魂鏡七三、国の礎《いしずえ》
『MD研究室』を訪れた男は、国枝と名乗った。
中肉中背、常にへばりついたような笑顔を浮かべた中間管理職の人間という感じで、特徴のあまりない平均的な日本人顔をしている。
防疫服の中にスーツを着込んだ彼は、『国防長官付、事務次官』を名乗った。
「国防上、こちらの正確な内部資料を見せていただく必要が出てきました。
これは機密事項になりますが、諸外国による月遺跡の領有合戦が激化しております。
浮島からが難しければ、老朽化が著しくても、種子島を使わねばなりません。
政府は全資料の移設を考えております。
もちろん、ウィルス問題がなくなり、引き続き浮島が使えるのならば、その限りではありませんがね?」
室長代行、左前は国枝に胡乱げな目を向けた。
「あんたが政府の肝入りで来たのは分かった。実際の所属が国防長官付、事務次官なのか、政府御用達のスパイ組織なのかもどうでもいい。
資料は定期的に渡しているし、種子島に研究所を新設するのもいいだろう。
だが、全資料を移設するとは、どこからどこまでを指している?」
左前は国枝が建前通りの人物だとは、毛ほども信じていなかった。
国枝の説明によれば、国からの役割を果たせていない日本宇宙開発公団の働きに業を煮やした政府は、宇宙開発において他国に負けないために、新しく政府直属の宇宙開発機関を作るため、その下地作りに励んでいるらしいが、どうにもキナ臭い。
他国が一枚の『ムーンディスク』獲得のために月面上で争っている中で日本は八千枚以上の『ムーンディスク』を有している。
今は危険だという理由でウィルス説をでっち上げて、浮島を外界から隔離しているだけで、やろうと思えば浮島区を再稼働することも不可能ではないはずなのだ。
だと言うのに、浮島区の封鎖は解かず、資料だけを取り上げようという試みは、わざわざ浮島区を混沌の坩堝にしたいかの様な物言いと言える。
それに国枝がここに来た経緯も不信感を募らせる。
国枝は自衛隊の目を盗んで、ゴムボートで浮島に上陸している。
国枝曰く、正式訪問となるとマスコミが群がる、現時点でそれは避けたい、また実地調査が重要で、来たくなくとも来なければならなかったとのことだった。
「月々で渡ししている資料では足りないと?」
「まあ、代表である直居教授は、最近、反政府思想に染まったのか、我々を信用して下さらなくなりました。
そうなると、こちらで用意して下さる資料の信ぴょう性にも関わってきます。
そこで、誰かが問題ないと判を押さなければならなくなったんですよ」
「ウィルス説をぶち上げて、民衆を騙し続けている政府のどこを信用しろと?
直居教授が反政府思想に染まっていると言うなら、この浮島区の住人全てがそうだと言わざるを得ない。
なぜ、政府は嘘を吐き続ける?」
「……答えてもいいですが、納得はなさらないでしょう?」
「それは、表向きのことしか話す気はないということだな」
「まあ、そう思うのであれば、そういうことにしておきましょう」
「それで、何が欲しい?」
「『ムーンディスク』の除去方法」
「それは俺たちが切実に求めているものなんだがな……」
「ないと言うなら、探させてもらいますよ。
それがあるなら、全ては解決するんですから……」
「好きにしろ……」
左前は投げやりにそう言うのだった。
その男は国府台と名乗った。
中肉中背、常にへばりついたような笑顔を浮かべた中間管理職の人間という感じで、特徴のあまりない平均的な日本人顔をしている。
「……簡単に言えば、貴方たちのような新人類が覚醒するのを政府は待っていたということです。
混乱を避ける為に、ウィルス説をでっち上げ、皆さんが独自の進化を遂げるための、いわばガラパゴスを作り、皆さんは見事にそれに応え、新人類となった。
お見受けするに、軍事力は充分なようですし、そうなると次に必要なのは政治に対する発言力かと存じます。
現状では旧人類勢力が世界の大勢を占める以上、新人類たる皆様が世界に認められるには、それ相当の働きを示す必要があるかと。
それを後押しする用意が現政府にはあります。
いかがですか?」
『マナガルム』の主要人物が集まる、浮島区の占拠された地下施設の一室で、朗々たる演説が響く。
『マナガルム』リーダー、瓜生創は値踏みするように国府台を見ていた。
「それで、俺たちに何を望む?」
「まずは軍事力を。
働きによって、政治の場に席を設けるのも吝かではないと」
「想定の範囲内だな。
だが、知っての通り、俺たちは籠の鳥だ。
どうやって出る?」
「そこも含めての働きになります」
「そう言う以上、穏便に済まないのは理解しているな?」
「自衛隊の良い訓練になるんじゃないですかね?
タダ飯食らいは彼らも気が引けるでしょう」
「なるほど……言っておくが、約束を違えれば、俺たちは容赦なく牙を剥く。
それにタダ働きをする気もない」
「もちろんです。
お互いの信頼を勝ち取るためにも、まずはビジネスから始めるというのは、妥当な線ですな」
国府台が瓜生に近づき、瓜生は座ったまま国府台と握手を交わすのだった。
その男は国分寺と名乗った。
中肉中背、常にへばりついたような笑顔を浮かべた中間管理職の人間という感じで、特徴のあまりない平均的な日本人顔をしている。
防疫服の中に野戦服を着込んでいるが、あまり精悍な様子は見受けられない。
しかし、紀章は少佐の物を身につけている。
浮島から続く橋の少し入った所に設けられた自衛隊の宿営地に現れた国分寺は、新しい『七支刀レプリカ』とトラックいっぱいの弾薬を持って来ていた。
「水野少佐。新しく試していただきたい物が幾つかできましてね。
それと、新しい『七支刀レプリカ』もお持ちしましたよ」
「感謝します」
「我々は、上が効果があるかないかも分からずに作った銀の弾丸や聖水入りの弾丸を使えと言われれば、それが竹やりだろうが、ひのきの棒だろうが、それを使って戦うしかない訳です。
命令に従うことで部隊の規律は保たれる以上、今後は隊員たちに無理を強いることも増えるかと思います。
しかし、命令は命令です。
今後とも覚悟を持ってお願いします」
「はい、心得ております」
「では、受領書にサインを」
国分寺の言う通り、受領書に並ぶ支給弾薬には様々な種類の弾薬が並ぶ。
聖銀、聖水、呪殺刻印、白木ウッドチップ、魚頭粉末、大豆凝固ウッドチップ、柊ウッドチップ……古今東西、妖怪やら悪魔やらに効果がありそうな物をとりあえず弾頭にしましたという代物だ。
ウッドチップ製の弾頭など、人すら殺せない弾頭を危急の時に使えなどと支給されても、何の役にも立たん、そう思いながらも、それを指示するのは自分なのだと、水野少佐は忸怩たる思いを噛み締める。
「報告書によれば、通常弾は『魔凱』を纏った怪物には効果なしだとか。
それなら特殊弾頭を試して、効果があれば上々という思惑のようです。
水野さんも辛い役回りですが、少しでもお役に立てるようにと自分が派遣された訳です。
いちおう、これでも神学と郷土史の知識を叩き込んできました。
使うべき弾頭の指示は私が出します。
少しでも負担が減るといいのですが……」
「はい、ですが命令は自分が。
隊内にはそういう系の知識がゲームに偏っているアホばかりなので、助かります……」
水野少佐は素直に頭を下げたのだった。




