魂鏡七五、取調べ
「これで全てですか?」
国枝がパソコン内の資料を精査しながら聞く。
新しく直居教授の執務室になる予定の部屋では、まるで国枝がそこの主であるかのように中央に座っている。
「凶鳥事件の時に教授の執務室が半壊しまして、今、まともにお見せできる資料は、それが全てです」
国枝に資料を見せて欲しいと頼まれた斜子は自分のパソコン内の資料を転送した後、そう言った。
「全て、とお願いしましたが?」
張り付いた笑顔のまま国枝が斜子へと視線を向ける。
正面から直視してしまえば、その眼は笑っていないのが分かる。
ただでさえ他人とのコミュニケーション能力に難がある斜子は、それを敏感に感じ取って、息を詰まらせる。
「あの……ええと、まだ確定していないものや、一部が散逸してしまった一次資料なども多くて、ですね。
それらは要らぬ誤解を産む元になりかねないので、お出しできないのです……その……」
「確定させるかどうかは、こちらで判断をつけます。
とにかく全てを出して下さい。
でなければ、直居教授に叛意ありと判断せざるを得ませんよ」
「で、ですが、個人的な覚え書きなども多く……」
「そうですか。命令として出したほうが良いならそうします。
ですが、命令にしてしまうと上の覚えは悪くなるでしょうね……それでもいいですか?」
「う……うう……」
斜子は渋々ながらロッカーを開けて、ダンボールに詰め込まれた紙資料を取り出す。
国枝はひとつ鼻を鳴らすと、それを受け取り、荒らすように資料を当たっていく。
そうして、直居教授の手帳を、パラパラとめくりながら目を通すと、ようやくソレに行き当たった。
身も蓋もなく、ソレを食い入るように眺めると、満足したように頷く。
「やはり、『ムーンディスク』の付け外しが可能なのですね……」
「いいえ、まだ仮説の段階で必要な人材も揃ってませんから!」
「では、どこまでの人材が揃っていると?」
「それはそのう……」
「……たしか、仏の御石の鉢と目される入院患者の記録と、それから龍の『ムーンディスク』保持者はこちらの臨時職員に居ましたね……それから、そうだ。
最新の資料には、貴女の『ムーンディスク』が天女の羽衣だとか……そうなると、あとふたつ。
蓬莱の玉の枝こと七支の灯火と、燕の子安貝こと姑獲鳥の嘴でしたか?
そちらの目処もついているということでしょうか?」
斜子は自身の『ムーンディスク』が火光獣だと確定したのが嬉しくて、つい最新の資料にウキウキで「別名では天女の羽衣とも呼ばれる」などと記したことを後悔した。
斜子はドキドキしながら国枝の座る執務机の後ろに堂々と飾られた『七支刀レプリカ』に視線をやる。
直居教授ももうすぐ退院ということで、戻って来た時にサプライズで見せてやれば感激して泣くんじゃないかと燈里と話していたのに、これが見つかってしまえば直居教授の反逆罪が確定してしまうかもしれない。
何しろ自衛隊の隊長らしき人から奪って来た逸品なのだ。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、その……浅黄さん、青龍の『ムーンディスク』保持者の方は、臨時職員と言ってもアルバイトで、しかもまだ高校生でして……」
「それが何か?
