魂鏡七二、敗残者
「……うええ、ようやく戻った。
あんまり身体のコントロールを奪われるって、気持ち良くないんだぜ……」
───分カッテオルワ。今回ハ緊急避難ト言ウヤツ故、許セ。
童子ニ任セテオイタラ、一撃デ終ワルノガ目ニ見エテオッタ、アノ女童子ハ気ヲ失ワサレタ……ソレモ根性デ耐エテイタガ、気絶ハ如何トモシ難イ。傷ハドウトデモナルガ、気絶ハ無力シテハ火鼠ガ攫ワレル可能性モアッタ。
無論、無理ニ入レ替ワルト、童子ノ魂ニモアマリ良イ事デハナイ。
ダカラ緊急避難故ナ……。
ソレヨリモ、火鼠ト蓬莱ノ玉ノ枝ヲ、シッカリト確保セヨ───
「へいへい……藍沢、手伝ってくれ!」
叶和の助けを借りて、河童星人だった男を車に放り込むと、燈里は最初に確保した佐々木の長い『七支刀レプリカ』を拾い上げる。
すると、餅の中で項垂れていた水野少佐が、餅沼の外に自分の『七支刀レプリカ』を放った。
「こんなことを頼めた義理ではないが、それを持っていくならこちらと交換してくれないか?
特殊合金の含有率はこちらの方が上。
部下がそれを失ったとなれば、部隊からの放逐も有り得る……」
「特殊合金?
それって何か関係あるのかな?」
「ヒヒイロカネノコトカ。
タシカニ、ソチラノ方ガヨリ良イ物ノ様ダ。
コチラハ、アノ男ニ合ワセテアルカラ嵩張ル。
構ワヌガ、貴様トテ失クシテ困ルノデハナイカ?」
「私が奪われたのなら、上層部も納得しやすい。
これでも剣の腕では一番を買われての配置だからな……」
「……なら、交換ってことで!」
「それって必要な物なのニャ?」
また勝手に喋る自分の口に───俺のために良くないんじゃないのかよ!───とツッコミを入れつつも、燈里は納得する。
その意味を知らない叶和は、燈里に聞いた。
「明里の中のかぐや姫と直居教授、俺の中のコイツが欲しがってる。
上手く道具が揃えば、『ムーンディスク』を望まない人たちから取り出せるんだって」
「それは重要ニャ!
なんで早く教えとかないニャ!」
「それは……」
燈里がどう説明しようかと考えていると、変身を解いた斜子が近づいて来る。
「まだ仮説段階だからです。
教授のメモにありました。
望月くんの中のギョクト様と橙山さんの中のかぐや様、二人のお話から可能性は高いと見ているようでしたが、何しろ全く未知の領域の話です。
魂の操作なるものがどういった扱いになるのか、また人間が踏み込んでいい領域なのか、悩んでいらっしゃる様でした。
それに例のテロリストのことなど事件が多発していて、ただでさえ人手不足なところに、仮説段階のアイテム探しに人員を割り振る余裕もありません。
それにこの話が出回ってしまうと、皆に希望が生まれます。
希望というのは、毒にも薬にもなります。
余計な混乱を生む可能性もあります。
まだ仮説だからと言う話だったとしても、いつのまにかそれはできることとして扱われるでしょう。
だから、教授は秘匿事項として扱っていたんだと思いますよ。
……それはそうと、私って本当に火鼠なんですか?」
最後のひと言までをまくし立てるように話して、斜子は地面を見つめる。
元々、コミュ障気味なので、燈里の中のギョクトに本来なら投げかけたかったであろう最後のひと言は、ともすると独り言のようにも感じる。
「え、ええ……俺の中のコイツはそう言ってますね」
ぱあぁ、とまるで光が差し込んだかのように斜子が顔を上げる。
「私が、火鼠……天女の羽衣……」
「それって大丈夫なのニャ?
