魂鏡六七、火鼠の裘《かわごろも》
『MD研究室』室長代行、左前。
黒のつなぎ、黒のキャップ、黒のマスクで死にそうな白い肌、何を考えているのか分からない虚ろな目、それでも、彼は逃がしてしまった暴走者を何とかしようと左前班の面々を各地に派遣した。
ただでさえ暴走者は危険な存在で、班単位での対処をするにしても、覚醒者なしでは難しい。
それでも、高見班、下総班、榎田、直居教授までが入院中の今、他の班員は連絡要員として残さねばならず、苦渋の決断を下さなければならなかった。
それにしても、左前の表情は、ピクリとも動かなかったというのが事実ではあるが、左前班のメンバーは唯々諾々とその命令に従った。
左前班では、左前の小さな声の変化を聞き逃すことなく、それが苦渋の決断だと理解できる者たちが揃っていたというのも大きかったのかもしれない。
左前班、狼男の外村は精力的に動いた。
他の『ムーンディスク』保持者ではない実務員から連絡があれば、すぐさま変身、全力で応援に駆けつける。
もちろん、左前自身も変身して駆けつける形を取っているが、時には外村がそれを上回る。
外村は、外村なりに思う所があったのだろう。
『マナガルム』の男に語った通り、いつか自身の『ムーンディスク』を必要のない物として取り外せるようになるため、そのためにまず、逃げた暴走者たちをもう一度捕らえると力んでいるようだった。
変身ブレスを貰った女性職員。斜子春奈は火光獣と呼ばれるげっ歯類によく似た魔物に変身できる。
斜子もフレースヴェルグの自爆特攻に巻き込まれた一人だが、『ムーンディスク』保持者だったため、怪我の治りが早くてすぐに復帰できた。
ただ、彼女は戦いには向かない『ムーンディスク』保持者だった。
身長百五十センチにギリギリ届かない彼女は、『直居覚醒』すると体高三十センチほどのネズミに似た火光獣と呼ばれる何かになる。
だが、その性質は火や強い光を操れる訳ではなく、火や強い光に耐性があるだけの存在なのだ。
搾取される側の幻想生物。それが火光獣というモノだった。
普段は『MD研究室』の一員だが、あくまで研究畑の人員であり、実務員としては動いていない。
榎田と組んで回収された『ムーンディスク』から情報をどうにか取り出せないかと、色々試すのが彼女の仕事であり、実際、自身の『ムーンディスク』が火光獣だと言うことも知らない。
彼女にしてみれば、少し大きめのげっ歯類系の幻想生物に変身できるが、特に力が強くなったり、スピードが異常に速いなどということもなく、強いて言うなら、寒がりになったという欠点だらけの『ムーンディスク』で、調べる価値なし、変身する価値なしのお荷物『ムーンディスク』という評価であった。
元々、彼女の自己評価は低い。
運動音痴であり、身長は低く、瓶底メガネが必要なほどに視力は悪く、コミュニケーションは苦手で、オシャレに疎い。取り柄といえば頭を使うのが好きくらいしかなく、価値なし『ムーンディスク』保持者になったことで、引っ込み思案を拗らせて、影の薄さに拍車をかけた。
復帰した彼女の仕事は、直居教授が集めた資料の整理からだった。
フレースヴェルグの自爆特攻によって、、直居教授の執務室も結構な被害を受けた。
直居教授は研究に没頭すると他の事が目に入らなくなるタイプで、部屋は本人だけが分かる乱雑な資料の山が幾つも積み上がっているような状況だった。
そこに自爆特攻されて、部屋が半壊、集めた資料がぐちゃぐちゃになった。
中には、研究員にも開示されていないような未精査の資料などもあり、その中に『ギョクト、かぐや姫異聞』なる書きかけの論文が含まれていた。
もちろん、ギョクトと名乗った燈里の『ムーンディスク』との会話が元になっている論文ではあるが、残念ながら斜子はその時、意識が別のところ〈自分の番が回って来た時、変身を叫ぶのが辛いとか、そういうことだ。結果的に変身ブレスレットに問題があるという話になって、一時凍結となって、ホッとしたのは覚えている〉に向いていて、あまり重要視していなかった。
改めて読み返してみると、火鼠の裘についての記述が目に止まった。
火鼠とは、中国神話における火光獣のことを指している。
火光獣。中国の南の山にある不尽木〈燃え尽きない木〉の火の中に棲むとされる幻想生物。
それの裘をかぐや姫が所望したということは、毛皮を集めて服を作られるくらい弱い幻想生物なのだろう。
なんだか、自分の『ムーンディスク』に似ているな、と彼女は興味を持った。
だが、と止まる。直居教授の論文によれば、火鼠の裘をギョクトは天女の羽衣と同一の物だと評したらしい。
斜子は自分が『直居覚醒』した時の、体高三十センチほどのネズミ姿を思い浮かべる。
とてもではないが、自分が変じる幻想生物の皮が天女の羽衣になる姿は想像がつかない。
「なんだあ、違うのかあ……」
残念そうにそう呟いた。