高校生アルバイトを雇って、あまつさえ戦闘要員として採用したのは貴方がた『MD研究室』です。
しかも、国の認可も受けてませんよね?」
「ええと、その……それは緊急時の非常措置というやつでして……それに青龍はまだ覚醒段階にないとギョクト様も仰っていて……」
「ギョクト? それです。
たしか、この魂の操作という証言もギョクトという『ムーンディスク』から齎されていますよね。
こちらも臨時職員採用されている……たしか、望月くんですか……」
「はうっ……」
斜子は思わず自分の口を塞ぐが、あとの祭りとはこのことだろう。
「では、浅黄、望月の両名を呼んでください」
「いや、でもまだ授業中ですし……」
「今の時点で学校は子供たちの避難所でしかありません。体系化された授業方式も取れていないと聞きますが?」
「ですが、学生の本分は勉強にある訳で……」
「両名とも臨時職員扱いということは、緊急時にこちらに来る義務があるはずです。
かぐや姫の『ムーンディスク』保持者を呼び出さないだけ、温情だと思いますがね……」
国枝の言葉に、次第に棘が多く含まれていく。
逆らえば、また直居教授に反逆罪が、と言い出しかねない。
斜子は追い詰められて屈した。
「はい……」
燈里と莉緒、二人は今までなかった緊急呼出に応じて、管制センタービルの新しい直居教授の執務室に出頭した。
今までは昼間の呼出などはあくまで任意という形で、緊急呼出などと言う大仰なものではなかったので、二人とも何事だろうかと大惨事を予想しながら急いで向かったが、場所が直居教授の執務室なことと、義巳と叶和には緊急呼出が掛かっていなかったので、もしや直居教授の退院が早まったかと、少しの期待もしていた。
だが、待っていたのは、国枝と名乗る中肉中背、常にへばりついたような笑顔を浮かべた中間管理職の人間という感じで、特徴のあまりない平均的な日本人顔をしている。
防疫服に身を包んだ国枝は『国防長官付、事務次官』を名乗った。
すぐ近くには申し訳なさそうな顔をした斜子が疲れきった様子で控えている。
「聞きたいことがあるので、ギョクトになって貰えますか?」
「は? え?」
どういうことか分からず、燈里は斜子の方を見る。
「ごめんなさい……かぐや姫の宝物について、こちらの方が話を聞きたいんだそうです……それでギョクト様をって……」
「そもそも、こちらの方にお会いするのが初めてなんですが、最初から浮島区にいた方じゃないですよね?」
浮島区にいた人間なら、ウィルス説がデマなのは知っているので、防疫服など着ているはずもない。
「ええ、先日、赴任して来ました」
「封鎖されて通れなくなっているのに!?」
「出られませんが、然るべき筋を通せば、入れない訳ではないのです」
まるで、大人の世界はそういうものですとでも言いそうな、ある種の慇懃無礼さを感じて、燈里は追及を辞めた。
「では、ギョクトになって下さい」
早くしろ、とでも言いたげな雰囲気に燈里はつい反抗したくなってしまう。
「強制ですか?」
「望月くん、貴方はMD研究室の臨時職員として扱われます。
どうやら、学生ということでかなり緩く扱われてきた様ですが、基本、戦闘要員は上官の命令に絶対服従というのが服務規程にあります。
逆らった場合のペナルティも聞きますか?」
「待ってください!
そもそも、国防長官付、事務次官は国の役職であって、『MD研究室』の役職じゃないですよね、斜子さん」
「うっ……それはそうなんですが、そのぅ……」
斜子は言い淀む。
浮島区の成り立ちからして、官公庁の肝いりなのもあり、『宇宙開発公団』は半官半民という組織である。
そこを説明してもいいのだが、それよりも直居教授の進退を人質に取られているのが、斜子が逆らえない部分なのだ。
「なんですか、言ってください」
莉緒が詰め寄ると、斜子はますますしどろもどろになってしまう。
そこに口を挟んだのは、国枝だった。
「言いにくい様なので、私から説明しますよ。
簡単に言えば、直居教授は国家への反逆を疑われているんですよ。
貴方がたの協力が得られなければ、その責任は直居教授に取っていただく事になりそうですね」
「くっ……『魔凱着奏』」
聞いた途端、燈里は変身ブレスレットを起動した。
国枝のいやらしさに憤慨して、荒御魂が高まるのを感じたが、長年の経験から自制心を発揮、勝手に『直居覚醒』することを抑えて、変身ブレスレットによる『魔凱着奏』に切り替えた。
ここで暴走したと判断される訳にはいかないと思ったのだ。
燈里はなるべく冷静に努めて、自分の言葉で語った。
「ギョクトに代わります。
直居教授からは暴走ではない特殊な状態という理解を得ていますので、悪しからず……」
兎の魔凱の瞳が青白かったものが、赤に染まる。
「人風情ガ……我ニ何用ゾ?」
普段よりも尊大な雰囲気を醸し出して、ギョクトが言葉を発した。




