魂鏡六二、首
燈里は入院棟のロビーまで移動する。
明里は既に着いていた。
お互いに片手を挙げて、燈里は明里とベンチに腰掛けた。
「直居教授がもうすぐ来るから、ちょっと待ちだな」
「それはいいけど、その格好は?
なんか入院してる人みたいじゃない?」
「あ……入院してたんだ……」
「はあ!? どういうこと?」
少々、明里の言葉がキツくなる。
「あ、えーと……任務でちょっと……そっか、言ってなかったか……あ、でも、検査結果次第で、今日にも退院だから……」
「それで、朝のお迎えがなかった訳ね……」
「ああ、うん……すまん……」
「怪我は大丈夫とか言ってなかったっけ?」
「怪我はね。……毒でちょっと時間が掛かりまして……あ、でも、おかげで、というか、判明したことがありまして……」
「何よ?」
「不死身らしいです、俺!」
「……死なないから、問題ないとはならないよね?」
「まあ、痛いものは痛いですね……」
燈里は縮こまって答える。
「なら、そうならないように気をつけなさいよ……」
「まったくもって、その通りだと思います……」
項垂れ、反省したように頭を下げる燈里と、小言が止まらない明里。
まるで尻に敷かれたダメ亭主とかかあ天下の妻のような会話を繰り広げて、二人は口を噤む。
「やあ、お待たせしたね。そちらが橙山さんかな?」
「あ、はじめまして、橙山明里です」
「急に呼び立ててしまって申し訳ない。
直居です。
お噂はかねがね……と言っても、覚醒したのも最近だと聞くし、表面的なことがほとんどだと思うんだが……。
今日は、思ったこと、感じ取ったこと、その辺りを自由に発言して貰えればと思っているからね。よろしくお願いするよ」
「はい。クラスメイトや友達たちが、いつもお世話になってます。
私もできる限りの協力はしたいと思っているので、よろしくお願いします」
明里は折り目正しく頭を下げる。
「堅苦しいのはここまでにしておこう。
これをやっていると肩が凝るんだ。どうも僕の場合、肩書きばかり先行してしまって、元来、ただのいち研究員のつもりが、すっかり堅苦しい立場に追いやられてしまっているのでね……」
浮島区の代表、『ムーンディスク』問題の解決をする政治家のような役割、政府との折衝係とたしかに堅苦しい肩書きが増えている。
直居教授は、それこそ肩を落として、疲れたように言うのだった。
もちろん『ムーンディスク』探索のための浮島区の立ち上げから関わっている立場であり、こと『ムーンディスク』が関わっているとなれば、直居教授が矢面に立つのが筋ではある。
しかし、疲れるものは疲れる。
これはもう、直居教授の業と言うしかないのかもしれなかった。
「さて、ではさっそくだが、首だけの『ムーンディスク』覚醒者に会いに行こう」
直居教授が促し、燈里と明里がそれに続く。
直居教授が案内したのは、燈里や仁美が入院している特別病棟、その中の一室である。
直居教授がドアをノックする。
どうぞ〜、と陽気な声が返ってきて、その個室のドアを直居教授が開けた。
コロコロ、とおじさんの首がベッドの上を転がっている。
たまに見える断面が、事件性があって、燈里などは、ビクッとしてしまう。
「おや、あんまり驚いてくれないね……」
髭面のおじさんは少し残念そうに言った。
言いながらも、コロコロと転がっているので、落ち着きがない。
「えと……驚いて、ます……」
燈里は目を丸くして、たしかに驚いていた。
首だけの『ムーンディスク』保持者と聞いて、燈里の頭の中には、いかにもなガラス筒にホルマリン漬けで、色々なコードが繋がっているような、そんなロマン溢れる姿を想像していたのだ。
それが、暇を持て余したように、元気にベッドの上を転がっている髭面の首だと思っていなかったので、面食らったと言ってもいい。
「食事とか……」
どうしているのか、聞くのは失礼だろうか、と考えていると、首は嬉しそうに口を挟む。
「いいね、食事!
ぜひ、ご一緒したい!」
「首藤さん、お腹が減っておいででしたか?」
「いんや、減るお腹は持ち合わせてないからね!
はっはっはっ!
だが、病院食はどうも味気ない。
口はあるから、食事には目がないんだ。
ああ、慣用句としてね! 目はあるからね!
はっはっはっ!」
「なるほど、それもそうですね。
では、ラウンジで何か買って来て、つまみながら話しましょうか?」
「いいのかい?
