魂鏡六九、七支の灯火
佐々木中尉。坂本中尉と同じ階級の自衛隊員である。
水野少佐を筆頭とする、坂本、佐々木中尉らは、同じ特殊部隊に身を置いている。
名を『七支隊』。
『七支刀レプリカ』を運用するために設立された特殊部隊である。
水野少佐は円の動きで、少しずつ河童星人を追い詰めていき、河童星人が暴発するのを待った。
円の動きだが、実際は螺旋であり、数ミリ、数センチ単位で相手の周囲を回りながら距離を詰めていく。
元々が力士という格闘家である河童星人は、相手との間合いに敏感だからこそ、その間合いに幻惑される。
二手。【水爆張り手】で『七支刀レプリカ』の先端を弾く。間合いに入った瞬間、『七支刀レプリカ』という長い間合いの武器を持つ相手だからこそ、その間合いを遠心力に換えて上段からの振り下ろしが来るだろう。
だから、その出鼻を挫く。
相手が遠心力を利用するなら、こちらも遠心力を利用すればいい。
『七支刀レプリカ』の先端が先端であるほど、弾きを抑えようとすれば、それ以上の膂力が必要になる。
その弾きに【水爆張り手】を使えば、たとえ横綱の膂力があっても剣のブレは抑えられないだろう。
そうなれば、もう一手。
本命はただの張り手でいい。
『魔凱着奏』している今の状態の張り手に人間が耐えられるとは思えない。
一手目、【水爆張り手】。
しかし、これが水野少佐の誘いだった。
始めから水野少佐が狙っていたのは、後の先。
裂帛の気合いと共に打ち込みをしたと思わせる。
達人同士の戦いとなれば、まさに一瞬。
河童星人の【水爆張り手】は爆発することなく、スカされた。
直後に襲い来る『七支刀レプリカ』の一撃。
河童星人は二手目に放つはずだった手を使って、ギリギリで斬撃を滑らせた。
危うい所での攻防。
河童星人は、また迂闊に動けないと見て、慎重に相手との間合いを計るのだった。
佐々木中尉が『七支刀レプリカ』を使って、叶和に向けて突きを放つ。
叶和は片腕のケペシュで軌道をズラすと、一気に懐に飛び込もうとするが、そこには坂本中尉がフォローに入っている。
瞬間、叶和は攻撃に転じたケペシュを引いた。
キンッ! と冷たい音がして、叶和はケペシュを巻き取られないように後退、これがあとひと息遅れていたら、『七支刀レプリカ』の枝部分に挟まれて、ケペシュを巻き取られていたかもしれない。
坂本中尉は『七支刀レプリカ』をソードブレイカーのように器用に操る。
ソードブレイカーは峰部分に櫛状の部分があって、そこに相手の剣を挟み込んで、折ったり、巻き取ったりする武器だ。
七支刀は左右に合わせて六つの枝を持つ剣で、それ故にソードブレイカー的な使い方と相性が良い。
叶和は、坂本中尉の剣技の方が厄介と見て、どう崩すか考える。
佐々木中尉の攻撃と坂本中尉の防御、どちらかならば崩せそうに見えるが、二人を同時に崩さなければ、どちらにも届きそうにない。
詰んだかもニャ……。と隙のない布陣に舌を巻くのだった。
燈里は【生太刀・影打ち】を構えながらも、叶和と佐々木・坂本中尉ペアの攻防に割り込めず、なんとか隙を窺っている。
「アレヲ確保セヨ!
アレコソガ蓬莱ノ玉ノ枝ゾ!」
「簡単に言うなよ!
あの中に入っても、切り刻まれて、ぐっちゃぐちゃにされる未来しか見えねえよ!」
「エエイ、痴レ者メ!
ナンノタメノ【生太刀・影打チ】カ!