火鼠の裘ってことは、皮を剥いだり?」
「え!?」
「しないって。火鼠がいるなら、そっちの方が細かい操作ができるからいいんだって……」
「ほっ……あ! それって私が魂の操作を行えるってことですか!?」
「……そういうことになるみたいですね。
子安の燕貝、姑獲鳥の嘴も居るならそれに越したことはないらしいですけど……」
燈里はギョクトの言葉を咀嚼して伝える。
「ちょっとその辺りのことは帰ってから、ゆっくり聞かせてください!」
斜子はそう言って車に乗り込む。
「「あ……」」
そういえば運転は斜子だったと思い出し、燈里と叶和は、お互いにげんなりとした目を向け合うのだった。
その場に取り残された水野少佐は、ギョクトに言われた通りに腰の辺りまである餅を、むんずと掴み、それを食った。
白いソレは、ただの餅だ。
味はもち米、しかし、食えば力が漲る。
水野少佐は怪我らしい怪我はなかったが、疲れが吹き飛び、細かな傷が癒えていく。
不思議な食べ物だった。
「うっ……つっ……少佐?」
坂本中尉が目を覚ます。
「起きたか……」
「……は、目標は?」
「残念ながら失敗だ。それよりも、まずはこの餅を食ってくれ……」
「は?」
「食えば怪我が治り、活力が漲る。まだ搗き立てだ。
惜しむらくは、きな粉も醤油もないことだがな……」
「水野少佐?」
「我々は『七支刀レプリカ』によって戦える力を持ったが、まだまだ経験不足だったということだ。
『ムーンディスク』保持者は異形の力を使う。
普通の人間相手で考えると痛い目を見るということだな……」
「はい……」
「この餅もその異形の妖物が結実したものだ。
早く食って、それから佐々木にも食わせてやれ」
「これを……食べるんですか……」
一般的な訓練として、いざという時に虫やら蛇やら、蛙やらで飢えを凌ぐのはやったが、元アスファルトが餅になったものとやらを食べていいのかは、非常に迷うところではある。
だが、水野少佐は食べていたのだし、と坂本中尉は自分に言い聞かせて、どうにか意を決した。
もっちゃ、もっちゃ……。
味は普通。いや、噛めばもち米特有の甘みが溢れ、いつまでも最適なモチモチ具合で、なんなら旨い。
しかも、火傷した肌もチリチリになった髪も、恐らくは足型が残っているであろう鳩尾の痣も、痛みが取れて健康な状態へと戻っていく。
「これは……」
「サンプルは持ち帰るとして、佐々木にも食わせてやれ……食えなさそうなら、小さくちぎって、水で流し込んでもいい」
水野少佐の言葉に従って、坂本中尉が佐々木中尉の口に無理やり餅を放り込む。
すると、いくらも食わない内に佐々木中尉の骨折も治ってしまう。
そうして餅沼から助け出された水野少佐は、かき集められるだけの餅のサンプルを手に、宿営地へと戻っていく。
「少佐、剣が……」
佐々木中尉は奪われたはずの自分の剣が残り、少佐の剣が失われていることに一抹の疑念を抱く。
「気にするな……それよりも、例の希少金属を兎人間の中の妖怪が『ヒヒイロカネ』と呼んでいた。
この情報はかなり重要なものだと考えられる。
それから、餅のサンプルもな。
それと話を聞く限りでは、『ムーンディスク
』を人間の体内から取り除く方法というのも、そう遠くない未来に確立できそうな感じだった。
それが実現できるのなら、我々の仕事も変わる可能性がある」
「変わる……ですか?」
「ああ、『ムーンディスク』保持者でないと保証があるなら、俺たちの封じ込め作戦が取り止めになる可能性もある。
表向きには、ウィルス感染者の特定が可能になったとでもすれば、希望はある……」
希望。それは時に混乱を齎す。
しかし、人はそれに縋らずにはいられない。
それは、斜子や燈里たちが迂闊だったとも言いきれず、水野少佐が悪いのかと言えば、そうでもない。
小さなボタンの掛け違えが、伝言ゲームの妙のように、次第に変質することもあるのだ。
情報が上に届いて数日。
浮島区に上陸を果たした者が数名。
それぞれに別の使命を持たされた工作員たちは、連携することもなく、自らの職務を果たすべく、暗躍を開始するのだった。




