魂鏡七四、傭兵
夜間、三人の男女が浮島南端から脱出を試みる。
彼らは『マナガルム』から選ばれた傭兵である。
南端からの脱出は、橋ではなく、太平洋側に出て、海岸沿いから本土に上陸するのが目的だった。
また、海を移動するなら、海上保安庁と海上自衛隊を相手にすることになるが、橋を守る陸上自衛隊よりも与し易いだろうという思惑あってのことだった。
『MD研究室』のレーダー網もこちら側は手薄だというのも選ばれた理由になる。
傭兵として選ばれたのは、巨大なイカ、クラーケンの『ムーンディスク』保持者、人の顔にライオンの胴体を持つマンティコアの『ムーンディスク』保持者、北風の神、翼のある老人ボレアースの『ムーンディスク』保持者の三人である。
三人は闇夜に紛れて浮島南端まで行くと、ゴムボートを海中に投じる。
レーダーはボレアースが風を操り掻き乱した。
そうしてマンティコアとボレアースがゴムボートに乗ると、クラーケンの女性が静かに『魔凱着奏』して水中に潜った。
手漕ぎのはずのゴムボートが、エンジンボート並のスピードで進み始める。
「そこの不審船、止まりなさい!」
投光器から投げかけられる光がゴムボートを照らす。
二人の男が眩しそうに目元を覆った。
海上保安庁の巡視船、海上自衛隊の護衛艦などが一斉に集まって来る。
「やはりバレるもんですね、笹井さん」
「まあ、遠慮はいらんという話だしな。
とりあえずは蓮見のお手並み拝見といこうか」
どっかり座ったゴムボートの二人はキャップを目深に被って、光に耐えた。
途端、海上自衛隊の護衛艦の脇に、巨大な柱が立ち上がる。
かと思えば、柱はあちらこちらと次々に立ち上がる。
「うわ、なんだこれは!?」「発砲許可! 不審な柱をなぎ払え!」
柱は銃弾に怯むことなく、艦艇を巻き取り、海中へと沈めていく。
そして、艇員たちは見てしまう。柱にはしっかりと吸盤があるのだ。
「う、海の魔物、クラーケンだぁぁぁ!」「しっかりしろ! ウィルスで変異しただけで、元々は人間だ!」「こいつを日本の領海外に出す訳にいかん! 応援を呼べ!」
混乱の最中、日本では有り得ない程の銃声が辺り一面に響く。
クラーケンの十本の足が、にゅるにゅると動いて辺り一面を全て海の藻屑としてしまう。
「ははっ……なかなかに壮観じゃないか、草間くん」
「ええ、海の上なら戦艦相手でも潰せそうですね」
ゴムボートの上の二人が静かになった海上で、仲間の強さに驚いている。
すると、頭上から強烈な光が差し込んで来た。
それは、急激な速さで弧を描くように進むと、それからゴムボート目掛けて落ちて来る。
近海まで応援に駆けつけた潜水艦から放たれたミサイルだった。
「「『魔凱着奏!』」」
二人が変身する。
「草間くん、落ちるなよ。【暴風】」
老爺の仮面に翼を纏い、全身に蛇の意匠を施された魔凱姿になったボレアースが両手を上げると、海水を巻き上げて竜巻が生まれる。
ミサイルが竜巻に巻き込まれて、照準をずらされ海上へと落ちて爆発した。
それからゴムボートは悠々と太平洋まで出て、すぐに千葉県の海岸へと上陸した。
ゴムボートは乗り捨てられ、ヘリを使った追跡が行われたが近づいた途端に突風によって制御を失い。
立て直しをしている間に三人を見失ってしまった。
なぜか正式発表では、ウィルスで変異した者、数名が浮島区から脱出を試みて、逮捕され都内某所の病院に搬送、隔離されたと発表があった。
画面に映された変異者たちは、まるで着ぐるみを着た怪人のような姿が一瞬だけ映ったが、その後の続報はプライバシー保護のためという理由で一切無かった。
浮島区の完全封鎖は、一瞬の綻びを見せたものの、しかし安全神話は崩れなかったのである。
数日後、中東の紛争地帯で奇妙な噂が流れた。
曰く、敵側に悪魔を呼ぶやつがいるという噂だ。
黒い鎧は銃弾が効かず、人間を食い殺すような悪魔だと噂された。
これにより、戦争終結は遠くなり、中東紛争はより長引く形になりつつあった。
国府台はSNSで世界情勢を確認すると、満足そうに頷いた。
「まずは重畳。
海上自衛隊は情報を持っていなかったようですね。
まさか、この日本でミサイルを持ち出すとは……。
しかし、これで今後は更に海側への脱出はやりやすくなるでしょう。
今回のミサイル使用に大義名分を持たせられなかった以上、次は撃てなくなったと言っていいでしょう。
更に大量の艦艇破壊も大きい。
貴方たちが本気を出せば、今の軍ではまず止められないことが確定しました。
今頃、政府は大混乱でしょうな」
「呑気に言っているが、お前はその政府の使い走りなんじゃねえのか?」
高桑が良く分からんという顔で聞く。
「ええ、来年度の軍事予算が楽しみです。
わたくしの仕事は、貴方がたの椅子を用意すること。
これも政府の用意したシナリオですから」
「ほーん……胡散臭えこって……」
「まあ、順調だと言うことです。
手段はいいんですよ。大事なのは結果ですから……」
「いいのかよ、瓜生?」
「問題ない。想定の範囲内だ」
瓜生は、ジッと座ったままそう答えたのだった。




