたのに……自分がどんどん人から掛け離れていくのが怖くて、ずっと隠してきたんだ……ごめん……」
───燈里。辛かったな……父さんこそ、気付いてやれなくてすまない……お前があの事故に合った後、父さんはお前の、純粋な目に耐えられなかった。
だから、研究に逃げたんだ……。
夢遊病が発症した時も、もしかしてあの時のことがお前の心にそういう病気を生み出してしまったのかもしれないと、それでも俺を責めるでもなく、また発掘調査に着いて行きたいと言うお前に、贖罪もできない自分が情けなくて、逃げた。
すまなかった───
「ううん、俺の方こそ、ごめん……」
───いいや、燈里は悪くない。
悪いのは全部、父さんだ。本当にすまなかった……───
お互いの謝罪はこのまま行けば、いつまでも続きそうだったが、なんだかんだと家族だからだろうか、どちらともなく小さな咳払いをして、お互いに話題を変えることにした。
「ええと……そうだ。
つい最近まで、どうしてこうなったのか忘れてたんだけど……自分の意志で変身するようになってから、あの時の記憶が蘇って来てさ……」
───ああ……───
「バカな事して山から転げ落ちて、身体が動かなくなって……森の中で熊に食べられそうになった時、俺を救ってくれた兎がいたんだ。
その兎が、熊をやっつけて、それから俺の中に入り込んだ……それが俺の『アースディスク』なんだけど……」
───ちょ、ちょっと待て……それじゃあ燈里の中にいるのは、情報としての幻想生物ではなく、幻想生物そのものと融合したという認識になってしまう……つまり、現存する幻想生物が居た、ということか?───
「そうなんだと思う。
一緒に生きる、みたいなことを言われて……」
「まだ現存していた個体が居た……その兎はどんな?」
「普通の白い兎だった。
ああ、最近はたまに出てきて直居教授とかと話したりしてる……」
───話す? それは暴走状態の好き勝手に話したいことを垂れ流すのではなく、理性的に話し合いができるということか?───
「うん。たぶん……。
直居教授たちには自分のことをギョクトって呼べみたいなこと言って、偉そうにしてるけど……」
───兎のギョクト……まさか、月の玉兎?───
「何それ?」
───月に餅つきをしている兎がいるって話は覚えてるか?───
「それって月の影の形が兎だったり、外国だとカニに見えることから生まれたおとぎ話ってやつの?」
───ああ。だが、おとぎ話は幻想生物の伝承でもある───
「あ、だから、かぐや姫の知り合いだったり、餅を作る技があったりするの!?」
───かぐや姫……つまりはそれも……───
「隣に住んでる明里、覚えてる?」
───ああ、橙山さんのところの……まさか、彼女がかぐや姫の『ムーンディスク』を!?───
「うん。ギョクトとは上司と部下の関係らしくて、本当は、ええと……ヤタノコンジノキミとか、そういう名前らしいけど……」
───かぐや姫の『かぐ』という名前には、光り輝く、という意味がある。そして、中国の古い伝承に玉兎と共に語られるモノがいる。
それが金翅鳥。光り輝く翼を持つ金の鳥で太陽の化身でもあるとある。
八咫、といえば、八咫鏡、八咫烏……単に大きいという意味でも使うが……神武東征の折、道先案内として立ったのが、八咫烏だ。だが、日本書紀によると、金鳶、つまり金に光る鳶だったという話が伝わっていて、これもまた太陽の化身としての性質を持っている。
かぐや姫、金翅鳥、八咫烏……これらが全て同じモノを表すのだとしたら、ヤタノコンジノキミという名前にも納得が行くが……───
「あ、たしかに、アイツ、金の翼と太陽みたいな光の玉を飛ばしてた!」
───は、はは……金翅鳥に玉兎か……だが、何故、本来は月に居るはずの玉兎が『アースディスク』、いや地球に?───
「かぐや姫から不死の薬として、時の天皇陛下に送られたとか……でも、ただの兎として食われそうになって、逃げ出したとかなんとか……」
───そうか! 玉兎の作る金丹!
玉兎は月で不老不死の妙薬を作るという伝承がある。
まさか、そんな繋がり方をするとは……───
「ギョクトはそれもあって、罪もないのに地球で暮らすことになって、かぐや姫のことをクソ上司とか、恨み言が尽きないみたい……」
「当然デアロウ! シカシ、クソ上司トハ言イ得テ妙ヨナ! 今後ハ使ワセテ貰オウ……」
───燈里?───
「ああ、ごめん。今のがギョクト。
挨拶代わりなのかも?」
「ソノ様ナ、挨拶ガアルカ!
燈里ノ父御殿ヨナ。
ギョクトデアル。以後、ヨシナニ……」
───ギョクト様ですか!?
ご挨拶が遅くなりまして、申し訳ございません。
その節は、燈里の生命を救っていただき、誠に感謝、申し上げます───
「ウム……ヨキニハカラエ。
久方ブリノ親子ノ会話、我ワコレデ休マセテモラウ」
───はい。ご配慮、痛み入ります。
いずれまた、機会を設けてお話をお聞かせ願えればと思います───
「直居ト同ジ学究ノ徒デアロウ。
ナラバ、否ヤハナイ。イズレナ……」
「……あ、戻った」
───凄いな。暴走ではなく、本当に会話が成立したぞ。それに雰囲気からして別人だった!
それで、身体の不調なんかは大丈夫なのか?───
「ギョクトが言うには、あまり無理に出てきたりすると、俺の魂を押し潰すことになるとか言ってたけど、特に変な感じはないかも?
なんか慣れて来たというか……ギョクトが出たがってる時は、身体のコントロールをこう……向こうに沿わせるというか……」
───ふむ……魂……あまり良い響きには聞こえないな……───
「まあ、たぶん大丈夫だよ!
それより父さんの方は?
本土の方で『ムーンディスク』の研究を進めてるんでしょ?」
───ああ。だが、正直、父さんのやり方には合ってないかもな……───
「そうなの?」
───政府は直居教授とは別角度を持った人間として、父さんをこちらの研究の主軸に据えたんだと思うが……口出しが多くてな……しかも、性急に事を進めたいのか、恐らく俺の知らないところで人体実験紛いのこともしているらしい……幻想生物たちはコントロールできるなら新エネルギーと同じだからな───
「軍事利用とか、そういうことでしょ?」
───端的に言えば、そういうことだ。
だが、ここで父さんが手を引けば、浮島に残された母さんや燈里との細い線を自ら断ち切ってしまうことになる。それを考えるとな……───
「だから、直居教授とこういう秘匿回線で情報をやり取りすることにしたんでしょ」
───まあな。どうしたって軍事利用の線は消えない。それなら先に平和利用の線も確立しておきたくてな……───
「うん」
燈里は全て分かっているという風に頷く。
父としても苦渋の決断の連続なのだろうというのも分かる。
今まで貯め込んで来た知識が、人殺しの為に使われる。
ならばせめてそれが世に出るのを遅らせる、または対抗策を生み出す、そういったことを成したいが為の今の立場なのだろう。
ギョクトを隠したままの燈里だったなら、父を非難の目で見ていたかもしれないが、お互いの想いを打ち明け合った今なら、そう信じられる気がするのだった。
そうして、話題は浮島区の生活のことや、学校でのことなど、家族の会話に終始するようになってから、「じゃあ、また!」と言って、席を直居教授に明け渡した。
かなりの時間が経っていたにも関わらず、直居教授はほっこりした顔で待っていた。
そして、また話したくなったら言いなさい、と言ってヘッドセットマイクを受け取るのだった。