童子ナレド、男子デアロウ!」
「今の時代に男尊女卑とか、流行らないから!」
「違ウワ! 荒御魂ヲ奮ワセヨ、ト言ウテオル!」
「あ、そういう……回りくどいわ!」
燈里はギョクトに教えられて、ようやく思い当たる。
【生太刀・影打ち】は見えない斬撃を置いておける。
それは天然の罠として作用するはずだ。
佐々木・坂本中尉の攻撃を正面から受けて、叶和は徐々に後退を余儀なくされている。
そこで燈里は横から回り込んで、あえて深く斬り込んだ。
「てりゃああっ!」
「危ニャっ!」
燈里が飛び込んだのは、かなり叶和に近い位置で、それは叶和が押されて後退している関係で、叶和に近い位置に斬撃を置きたいという想いから来ているものだったが、思いのほか叶和に迫り過ぎていたらしい。
「望月! 邪魔するニャ!」
「そうそう、素人がそんな物振り回しても、怪我するだけだぜ、こんな風にっ……あっ?」
佐々木中尉が飛び込んだ燈里が隙だらけなのを見て、踏み込みを少し燈里側に向けて『七支刀レプリカ』を下段から上段へと振り抜く。
ピッ、と佐々木中尉の頬に斬撃が当たった。
防疫服が破れる。
「なん……だ?」
一瞬、佐々木中尉の動きが止まる。
何かが起きた。だが、何が起きたのか理解ができない。
佐々木中尉の中に、相対しているのは人型だが異形なのだという一抹の不安が過ぎる。
燈里は佐々木中尉の振り上げを食らって、腹から肩にかけて傷ができている。
飛び込んだ時点で、斬られる覚悟はしていた。
だが、その斬撃は予想よりもずっと速い。
叶和が燈里を邪魔者扱いするのも納得だった。
上手くいけば、一人を引き離して、叶和の有利な状況を作ろうかと思っていたが、とんだ思い違いだった。
このままでは戦いにもならない。
「くそ! こっちに来るな!」
燈里がなけなしの勇気を振り絞って、斬撃を置く。
「ヤロー……怪しげな技を……」
佐々木中尉が燈里を完全にロックオンする。
期せずして燈里の思惑は成功する。
佐々木中尉が上段に『七支刀レプリカ』を構えて、ゆっくりと近づく。
防疫服に亀裂が入ったところで、歩みを止めた。
「もしかすると……空間を切ってるのか?」
当たらずとも遠からず、佐々木中尉は正確にその性質を見抜いた。
フッ、と息を吐いて、佐々木中尉が下がる。
『七支刀レプリカ』を腰だめにすると、気合い一閃、抜き打ちの要領で剣を振り下ろした。
キンッ! と金属同士が打ち合う音がして、燈里の目には、置いた斬撃が真っ二つになって崩れ去るのが見えた。
「ちっ……今の腕じゃ物のついでに切り裂くって訳にはいかないか……」
不満そうに佐々木中尉が呟いた。
「ひえっ……荒御魂の斬撃って斬れるの……」
「余計ナ御魂ヲ切除スル。
ソレガ蓬莱ノ玉ノ枝ノ効果ナレバ……」
「くっそ、何とかなる未来が見えねえ!」
「ソレハ我ガ権能ノ範囲ニハナイ」
「そういう話じゃねえんだよ!」
「お前……なんか気持ち悪いぞ……」
佐々木中尉は歯に衣着せぬ物言いでそう言った。
「だあ! くそっ! 俺だって勝手に口が動いて気持ち悪いんだよ!」
やけくそ気味に燈里が【生太刀・影打ち】を振るう。
「そこと、そこと、そこ……とりあえず、そこだけ避ければいいか……」
佐々木中尉は慎重だが大胆に歩を進めた。
その動きは、燈里が残した斬撃を綺麗に避けている。
「なんで分かるんだよ!」
「お前が太刀を振った場所だろ。
さすがに次は斬られたくないからな」
「くっ……愛器光臨、【霊搗の大杵】!」
「コレ! 蓬莱ノ玉ノ枝ニ当タッタラナントスル!」
「ああ、もう! ダメダメ言うな!」
兎人間の一人喋りを聞いて、佐々木中尉は身構えたが、どうやら当たるとマズいということは理解できたので、早めに決めてしまおうと、『七支刀レプリカ』を突きに構えた。
燈里はそんな佐々木中尉の構えを見て、【霊搗の大杵】を悔しそうに地面に叩きつける。
「余計なこと言うから、警戒されたじゃないか!」
「元々、勇器デハナク、愛器デ戦ウトイウ発想ガ間違エテオル!」
またもや一人喋りでケンカを始める兎人間に、これ以上の問答は無用と、佐々木中尉は大きく踏み込んだ。
ズボッ、と踏み込んだ足が白い何かに沈み込んだ。
佐々木中尉には、それが搗きたての餅だとは理解できない。
「ぬおっ……」
燈里は焦って勇気を振り絞っていたが、それ以上に焦って口出ししてくるギョクトのおかげで、逆に冷静になって考える隙間が生まれていた。
【生太刀・影打ち】が荒御魂の量でそこに長く留まれる時間や尾を引く長さが変わるというのなら、【霊搗の大杵】も幸御霊の量で範囲や強さが変わるのではないかというのが、考えに浮かぶ。
そして、地面を叩いた時にそれは確信へと変わった。
佐々木中尉がバランスを崩す。
ブレブレになった鋒を避けて、燈里は佐々木中尉の手首を蹴り上げていた。
ゴキリ、と音がして佐々木中尉の手首が不自然な方向に曲がると、『七支刀レプリカ』が餅の中に沈む。
佐々木中尉は片足を餅の中に突っ込んだまま、餅の縁に身体を横たえて、どうにかそれ以上の沈下を防いだ。
「くっ……妖怪変化の類いとの戦闘経験不足ってなんだよ!
はじめから、お前らみたいなのと戦う想定の修行なんて積めるはずねぇだろ!
ふざけやがって……」
それ以上の沈下を防ぐために、身体を動かすこともままならず、佐々木中尉は悪態をついた。
燈里は餅の中から『七支刀レプリカ』を掴んで出すと、地べたに尻餅をつく。
「はぁ……はぁ……その餅、食っていいですよ。
折れた手首は治ると思うんで……」
燈里はそう声を掛けると辺りを見回した。