そりゃありがたい」
「ちょっとラウンジに行って来るよ。
首藤さんは、気さくな方だから、色々と聞いてみるといい。
ああ、こちらが例のギョクト様の覚醒者で、望月くん。
こちらは、かぐや姫の覚醒者で、橙山さん。
それで、こちらの首だけの御仁が首藤さん。
少し、失礼するよ」
そう言って、直居教授は買い出しに行ってしまう。
残された三人……二人とひと首にはなんともいえない沈黙が流れる。
「さて、私に聞きたいこととは何だろう?」
首藤さんがベッドの中央に鎮座して、二人に水を向ける。
聞きたいことを燈里は考える。
パッと思いついた質問をしてみる。
「あの……寝る時は枕なんですか?」
「いや、枕に後頭部を当てるのも試してはみたが、身体がないと重力で転がってしまうんだ。
やはり、安定感でいえば、首の断面を下にして、置物のような形がいいと最近になって判明してね。
しかし、看護師には不評で、深夜の見回りに来ると、ベッド中央に今のような状態の私がいる訳だ。
しかも、迂闊な看護師だった場合、派手に音を鳴らして入室してくると、私も起きてしまう。
その状態で目が合うと叫ばれてしまったりして、なんとも大変な事態になったりもするのだ。
深夜に聞く女性の金切り声で、こちらも叫んでしまったりね……なかなか大変なこともあるんだよ」
「へぇー……」
「ちょっと……直居教授の色々と聞いてみなさいは、そういう意味じゃないでしょ……」
明里が燈里を肘で小突いて、小声で諌める。
「いやいや、そりゃ首だけで生きている私のような存在がいれば、その生態に興味が湧くのも仕方ないだろうさ。
こちらとしても、私に興味を持ってもらえるのは嬉しい限りだ。
なにしろ、まともな検査ができない身体だ。
血を抜く腕も、レントゲンで撮る胸も行方不明だしね。
医者にしろ、看護師にしろ、おっかなびっくり接してくるから、まともに話し相手にもなってくれなくてね。
暇だから、こうして日がな一日、転がって思索に励むくらいしかなくてね……久しぶりの話し相手だ。
なんでもどんどん質問して欲しい!」
「それじゃあ、首藤さんは何の幻想生物の『ムーンディスク』保持者か、自分では分からないんですか?」
燈里のバカな質問から軌道修正のつもりなのか、明里が聞いた。
「これが皆目、分からないんだ。
最初はつるべ落としという日本の妖怪なんじゃないかと思ったんだが、人を食いたいと思ったり、木に寄り添うなんて条件からは外れるし、では、中国妖怪の飛頭蛮かとも思ったが、いっこうに空を飛べる気配がない……実はデュラハンの首というのも考えたんだが、直居教授に聞いても、私の身体が夜な夜な徘徊していたりはしないそうでね……この線も薄いかな、とは思っているんだ」
「何か頭の中で声が響いたり?」
「ああ、たしかに思索に耽っていると、たまに声は聞こえるね。
ただ、あまり意味のある声には思えなくてね。
明日の天気だとか、時事ネタっぽいニュースが聞こえるというのは、勝手にどこかの電波を拾っている可能性が高い……まあ、それが私の身につけた超能力だと言うなら、私は妖怪電波キャッチの『ムーンディスク』なのかもしれない……」
「妖怪電波キャッチですか?」
「まあ、勝手に名付けるとするならば、だがね。はっはっはっ!」
首藤は意外と適当な性格をしているらしいと燈里は思った。
「仏の御石の鉢という言葉に聞き覚えはありませんか?」
明里がズバリ聞いてみる。
「なんだったか……ああ、竹取物語、だったかな?
そうか、君はかぐや姫の『ムーンディスク』保持者だったね。
……まさか、私は求婚するつもりはないよ!」
「いえ、首藤さんがそうだったらいいなという話なんです」
首藤の冗談めかした発言を取り合わずに、明里は淡々と進める。
「それは、私に不幸になれ、という暗喩ではない……よね?」
かぐや姫に求婚して宝物を求められると、全員、不幸になっていることから、首藤は「自分に求婚して不幸になれ」とも聞こえる明里の言動に、肝を冷やしたように恐る恐る尋ねる。
「あ、そういう意図ではなくて、仏の御石の鉢というのは、未来を予知する者で、別名、ミーミルの首という『ムーンディスク』らしいんです。
ミーミルの首っていうくらいなら、首だけの首藤さんと関係あるかと思って聞いたんだと思います」
慌てて燈里が説明する。
「ミーミルの首?」
「ええっと、ミーミルの首というのは北欧神話で、主神であるオーディンにラグナロクの予言を与えたり、相談役を務めていた首だけの神様のことらしいんですけど……」
「うーん……それが私の『ムーンディスク』だと?」
「だったらいいなという話です」
「ふむ……では、ひとつ予言をしてみようか……」
首藤は言って、目を閉じる。
「ナポリタン……オムライス……サンドウィッチ……カレーライス、コーヒー、ミルクティー、ミルクセーキ、オレンジジュース……」
がらり、と扉が開く。
そこにはおかもちを持った直居教授が立っていた。
「やあ、待たせてすまないね。
何がいいか分からなかったので、色々と買ってみたんだが……」
おかもちを横に置いて手早くベッド用のテーブルを用意した直居教授が、おかもちから料理を取り出す。
ナポリタン、オムライス、サンドウィッチ、カレーライス、コーヒー、ミルクティー、ミルクセーキ、オレンジジュース。
「当たった!」
首藤が嬉しそうに言う。
「何がかな?」
「私の予言ですよ」
「それは僕の買って来るものを予言したと?」
「ええ、そうなります」
「まあ、ラウンジに置いてあるのは、喫茶店の定番メニューだし、それを首藤さんが先んじて知っていた可能性が残る……もちろん首藤さんを信じたい気持ちはあるが、部外者に説明するにはもう少し説得力が欲しいかな……」
「なるほど……もっと他の予言が欲しいということですな?」
「まあ、正直に申せばそうなります」
「ふむ……何か考えてみましょう。
むむむ……」
そう言うと首藤さんは唸り始めるのだった。




